懺悔のような愛の告白

 顔をイライアスの胸に伏せたまま、私は懺悔した。


「……あのことがなければ、きっとあなたとセシリアは結婚していました。私がセシリアから居場所を奪ったのに、厚かましくもセシリアの婚約者だったあなたを好きになってしまいました。お願いです。お前なんか嫌いだ、出て行けと言ってください。そうでないと私は……!」


 あなたと離れられなくなる。優しくされると期待してしまうから。自分の言葉が胸に刺さって涙が込み上げる。


「……アリシア。私も君が好きだよ」


 その瞬間、他の音が消えた気がした。一言一句聞き漏らさないように聞いていても、臆病な私が否定する。


 ──信じたらまた裏切られるだけよ。血の繋がった家族も私を嫌っていた。他人なら尚更でしょう?


 信じるのが怖い。信じた次の瞬間に嘘だとわかって、幸せの落差を味わうのが怖い。


 どうして私はこうなのだろう。信じたい、愛したい、そう願いながらも、反対のことばかりしてしまう。嬉しいのに、信じられなくて悲しい。いろいろな思いが胸に詰まって言葉にならなかった。


「……もう自分を許してあげたらいいんじゃないか? セシリアは言っていたよ。君に私を渡したくないから私との婚約を了承したと。そして、私は元々、名前も知らなかった君に結婚を申し込むつもりだった。清廉さを感じながらも、どこか痛々しかったあの彼女にね。いろいろな事情で複雑になってしまったが、こうして君と暮らすようになってやっぱり君が好きだと思ったんだ」


 聞けば聞くほど信じられなくて、込み上げる涙と嗚咽を堪えながら首を左右に振る。


 私は好かれるような人間じゃない。自分が一番自分を嫌いだから、そんな自分を好きだと言ってくれる人の言葉も信じられないのかもしれない。


 イライアスは私の背に腕を回して、あやすように叩く。


「君は本当に……。どうして自ら辛い方を選ぶのかな。まあ、私の責任なのだろうが」


 どうしてイライアスの責任になるのか。そう聞きたくても、言葉を発したら最後、私の堰き止めていた涙と気持ちが止まらなくなりそうで口に出来なかった。まだ違うと首を左右に振り続ける私に、イライアスは続けた。


「私が君を選ばなければ、君はセシリアとの確執から解放されるし、社交界の醜聞に巻き込まれることはないだろう。君を手元に置いておいた私の責任だ」


 イライアスがそんなことを考えているとは思わなかった。それはお互い様なのに。むしろ、実業家として名を馳せているイライアスの方が損害が大きい。


「だが、すまない」


 イライアスの言葉に私の体がびくりと震えた。信じてはいないのに、謝られたことでイライアスが離れていくような不安に襲われたのだ。私はイライアスの服を掴んだ手に力を込めた。それとほぼ同時にイライアスの腕の力が強くなる。


「君の気持ちがわかった以上、もう手放せない。きっと、私といることでこれから辛い思いをさせてしまうだろう。自分勝手なのは重々承知の上だ。これからも一緒にいてはくれないだろうか」


 イライアスの手を取りたい。だけど──。


「……わ、私にはっ、価値がっ、なくてっ……。あなた、にっ、あげ、られるっ、ものなんてっ、なくてっ……!」


 しゃくり上げながら、今の自分の思いを紡ぐ。


 せめて私にイライアスの役に立つものが一つでもあれば、イライアスの言葉を信じられたのだろうか。何もない自分には愛される自信がない。


 イライアスは私の頭を撫でながら言う。


「覚えてないのか? 君が言ったんだ。あなたの価値は家格に付随するものじゃないと。それは君にも言えることだ。君自身の価値はヒースロットにあるわけじゃない。君が君だから私は今の君を好きになった。自分の価値なんてものは他人に委ねるものではなく、自分で決めるものだと、私は君に教えてもらったんだ。その君が否定するのか?」


 ──本当に、この人は……! 私の欲しかった言葉をくれて、空虚だった心を温かいもので埋めてくれる。


 イライアスの服を掴んでいた手を、イライアスの背中に回す。


「……っ、ずっと、いっしょに、いたい、です……っ」

「ああ。私もだ。君は一人じゃない。忘れないでくれ」

「……っ、はい……はいっ……」


 まだ、私は弱いままで、その自分の弱さを認められない。だけど、きっといつか、その弱さも含めて自分を愛せるようになるだろう。


 私は自分を愛さずに、ただ盲目に愛されたいと願っていた。ただ、それだけだったのだ。でも、それでは駄目だった。


 イライアスが教えてくれた。自分を愛せるからこそ、他人を受け入れられるのだと。


 冬の後には春が来るように、私の心は少しずつ溶け出して、新たな思いが芽生えたのを実感するのだった。

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