優しさとは
食事が終わるとすることがなくて困った。アリシアはこれまで、当主になるための勉強や淑女教育に明け暮れていたし、セシリアになってからは両親と家族ごっこをして過ごしていた。わたしたちは死んだことになっている以上、全て必要ないものだ。
とりあえず部屋に戻ろうかと食堂を出ようとして、イライアスに呼び止められた。
「リア。話をしたいんだ。後で私の書斎に来てくれないか?」
「話なら終わったんじゃないの? それともまだ何か言い足りない?」
「いや……。もう少し、アリシアのことを聞かせてもらえないかと思って」
イライアスは言いづらそうに目を伏せる。少し考えてわたしは頷いた。
「ええ、わかったわ」
「じゃあ、後で」
ほっとしたように表情を緩めると、イライアスは手を上げて去って行った。わたしもゆっくりとイライアスの後を追った。
◇
「それで何の話がしたいの?」
イライアスの書斎のソファに踏ん反り返るように座ったわたしは、机で書き物をしているイライアスに問う。
「いや……。アリシアのことでずっと気になっていることがあるんだ。教えてくれないか?」
「わたしに答えられることならいいけど」
だけどそれからしばらくイライアスは黙り込んでしまった。本当に何なのだろうか。自分が話したいと言ったんじゃないの。ついついわたしは問い詰めてしまう。
「だから何なの? 言いたくないのなら、わたしはもう行くわよ」
「いや、待ってくれ! その、だな。アリシアがセシリアの振りをしていた時にだな」
「ええ」
「……っ、アリシアがあの頃から私を好きだったようなことを言っていたと思うんだが……本当だろうか……」
それを聞くだけなのにどうしてこんなに間があったのか、理解に苦しむ。思わずため息が漏れた。
「あのねえ……。アリシアが言ったのなら、アリシアに直接聞けばいい話でしょう。どうしてわたしに聞くの?」
「君はアリシアのことをよくわかっているだろう? だから……」
本気でそれを言っているのなら、わたしはイライアスを軽蔑する。不快だとイライアスにわかるように、わたしは目を細めて鼻に皺を寄せた。
「……そうやって本人のいないところで本心を暴くの? わたしはそんなことはしたくないわ」
イライアスははっと目を見張り、顔を歪める。
「すまない。確かにその通りだ。私は何度も間違えてばかりだ。だからアリシアは……」
「違うわよ。アリシアが心を閉じたのはあの子自身の問題だと思う。あなたがどうであれ、最終的にアリシアがそうなることを選択したの。あの子はその選択に責任を持たなければならないのよ。もう子どもではないのだから」
確かにアリシアが受けた苦しみは辛いものかもしれない。だけど、それをイライアスやセシリアが肩代わりしてくれるわけではない。
すると、イライアスの表情が険しくなった。
「そんな突き放したような言い方をしなくてもいいだろう。君はアリシアの味方ではないのか?」
「味方、ね。それはどうかしら。わたしはあの子の現実逃避から生み出されたのよ。つまり、わたしがあの子の辛いことを肩代わりしていたの」
あの子のところどころ抜けている記憶は、わたしが代わりに引き受けた。大体が両親やイライアスと過ごしているときだ。両親がセシリアしか見ていないことを見せつけられることから逃げたかったのもあるだろうし、婚約者を殺して成り代わったというイライアスへの罪悪感もあるだろう。彼らとの関係性を見出せないわたしにはぴったりの役割だと言える。
「自分の嫌なことを他人に押し付ける人を、あなたなら好きになれるの?」
「それは……」
イライアスは口ごもる。それはそうだろう。わかっていて尋ねるわたしの性格も大概ひどい。
「ああ、答えなくてもいいわ。その顔を見ればわかるから。ただね、敵、味方で区別できるようなものではないと言いたかっただけなのよ。あなたは優しさって何だと思う?」
唐突に話を変えたわたしに、イライアスは戸惑っているようだ。少し眉を上げて瞬きをしている。
「急に何だ? 優しさとは、か……。難しいな」
「別に正解があるわけじゃないのだから、難しく考えなくてもいいと思うけど」
「まあ、そうなんだが……。そうだな。親切にすること、かな」
「なるほどね……」
「そういう君はどうなんだ?」
イライアスはわたしがどう答えるのか期待をしているのか、前のめりで問う。そんなに期待されても面白い答えなんて出てこないのだけど。
わたしは考えをまとめるように、視線を宙で彷徨わせた。アリシアの知識や経験から考えたのは──。
「わたしは叱咤激励も含まれるのではないかと思うの。もちろん、気持ちがこもった上でね。アリシアはずっと叱責され続けてきた。相手を思う気持ちのない叱責は辛いものよ。だけど、相手を思っての厳しい言葉は優しさの範疇に入るのではないかしら。甘やかすだけが愛情ではないし、厳しさだけでは萎れてしまう。アリシアにはそれを知って欲しいの。自分を思っての厳しい言葉なのかそうでないのか、それを見極める目も必要だと思うから」
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