イライアスの提案
「イライアス様、お話があります」
唐突に切り出した私に、イライアスはフォークを持っていた手を止めた。
私が散策に出かけたため、イライアスは夕食まで書斎にこもって仕事をしていた。わざわざ仕事を中断させてまで話す内容ではないと思い、夕食まで待っていたのだ。
「何だか嫌な予感がするな。まあ、いい。話してみてくれ」
「……ありがとうございます。この一カ月、私は一方的にイライアス様に甘えていました。やはりこれでは駄目だと思うんです。私はイライアス様の元婚約者の姉でしかありません。これ以上甘えるわけには……」
イライアスは嘆息すると、椅子の背もたれにもたれかかる。
「……君はそう言うだろうと思ったよ。だが、私はリアからこちらで世話になる代わりにと宝石を預かっている。対価を受け取っているのだから、君は気にしなくてもいいんだ」
「それは私ではなく、もう一人の私が行ったこと。それに今あなたが仰いました。預かっていると。つまり、いずれは返すという意味でしょう? それなら余計に対等ではありませんよね?」
イライアスは完全にフォークを置いてしまった。困ったようにこめかみに指を当てて揉み込む。
「……そこに気づいては欲しくなかったんだが。それにこれ以上甘えるわけにはいかないと君は言うが、この先どうするか決めているのか?」
「それは……」
痛いところを突かれてしまった。自分の浅はかさを責められているように感じて目を逸らす。
私はまだ死んだことになっているはず。だから、死亡届を取り下げたら活路は見いだせる。働くにしても身元を保証されなければ、雇ってくれる場所はないだろう。だけど、その死亡届の取り下げは両親でないと駄目だ。本人が生きていたと主張したところで、身元確認は最終的に両親になる。結果的にまた実家へ帰らなければならないと思うと気が重い。
それに、無能な私に働くことなんてできるのだろうか。決められたことさえ
不安を押し隠して私は笑う。
「……何とかなるでしょう。何とかしなければならないのです。私はいつも誰かに助けてもらうことばかり考えてきました。そんな私の狡さがもう一人の私を作った。情けないことです」
「……そうではない、と思う。私は君のことを全て知っているわけではないからうまく言えないが、君はうまく他人を頼ることができなかったから、リアが生まれたのではないか? 他人を頼ることは悪いことじゃない。まあ、限度はあるが……。君の場合は、もう少し自分に優しくして、他人を頼ってもいいと思う」
「自分に優しく……ですか?」
イライアスの言葉が私には理解できなかった。
当主は孤独なものだ。他人を信じたら馬鹿を見る。だから自分には厳しく、甘えてはいけない。ヒースロットにいた頃は両親にそう言われてきたし、その両親から与えられるものから、私は実感として学んできたのだ。
自分に優しくすることと、甘えることは同じだろう。だったら私は自分に優しくなんてできない。
俯いた私の頭上から、イライアスの優しい声が降ってくる。
「自分を肯定しないと、他人も肯定できない。誰しも嫌な部分は目につくものだよ。自分であれ、他人であれ、ね。だが、完璧な人間なんていない。だからこそ、私たちは助け合って生きていくのではないかと、私は思うんだが」
イライアスの言葉は納得できるものだった。だけど、それを認めてしまうと、私のこれまでの価値観が覆されてしまう。それが怖くて私は素直に認められない。
「……助け合うというのは理解できます。ですが、私とイライアス様の場合、成り立ちません。私はあなたを助けることができませんから、一方的に私が受け取っているだけですよね。それはやっぱり良くないことだと思います」
「助けられてきた、と言っても君は信じないんだろうね。どこまでも自分に厳しい君は。……そうだな、じゃあ、こうしよう。君のその頭脳を貸してくれないか? 私が君を雇うよ。私の仕事の手助けをお願いしたい」
予想外な提案に私は目を瞠った。恐る恐る顔を上げると、イライアスと目が合った。イライアスは笑みを浮かべる。
「君は当主教育を受けてきたし、社交も行ってきたから、様々な面で私としては欲しい人材だ。どうだろうか?」
イライアスにそう言ってもらえるのは嬉しい。だけど、私は施された教育に見合う能力があるのか、自分でわかっていない。
「……お役に立てるかわかりません。それでもいいのですか?」
「やっていないのだからわからなくて当然だ。わからないなら試してみればいいと私は思うよ」
イライアスは笑顔で頷く。その笑顔に釣られて私の口角も上がる。それならば、と思いかけて一つ気になることが浮かんできた。
「ありがとうございます。私でよければ……。ですが、どうしてそこまでしてくださるのですか? 私たちはもう無関係なのに……」
そう言うと、イライアスは一瞬眉を寄せた。見間違いかと思うくらいに短い時間だったから、私はその違和感は錯覚だと思った。
「一つの出会いが一生の縁に繋がることもある。事業を始めて、つくづくそう思うよ。軌道に乗り始めたのは、その一つ一つの縁のおかげだから。君だってそうだ。あの出会いがあったからこそ、今の私がいるんだ」
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