共依存
イライアスは表情を緩めた。何故か眩しいものを見るような目でわたしを見る。
「……君は優しいな。相手のことを思って厳しくするのも確かに優しさだ」
だけど途端に顔を曇らせた。イライアスもセシリア同様わかりやすい性格をしている。
「だが、それは相手との間に信頼関係がある場合だけではないか? ただ単に冷たくされているようにアリシアが感じるようでは、それは優しさとは言えない気がするが」
「……ええ、そうね。両親との間に信頼関係がなかったからアリシアは傷ついて心を閉ざした。しばらくは休めばいいと思うけど、あの子自身が変わらなければ、また同じことの繰り返しよ。虐げる人間は本能的に虐げられる人間を見抜けるの。両親もそう。アリシアが甘んじて虐げられることを受け入れてしまったから、彼らは増長したところもあると思う」
こう言うと、対抗しようとしなかったアリシアが悪いように聞こえるかもしれない。そうではないのだけど、案の定イライアスにもそう聞こえたようだ。イライアスはダンっと力強く拳で机を叩いた。
「アリシアは被害者だろう? それに抗いたくても抗えない場合もある。誰もがみんな強いと思わないでくれ……!」
イライアスの言葉には感情がこもっていた。アリシアへの思いもあるのだろうけど、恐らくは違う。
「あなたもそうだったの?」
思い当たるのは、イライアスも当事者だから。アリシアに仄かな恋心を抱いていたにしては、より激しい怒りを感じたのだ。
イライアスの顔から表情が抜け落ちた。
「……君にはわからないだろうね。私も所詮、兄の代わりでしかなかった。それでも私自身を必要とされたくて足掻いてもがいてここまで来たんだ。私にはアリシアの痛みが痛いほどわかる」
──ああ、そうか。孤独な自分を埋めるために、アリシアもイライアスも、きっとこの人なら自分のことをわかってくれると期待して、まだ相手の人となりを知らないうちから恋に落ちたのだ。
その感情には何と名前を付ければいいのだろうか。
恋でも愛でもない。しいて言うなら依存だろうか。
だけどわたしには、それを違うと断ずることはできなかった。依存だとしても、二人はその気持ちを大切にしてここまできたのだ。お互いに辛い思いを抱えたまま、独りでは生きてはいけないから。
それなら尚更、アリシアとイライアスは結ばれてはいけない気がする。相手に理解や愛情を求めるばかりだと、相手は疲弊する。更に、似た者同士なら潰し合いかねないだろう。
「まあ、わたしにはわからないわね。だけど、あなただってわかっていないでしょう? あなたと会う時に何故アリシアがわたしと交代したのか」
イライアスは初めて気づいたようで、目を零れ落ちるのではないかと思うほどに見開いて固まった。
「そ、れは……どうしてなんだ……?」
「教えない。これは意地悪で言っているわけではないわ。わたしはアリシアではないから、仮定でしか話せないのよ。だからずっと言っているでしょう? 本人に聞いてって」
「ああ、そう、か」
椅子に深く腰掛けると、イライアスは天井を見上げて両腕を交差させて顔を覆う。きっと頭の中でいろいろと考えを巡らせているのだろう。
「……アリシアに、会いたい」
イライアスはポツリとそれだけを言った。
だけど、会ってどうするのだろう。イライアス自身も自分のアリシアへの思いが何なのかはっきりとわかっていないし、アリシアに至っては自分の存在意義すら見失いかけている。
今のアリシアがもしイライアスに好きだとでも言われたら、完全にイライアスしか見えなくなるのではないだろうか。そうなると今のイライアスにはアリシアの気持ちが重すぎて受け止めきれない。破滅の未来しか見えないのはわたしの考えすぎだろうか。
馬鹿馬鹿しくなって、わたしは首を振る。起きてもいないことを危惧するなんて本当に馬鹿馬鹿しい。
「 ……あなたが敵ではないとアリシアに示さないと駄目かもしれないわね。今のあの子にとってはみんな敵に見えているような気がするわ」
「そうだろうな。私も追い込んだ一人だ。だが、どうやって信じさせるというんだ。アリシアは出てこないというのに」
「回復すればもしかしたら、とは思う。だけど、次に会った時に同じ失敗をすれば離れていくでしょうね。でも、あなたにとってはその方がいいのではないのかしら」
イライアスは一瞬何を言われたのかわかっていないようだった。そして、わたしの危惧など知らずに不快そうに顔を顰めた。
「何が私にとっていいことなのかは、私が決めることだ。決めつけるのはやめてくれ」
「……そうね」
本人が嫌がっているのに、いちいち私が口出すのも馬鹿らしい。イライアスも失敗から学んだはずだ。人は成長するもの。わたしはそれで言葉をとどめておいた。
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