セシリアの来訪
セシリアが到着したのは、それから数刻経ってからだった。馬車の音が聞こえて、イライアスと連れ立って外で迎えた。
馬車に飾られたヒースロットの紋章が、私の心を重くする。そして馬車は私たちの前で止まり、護衛にエスコートされながらセシリアが降りてきた。
イライアスが付いていてくれるとはいえ、不安だった。私は謝っても謝りきれない罪を犯したし、償いをしていない。更に、イライアスを奪うようなことまでしてしまったのだ。
「アリシ……」
「ごめんなさい……!」
私の姿に気づいたセシリアが口を開こうとして、私は遮り、深く頭を下げる。
「私はあなたに、謝っても謝りきれないことばかりしてきた。あなたを海に落としたり、イライアス様との婚約を解消させたり、償っても償いきれない。だけど、イライアス様を諦めることはできないの。本当にごめんなさい……!」
隣に立つイライアスの影が動きかけて制止したのが視界に映る。その後すぐに私を柔らかい感触が包んだ。
「……アリシア。あなたが謝ることなんてない。謝るのは私の方。本当にごめんなさい。私が落ちたのは事故だった。あなたは、私が落ちるなんて思わなかったはずだもの。落ちる瞬間に見えたあなたの顔は、今考えると焦っていた。助けようと手を伸ばそうともしてたでしょう?
それに、イライアス様のことは、私が後から割り込んだ。あなただけが幸せになるのが悔しくて、私はあなたに成りすまして婚約したの。ようやく正しい形に戻っただけのこと。だからいいの」
耳元で聞こえるセシリアの声は穏やかで、私は戸惑いを隠せなかった。
「……どうして? 私を殺したいほど憎んでいたのではないの?」
「……そうね。あなたがいなくなれば、欲しかったものが手に入ると思っていた。だけど、私は海に落ちて助けられてから本当に欲しかったものに気づいたし、あなたが居なくなって初めてその欲しかったものが身近にあったことを知ったの。それを知ったら、あなたを恨むことなんてできなくなった。むしろ、自分の馬鹿さ加減が許せなくなりそうだったわ」
「欲しかったもの……?」
私にはセシリアは何不自由なく暮らしてきたように見えていた。違うのだろうか。セシリアに腕を回すことができずに固まっていると、イライアスが私の頭に手を置いた。
「二人とも。ここに長居すると風邪を引く。続きは中に入ってからにしよう」
「ええ。それではお邪魔いたします」
そう言ってセシリアは私から離れた。ちらりと視線をやると、セシリアは嬉しそうに微笑む。私はセシリアの真意がわからずに、中へ先導するイライアスに黙ってついていくのだった。
◇
居間に移動すると、イライアスと私が並んで座り、向かいにセシリアが座った。セシリアは表情を改めるとイライアスに頭を下げる。
「久しぶりだというのに、先程は挨拶もできずに失礼いたしました。突然の訪問を許可していただき、ありがとう存じます」
「いや、そんな堅苦しい挨拶はいい。それよりも話があるのだろう?」
イライアスはちらりと私を見る。眉根を寄せる様子で心配してくれているのがわかり、私は大丈夫だと、口を固く引き結んで頷いた。
セシリアはそんな私たちのやり取りを交互に見て、目を細めた。
「……二人はうまくいっているのですね。よかった。リアからアリシアが目覚めたという手紙をもらったのはいいのですが、詳細は書かれていなくて……。会いにいってもいいのか悩んでいるうちに時間が経ってしまって。ですが、ヒースロットの状況が変わったから、どうしてもアリシアに伝えなくてはと思ってこうして来たというわけです」
「ヒースロットの状況が変わったって、どういうこと?」
セシリアはイライアスの客だから、招いたイライアスを差し置いて私が発言するのは失礼だとわかっている。だけど、家を出ても私はヒースロットの娘であった事実は変わらない。つい前のめりになってセシリアに尋ねた。
セシリアは一度瞑目して、口を開いた。
「……お父様が、倒れたの」
その言葉に私の背筋が冷たくなった。もう関係ないと思っていた人だけど、心配する心はまだ残っていたようだ。弾かれたようにセシリアを問い詰める。
「お父様が? それで、無事なの? ヒースロットの統治は⁈」
「アリシア、落ち着いて。お父様なら大丈夫よ。お医者様が言うには、心労と働き過ぎみたいだから。休めば治るそうよ」
「よかった……」
ほっと胸をなでおろすと、セシリアは顔を顰めた。
「……お父様が憎くないの? 私は気づいてなかったけど、お父様やお母様があなたにしてきたことは……」
「……憎くないって言ったら嘘になる。だけど、当主になるということは、それだけ大変なことなんだと思うから。お父様にも考えがあったのでしょう」
そうとでも思わないとやりきれない。
どうして自分ばかりと思うのは簡単だ。だけどそれでは相手の考えを理解できなくなる。今こうして対峙しているセシリアのように──。
そう思う余裕ができたのは、やっぱり隣に寄り添ってくれるイライアスの存在が大きい。一人ではないということは、こんなにも私に勇気を与えてくれる。セシリアは話を続けた。
「そう……。あなたがそう言うのなら。それでは話を戻すわ。今回のことで、お父様が自分にいつ何があってもいいように、後継者が必要だという流れになっているの」
そこまで聞いても、私にはまだ話の本題が見えてこなかった。私はもうあの家では死んでいることになっているのだから。
だけど、イライアスはそう思わなかったようだ。
「……それはアリシアが生きていることを認めるから、家に帰ってこいということなのか?」
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