それぞれの思惑

「……さすがですね、イライアス様。ええ、仰る通りです」


 セシリアは苦虫を噛み潰したような顔で頷く。だけど私はどうしても信じられなかった。


「嘘でしょう? だって、私があなたに成りすましていた時、お父様もお母様もセシリアに婿を取らせればいいと言っていたもの」

「そうね。確かに私もそう言われたわ。だけど、お父様は私が婿を迎えてその婿に教育を施したとしても、いつ、ものになるのかわからない。だから、ものになるまでの間、アリシアが生きていたことを認め、繋ぎとして後継者に立てる、そういう思惑みたいなの。自分に何かあってもいいように」

「そう……」


 腹は立たなかった。ただただ悲しかった。どこまでいっても私は家の道具でしかないということを思い知らされる。


 だけど、私は一度も褒められたことがない。そんな出来の悪い私を後継者に据えて、どうしようというのだろうか。


 俯いて考え込んだ私の頭にイライアスの手が置かれる。


「……勝手なことを。どうして他人の気持ちを考えられないんだ?」


 セシリアは寂しそうに笑う。


「……本当に。領民にはそうでもないのに、家族はあの人の道具でしかない。だけど、お母様はそれには反対なの」

「お母様が……」


 お母様が反対する理由には見当がつく。外聞が悪いとか、相応しくないとか、そういった理由だろう。悲しいけれどこれまでの経験から、私の心情を慮ってだとは思えなかった。


 セシリアは気まずそうに目を逸らした。その仕草が私の想像通りだと物語っている。


 話はわかったけれど、それじゃあ何のためにセシリアが来たのかがわからない。お父様に言われて、という感じでもなさそうだし、お母様の言う通りだというなら私のことはこれまで通り捨て置けばいい。わざわざ事を荒立てる必要もないだろう。


「……それであなたは私にどうして欲しいの?」

「私もお父様の考えには反対なの。このままではお父様が強硬手段に出そうだったから、アリシアには話しておいた方がいいと思って。だけど、私はお母様の意見に賛成しているわけでもないの」


 話を聞いていて私は目を丸くした。これまでのセシリアだったら白黒はっきりつけていたはずだ。両親は、セシリアには難しいことは考えずに、ただ相手に従うことが是だと教えていた。言い方は悪いけど、それが政略の駒としての役割だと思い込ませていたのだろう。


 セシリアは苦笑した。


「アリシア、顔に出ているわ。まあ、あなたが驚くのもわかるけど。だけどね、市井で生活していた間にいろいろと学んだの。ただ甘やかされるだけの何を成すでもない退屈な生活にはうんざり。私は心のある人間。本当はずっと解放されたかった。だから今はすごく気分がいいわ。お陰でお母様の機嫌が最悪だけど。まあ、そんなことは置いておいて。私はお父様の意見に一部だけ賛成よ。アリシア、あなたが生きていることを両親に認めさせるの」

「どうして……?」


 私が生きていることを両親が認めることで、セシリアに何の得があるのか。そうやってセシリアの感情ではなく、損得勘定で考えるところが、私は両親に似ている。思わず顔を顰めてしまった。


 セシリアは申し訳なさそうに眉を下げる。


「勝手なことばかり言ってごめんなさい。あの人たちに認めさせるということは、当人であるアリシア自身が行動を起こさないといけない。酷なことを言っているとは思うわ。だけど、中途半端なままでは、あなたもこの先支障があるから……」


 そう言ってセシリアはイライアスを一瞥する。


 セシリアの言いたいことはわかる。死んだはずの私がイライアスといることで、いずれイライアスにも迷惑がかかる。それに、イライアスに縁談が持ち上がっても、私には止めることができない。私には戸籍がないのだから。日陰の身になって、イライアスが別の誰かと過ごすのを指を咥えて見ていることしか──。


 最悪の未来を想像して自然と頭が下がってしまう。そこでイライアスが口を挟んだ。


「セシリア。あなたもこの先支障があると言ったな? つまり、アリシアが死んだままだと君にも支障があるということか?」


 まだ頭がすっきりしなくて、私はぼんやりとした視線をセシリアに向ける。すると、セシリアは怯んだように表情を強張らせた後、表情を引き締めて私を見据えた。


「……ええ。アリシアには申し訳ないと思っているわ。だけど、私にも譲れないものがある。私が婿を取ってヒースロット家を盛り立てるつもりでいるわ。だけど、そのためには後からアリシアが生きていたとわかると不都合なの。正統な後継者は誰かという問題に発展しかねないから」

「……そうだな。もしアリシアが子どもを産んで、その子が明らかにヒースロット家の外見の特徴を受け継いでいたら、出自を疑われて、後々当主候補に担ぎ出される恐れがある、そういうことだろう?」

「ええ。その子がいいように利用されるのは忍びないわ。それに、もう姉妹で争うのは嫌なの……」


 セシリアは目を伏せる。


 私はセシリアが変わったことを信じられなかったけれど、こうして対峙してみると本当に変わったと思う。


 感情だけに走らず、冷静な判断も下せる。私よりもむしろ、セシリアの方が当主に相応しかったのではないだろうか。両親はそれを見抜けずにセシリアを駄目な方へと導こうとしていた。


 今のセシリアは信じられる。そう確信した。


「あなたの言いたいことはわかったわ。だけど、すぐに結論を出せない。少し時間をちょうだい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る