道中にて.1
イライアスの屋敷があるのはヒースロット子爵領の隣の領だった。ちょっとそこまでというような距離ではない。騙された気分で、イライアスの屋敷へと進み続ける馬車の中、向かいに座るイライアスを睨む。
「……騙したわね。どうしてわたしがあなたなんかと旅をしないといけないのよ」
イライアスは苦笑しながら肩を竦める。
「私は騙したつもりはないよ。どのみちヒースロット家の馬車は使えなかったんだから、よかったじゃないか。それともヒースロット領にいたかったのか?」
そう言われてしまうと、返す言葉が見つからない。あの両親のことだ。わたしのことはどうでもよくても、ヒースロットの家紋入りの馬車を放ったらかしにするとは思えない。きっと馬車のために追手を差し向けただろう。思わず舌打ちをする。
それを見たイライアスの表情が曇る。
「……アリシアの顔でそんなことをするのはやめてくれないか?」
「あら、ごめんなさい。これでは百年の恋も冷めてしまうかしら。まあ、あなたのはセシリアと間違えるくらいに淡い恋心だったようだけど」
「……痛いところを突いてくるね、君は。そうだね。恋とは呼べないものだったかもしれない」
「だったらもう、わたしを解放してくれないかしら。アリシアはあなたとセシリアが結婚して幸せになることを願いながら眠りについたの。あなたはそんなアリシアの気持ちを踏みにじるつもり?」
イライアスは目を見開いたかと思うと俯き加減になる。どこを見ているのか、ぼんやりとした視線になっているのは、アリシアとセシリアに思いを馳せているからかもしれない。
「……そうだな。私はアリシアの思いを踏みにじることになると思う。私はもうセシリアを選べない」
私は侮蔑の視線をイライアスに向けた。あちらこちらと気が多い男だ。
「……へえ。あなたって本当に最低ね。最初に出会ったのはアリシアだとしても、婚約したのはセシリアでしょう。そんなセシリアを捨てるの?」
「セシリアには本当にすまないと思っている。だが、誰かの犠牲の上に成り立つ幸せは……」
その言葉にわたしは強く拳を握りしめて、向かいのイライアスを睨みつける。
これまでだって、アリシアの犠牲の上に成り立ってきたではないの。知らなければそのまま幸せになっていたはずだ。なのに今度は知ったからといってアリシアの願いまで踏みにじるのか。
初めから最後までアリシアの存在を軽んじているようにしか見えない。
「……今更じゃないの。アリシアはあの家でそういう役割だった。あの子はそれを諦めて受け入れていた。だからあなたもセシリアも実情を知らなかった。アリシア自身が助けを求めなかったのだから気づかなくても当然よ。だけどね、それならどうして最後のアリシアの願いくらい叶えてあげようとは思わないの? これではアリシアの思いを踏みにじっているとは思わないの?」
「……最後じゃない」
「何ですって?」
「だから、最後じゃないと言ったんだ。アリシアは帰ってくる。私はまだアリシアに謝罪していないし感謝も伝えていない。それに逃げたことへの贖罪も果たせていない。アリシアの願いはわかるが、私にも譲れないものがある。自分本位だと誹られるのも覚悟の上だ。私は自分を偽れない」
虚ろだったイライアスの視線はしっかりと私を捉えていた。意思は固いということか。
まあ、考えてみれば誰もが自分本位だ。アリシアはイライアスやセシリアの気持ちも考えず自分の願いを託し、セシリアもアリシアに渡したくない一心でイライアスに執着し婚約した。そしてわたしもヒースロットを捨てて出てきたのだから、人のことは言えないだろう。
「まあ、いいのではないの? みんながみんな好きなようにしても。ただ、その思いは平行線なままかもしれないけれど」
「それでもいい。それに、セシリアのためにも君の動向は把握しておいた方がいいと思う。きっと君はセシリアに連絡しないつもりなんだろう?」
「そうね。する理由がないもの。あくまでもわたしとセシリアは他人なのよ」
じゃあどういう関係かと聞かれれば答えにくい。
アリシアはセシリアを殺してしまった罪悪感と、両親との関係から疲弊してわたしを作った。そしてその時の彼女が思い描いたのは──セシリアだった。
つまり、わたしはある意味ではセシリアでもある。ただし、セシリアの性格を完璧に把握していなかったアリシアだから、わたしとセシリアの性格はまた違っているのだろう。
淡々と言うわたしに、イライアスは眉を寄せる。
「だからアリシアの顔でそんな冷たいことを言わないでくれ」
「冷たい、ねえ……。あなた本当に中途半端に優しいのね。とことんまで相手を受け入れるつもりがないなら、その優しさは残酷なだけよ? セシリアに期待させるだけ期待させて、最後にアリシアを選んだくせに、それこそセシリアが可哀想になるわ」
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