自分と向き合うこと
朝、目が覚めても頭がすっきりしなかった。早めに眠ったのにと思いながら着替えて廊下に出ると、ちょうど向かいの部屋から出てきたセシリアと会った。
「おはよう」
「ええ、おはよう……アリシア?」
何故か疑問形だ。首を傾げると、セシリアはぎこちなく笑った。
「いえ、何でもないから気にしないで。それよりも泊めてくれてありがとう」
「え? お礼はイライアス様に言って。この屋敷の主人なのだから」
昨夜、話が尽きず思いのほか遅くなったため、夜道は危ないからと、イライアスが帰ろうとするセシリアを泊めたのだ。
まだまだぎこちない私たちは別室で寝た。いつかは仲のいい姉妹になれるのだろうか。
「ええ。それはもちろんだけど……。アリシア、少し顔色が悪いわ。大丈夫?」
セシリアが私の顔を覗き込んでくる。こんな風にセシリアが私を心配することはこれまでなかった。思わず体を引くと、さらに顔を強張らせたセシリアと目が合って、いたたまれなくて目を伏せた。
「ご、ごめんなさい、セシリア。あなたが嫌い、とかそういうのではないの。まだ、距離感がわからなくて……」
「……いいの。それだけ私がアリシアを傷つけてきたってことでしょう? 自分の行いが今頃返ってきているだけ」
自嘲するようにセシリアは笑う。その痛々しい笑顔が見ていられなくて、セシリアの手を取った。
「ごめんね。私は弱くて……」
自分の不甲斐なさが情けない。どうして私はこうなのだろう。弱い自分を守ろうとして、結果相手を傷つける。それでは駄目なのに──。
唇を強く噛み締めると、セシリアが私の手を軽く叩く。
「気にしないで。十年以上うまくいっていなかったのだから、アリシアの反応の方が正しいと思うわ。私は駄目ね。自分の基準で考えてしまうから。少しずつでもあなたに近づけていければ嬉しい」
「セシリア……。ありがとう」
なんだかセシリアが大人びて見えた。以前のセシリアだったら、私を見下しているのかと激昂していたかもしれない。明確に分けられた立場が、セシリアをそれだけ追い詰めていたのだろう。
これが本来のセシリアなのかもしれない。じゃあ、私は? あらゆるものを怖がるのが本来の私なの?
──そんなのは嫌。このままでは自分を守るために、大切な人を傷つけて失ってしまう。
強くなりたい。だけど、どうやって?
セシリアを手本に、と思いかけて気づいた。私はそうやって、自分の中にもう一人の私を生み出したのだと。
「……ねえ、セシリア。リアさんって、知ってる?」
セシリアの顔が青褪める。聞いてはいけないことなのかと怯みそうになるけれど、私は続けた。
「イライアス様から聞いているの。私の中にはリアと名乗る女性がいると。ねえ、私と違って強い女性なんでしょう? どんな人?」
私としては特に何かを意図したわけではなかった。だけど、セシリアはそうは思わなかったようで、勢いよく抱きついてきた。
「……アリシアはアリシアよ。リアと比べても仕方がないの。私たちは双子で外見はそっくりでも、性格は違う。それと同じ。お願いだから、もう消えようなんて思わないで。あなたがあなたでいることが大切なの。イライアス様もそう思っているはず」
私が私であること……。こんなに弱い私でもいいのだろうか。
「……私はこんなに弱い人間なのに?」
「弱さはみんな持っているでしょう? 私だってそう。一人では生きていけないから、周りの人たちが支えてくれているの。物理的だったり、心の支えだったり……。アリシア、あなただって今の私の心の支えなの。私はずっと家族を信じていなかった。私とアリシアを間違える両親も、いつも見下したような表情のあなたも」
「私はあなたを見下しては……」
「わかっているわ。あなたにそんなつもりがなかったことは。だけど、あの頃の私にはそう思えなかった。両親の言葉の端々から、あなたが私を見下していると感じていたのよ。だけど、私が生きて帰ってくることを心から喜んでくれたのはあなた一人だけだった。私は自分を思ってくれていた人にようやく気付いたのに、同時に失った。リアはあなたじゃない。体は生きていても心が無くなってしまったあなたはあなたじゃない……!」
セシリアの悲痛な声が刺さる。私はそれだけセシリアの心を傷つけたのだ。申し訳なさと共に、それだけ私という個を思ってくれるセシリアの気持ちが嬉しかった。セシリアの背に腕を回す。
「ありがとう、セシリア。もう私は逃げない。自分と向き合うために、リアさんのことを知りたかっただけなの。本来の私は弱いのに、それを隠してお父様やお母様の期待に応えようとしていたの。きっとセシリアとのことがなくても、遅かれ早かれ私の心はもたなかった。今は大切な人たちがいるから、強くなりたいって心から思うわ」
「……そうね、イライアス様が」
「あなたもよ。私にとってもあなたは大切な人。まだ、戸惑うことが多くあるけど、いつかは仲のいい姉妹になれたらって思っているわ」
「……もちろんだわ……!」
そうしてセシリアは朝食を一緒に済ませると、ヒースロットに帰っていった。あまりヒースロットを留守にすると、両親が乗り込んできそうだからだ。
今度セシリアと会うのは、私がヒースロットに帰る時。私はそう覚悟を決めるのだった。
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