私が背を向けてきた相手
その事実は、私の心にストンと落ちてきた。
「やはり、そうなのですね」
「驚かないんだな」
イライアスは意外そうに眉を上げる。もう散々驚いて、驚き疲れたというのが本音だ。それに。
「認めなければ、辻褄が合いません。そちらの方が怖いです」
感情よりも理詰めで考えてしまうからか、整合性が取れないと不安になる。理解しがたいことも、理論的に説明されればまだましだ。セシリアが海に落ちた後に私は感情を優先させた結果、多くの過ちを犯し、自ら心の均衡を壊した。やはり感情を優先させるべきではなかったと後悔した。自分の愚かさにほとほと愛想が尽きる。
「……私はやっぱり当主不適格でした。辛い現実からどうやって逃げようかと、別人まで作り出して……。だから私は放逐されたのでしょう?」
「放逐……?」
「違うのですか? ここはヒースロットの屋敷ではありませんよね?」
あの両親が、当主に相応しくない私の存在を認めるとは思えない。対外的に死んだことになっているから、領地に幽閉か、放逐しかないと思ったのだけど……。
イライアスは苦笑した。
「違うよ。リアの存在を君が理解したという前提で話すが、堪り兼ねたリアがヒースロット家を出たんだ。君のご両親はそんな勝手は許さないと反対していたが。セシリアがご両親を足止めして、リアを送り出したんだよ」
「セシリアが?」
どうしてあの子が……。私はセシリアに憎まれていたはず。だからあの子は私を突き落とそうとしたのではなかったのだろうか。信じがたい気持ちで、イライアスを見返してしまった。
「ああ、そうか。君は知らないんだな。セシリアは海に落ちた後、いろいろあったようでね。君には両親と共に辛く当たってしまって、本当に申し訳ないことをしたと反省していたよ」
また信じられない言葉が飛び出した。私はセシリアの蔑みの視線しか知らない。イライアスはきっと、私に同情して作り話をしているだけだろう。
「気は遣わなくても大丈夫です。私は自分の
私は愛されない。そんなことはとうの昔に思い知っている。ひょっとしたらと何度期待して裏切られたかわからない。裏切られるたびに深くなる心の傷は、未だにじくじくとした痛みを訴える。
──お願いだから優しい言葉をかけないで。その優しさが時として更に深い傷をつけることがあるのだから。
イライアスは顔を歪めた。何故彼がそんな悲しそうな顔をするのか私にはわからない。
「……私の言葉が信じられないのなら、セシリア本人に確かめればいい。ヒースロットの屋敷に戻っているから手紙を送ってみるかい?」
「……あの子がそれを望まないでしょう」
あの夜のことを思い出しながら目を伏せる。切羽詰まった表情と言葉が今も私を苛む。私はそれだけ憎まれているということだ。
──だけどちょっと待って。何故私はイライアスと一緒にいて、セシリアはここにいないの?
弾かれたように顔を上げると、イライアスは驚いて仰け反った。
「どうしたんだ、急に。驚くだろう」
「……どうして私があなたと一緒にいて、セシリアはいないのです?」
イライアスは目を瞬かせた後、拍子抜けしたような口調であっさりと答えた。
「セシリアとは婚約を解消して、君と一緒に暮らしているからだよ」
「婚約……解消? 一緒にって、どうして……」
自分の中に別の誰かがいると言われた時以上の衝撃があった。それこそ頭を鈍器で殴られたような。
──私は確かにセシリアに託したはず。イライアスと幸せになってと。
ガンガンと頭が痛んで思考がまとまらない。どうして、どうして、と思考が同じところをぐるぐる回る。そして最終的に辿り着いた答えは一つだった。
「私が……二人を、引き裂いたのですね……。本当に、申し訳、ありません……!」
私はまた間違えたのだ。二人の幸せを願っていたつもりで、心から願っていなかったのだろう。意識のない時に私は二人の間に割り込んで関係を壊した。どこまでも私は罪深い。
押し寄せる懺悔の念にイライアスの顔を見ていられなかった。俯くと涙が浮かんできて、零れ落ちないように必死に我慢する。罪を犯した人間が泣いて許されようなんて厚かましい。私に泣く権利はない──。
そんな私の頭に手が置かれた。イライアスの手だ。
「それは違う。元々、私にもセシリアにも思惑があって結ばれた婚約だった。歪な形で結ばれたところで、お互いに不幸になることがわかっているから解消した。それだけだよ。それと、君と一緒に暮らしているのは、私が世間知らずなリアを放っておけなくて無理に連れてきただけだ。嘘じゃない、と言っても君はまた疑いそうだな……。リアの記憶を君も共有できればいいのに」
「……記憶を共有?」
「ああ。リアはアリシアと記憶を共有していると言っていた。だから君の困った事態にも対応ができるのかもしれないと思う」
イライアスは言っていた。リアという女性は私が辛いと思うことを肩代わりしているのだと。
意識がなかった時に自分が何をしていたのかを知ることは怖い。だけど、それは余程辛いことだったのかと、余計にありもしない恐怖を膨らませているような気がする。
──そうやって被害者ぶって。あなたが自分を大切にしようとしないから、あなたがあなたを思う人たちを大切にできないんじゃないの。いい加減に周囲の人たちに背を向けるのはやめなさい。
あの声の主はセシリアだと思っていたけれど、私の中にいるリアという女性なのかもしれない。
「周囲の人たちに背を向けるな……か」
「アリシア、それは……?」
「多分、リアという女性の言葉です。セシリアはここにはいませんし……。私はまだこの言葉に込められた思いを知りません。現実から目を背けてきましたから……。もう逃げるのはやめて、この言葉に向き合わないといけないのかもしれません」
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