私の望み
慌ただしくセシリアが帰ると、イライアスと二人きりになった。居間のソファーに隣り合って座り、二人で暖炉の火を眺めていた。
今、私の心を支配していたのは、両想いになった喜びではなく、そんな中でまた離れることへの不安。どうしていつも私は幸せを掴んだと思った次の瞬間に、手をすり抜けてしまうのだろう。
だけど、自分で決めたことだ。私は何でもないように、イライアスに笑いかける。
「セシリアとのお話でわかったと思いますが、私はヒースロットへ帰らなければ。これまで大変お世話になりました」
イライアスの表情は晴れない。それだけ私を心配してくれているのがわかって胸が暖かくなった。
「……今帰るのは、悪手だと思う。まだセシリアの立ち位置が盤石とは言い難い。セシリアが優秀な婿を迎えた上でないと、君はまた次期当主に指名されて、セシリアと争うことになると思う。君は……ヒースロットの当主になりたいかい?」
この問いには答えづらい。当主になることは、私の希望ではなく、私の責任だったからだ。否と言えば私は責任を放棄することになる。そんな身勝手が許されるのだろうか。私は思わず俯いた。
「意地悪な質問をしてすまない。だが、私は君の心を無視して事を進めたくはないんだ。セシリアはセシリアで、領民たちと関わり、自分自身の意思でヒースロットの領地を守るために残ることを選択した。自分が当主になれないことをわかっているから、婿を取って自分も領地経営に携わりたいのだろう。じゃあ、君はどうしたいのか、それをただ知りたい。そうでないと私も力になれないから」
──言っても、いいの?
ごくりと唾を飲み込んで、私は瞑目した。わがままだと誹られるかもしれない。それでももう、自分に嘘はつきたくなかった。
「……私は、当主にはなりたくありません。私のような心の弱い人間には重責を担うことはできません。ただそうなると、私の使い道は政略の道具でしょう……」
イライアス以外の男性に嫁ぐ可能性の方が大きい。だけど、それも嫌だとは言えるわけがない。それが貴族の娘として生まれた責任だ。
何不自由ない生活の代わりに与えられた義務。最低限の義務は果たさなければならない。
「イライアス様……。もし両親に縁談を決められたら、私は受け入れることしかできません。それが私の最低限の義務だと受け入れています」
目を開いて真っ直ぐにイライアスを見返すと、イライアスは私の両肩に手を置いて脱力した。
「……そこは、離れたくないからどうにかしてくださいって言って欲しかったよ」
「え? いえ、ですが……。これは私のわがままなので、イライアス様を付き合わせるのは……」
イライアスは苦笑する。
「君を付き合わせたのは私の方なんだが。そもそも私が婚約を申し込む相手を間違えたのが悪いんだ。そのことも君のお父上に説明するよ。その上で私たちの結婚を認めてもらう」
「私たちの、結婚?」
予想外の言葉に、私の声がひっくり返った。イライアスは眉を顰める。
「考えていなかったなんて言わないでくれよ。両想いになったばかりなのに振られるなんてあんまりだ」
「……だって、そんなの、私に都合よすぎて……」
また、その希望を信じて裏切られるのだろうか。そんな不安が心を過ぎる。
だけど私は気づいた。その希望を裏切ってきたのは、他でもない私自身だった。どうせ無理だと簡単に諦めて足掻こうとしなかった弱い自分。本当に欲しかったら、何度でも挑戦すればよかったのだ。
私はもう、一人じゃない。イライアス、セシリア、そして──もう一人の私。
もう迷わない。
「私も──ヒースロットに帰って、イライアス様とのことを両親に認めてもらうように説得します。大変な思いをさせてしまうかもしれませんが、一緒に戦ってもらえますか?」
イライアスと視線が絡むと、イライアスは破顔した。
「ああ、もちろんだ。セシリアとの婚約を認めるくらいには、君のご両親は私自身に政略的な価値を見出しているから、あとは姉妹で婚約者を変えることの意味合いを考えないといけないな。そのためにも君のご両親の考え方を知ることが先決なんだが……」
「それは……私にもわからないんです。特にお母様が何を考えているのかがわからなくて……。やはり、私が実家に帰って直接話した方がいいと思います」
「だが……」
イライアスは憂い顔だ。それもきっとセシリアと同じような心配からくるものだろう。私は笑って告げる。
「大丈夫です。私はもう消えたいとは思いません。リアさんにあなたを渡したくはありませんから。私にも独占欲があるんです」
「アリシア……。君の気持ちはわかった。実家に帰って話したいというのなら……。だが、セシリアもいるから大丈夫だとは思うが、我慢し過ぎないでくれ」
「ええ……」
イライアスを見上げて笑いかけると、イライアスの顔が下がってきた。初めてのことだけど、どうすればいいのか知っていたような気がする。ゆっくりと目を閉じると唇に柔らかな感触。離れるのが惜しいと、私はしばらく目を閉じてイライアスに身を任せていたのだった。
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