道中にて・2

 イライアスはぐっと言葉に詰まった。逡巡した後、自分の思いを吐露する。


「……そんなことはわかっている。セシリアと婚約したのも彼女を好いてのことではなかった。それでも、結婚してから生まれる愛情もあるだろう? セシリアのことも真剣に考えていたつもりだ」

「へえ、そうなの。別にわたしに言い訳しなくてもいいわ。セシリアと婚約を解消したとしても、次に婚約する女性には、そういう態度は駄目よと言いたかっただけだもの。アリシアが戻ってきたとしても、あなたとアリシアが結ばれることはないでしょうし」


 イライアスは何か言いたそうに口を開閉させて、黙り込む。この反応だと、イライアスはアリシアと結ばれたいと少なからず思っていたように見える。


 だけど、現実的に考えて難しいだろう。アリシアとセシリアは仮にも子爵令嬢だ。婚約者が変わるだけでも社交界では大変な醜聞なのに、更にそれが双子の姉妹の間で行われたとなれば、様々な憶測が飛び交うに違いない。しかも死んだはずのアリシアが生きていて、となると、とんでもないことになりそうだ。


 伯爵令息であるイライアスもそれはわかっているから口をつぐんだのだろう。そこまで愚かでなかったことについては褒めてあげてもいい。


 わたしは座席に深く座り直して、視線を窓の外に移した。この辺りの街道は整備されていて、馬車の揺れはそれほどでもない。


 ここはまだヒースロット領か。愚かな両親だったけれど、領地経営はきちんとやっているようだ。街道から見える農地には、農作物が多く実っているのが見て取れる。


 どうしてこんな風に、領地を慈しむように娘も愛せなかったのだろうかと、不思議に思う。


 今度は沈黙に耐えかねたらしいイライアスが口を開いた。


「それで……君はどこへ行くつもりだったんだ?」


 私は視線を再びイライアスに戻す。イライアスの表情は元に戻っていた。ちょっと意地悪が過ぎるかと自分でも思っていたけれど、イライアスは意外にも打たれ強いようだ。


「特に決めてはなかったわ。行きたいところに行けばいいと思っていたけど」


 その答えを聞いたイライアスは目を丸くした後、これ見よがしにため息をついた。


「行きたいところに行くにしても、旅費がいるだろう。どうするつもりだったんだ?」


 それについてはちゃんと考えてある。ため息をつかれる覚えはない。持ってきた鞄を手に取り、中を漁ってアクセサリーを取り出す。ダイヤ、ルビー、サファイアに琥珀。それらをふんだんに使ったネックレスにイヤリングに指輪。デザインにも優れたそれらをイライアスに見せる。


「ほら。これを換金してもらえば結構な金額になるでしょう?」


 イライアスは更に重いため息をついた。頭痛を堪えるように眉間を揉む。


「……貴重品を持ち歩くつもりだったのか。襲ってくださいと言っているようなものだろう。それに換金すると言うが、下手なところで換金してみろ。誘拐か、身ぐるみ剥がされた挙句に娼館にでも売られかねないぞ」


 これにはわたしもぐうの音も出ない。わたしにはアリシアの知り得る知識しかないのだ。実際に市井しせいで生活をしたことのないお嬢様育ちのアリシアでは、想像に限界がある。自分が娼館に売られるとは、夢にも思わなかったことだろう。


 イライアスは更に続ける。


「……こんな調子では余計に一人で行かせるわけにはいかない。私の屋敷に滞在してもらうよ。もちろん、アリシアとセシリアに誓って不埒な真似はしないから安心してくれ」

「……わたしがあなたの屋敷に滞在してどうするのよ。アリシアは余計に内に籠りそうだけど。それに、わたしの戸籍は今ない状態だし、婚約者でもない女を連れ込んだとあなたの醜聞になるわよ。あなたの信用は仕事にも繋がる。あなたが仕事を失ってもわたしは責任を取れないわよ」


 イライアスは目を見張ったかと思うと、相好を崩した。わたしの言葉のどこに笑う要素があったのだろうか。理解できない。


 不機嫌になったわたしを察してか、イライアスは慌てて説明する。


「いや、馬鹿にしたわけではないんだ。本当に不思議な女性だと思ってね。物怖じすることなく私に意見するわ、後先考えない危なっかしいところもあるわ、自分の立ち位置をきちんと把握する聡明さもある」

「それは当たり前でしょう。性格は違っていてもアリシアのときに得た知識は共通しているもの。ただし、わたしのときに得た知識はアリシアにはないのだけど」


 呆れたように言うと、イライアスは目を細めて私を見る。眩しいものを見るような、慈しむような視線。それはわたしが受け取るべきものではない。わたしを通してアリシアに投げかけているのだろう。


「……ああ。アリシアは確かにいるんだな」


 何を当たり前のことを言っているのか。そう思っても、わたしは今度は何も言わなかった。きっとイライアスはアリシアと対話しているつもりなのだろう。


 ならば、第三者が邪魔をするのは無粋だ。わたしはしばらく黙って、イライアスのしたいようにさせた。

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