閑話・優しさという罰(セシリア視点)
アリシアとイライアスを送り出した後、私は両親にしばらく文句を言われていた。だけど、その言葉のどれもアリシアを責めるものでしかなかった。私は殴りかかりたい気持ちを抑えるように、奥歯を噛み締めたまま私の部屋に向かった。
◇
久しぶりの私の部屋は、何一つ変わっていなかった。暖かい色で統一された室内に、至る所に施された両親の気遣い。アリシアの部屋を見た後だからこそ、この落差に愕然とする。
ところどころにアリシアがここにいた痕跡を感じて、なんだかほっとした。もう彼女は行ってしまったけど、しばらくはこうやって思い出すことができる。
そして、私は言われた通りに机の引き出しを開ける。そこにはアリシアの日記があった。
最初の日付は一月ほど前だ。生真面目なアリシアにしては珍しく文字が乱れている。私は文字を追った。
──最近、寝ても疲れが取れない。それに、寝る前に何をしていたのかも記憶があやふやだ。お父様とお母様に昨日は楽しかったと言われても、自分が何をしていたのかもわからない。私はどうしたのだろう。自分の中に、別の誰かがいるみたいですごく怖い。だけど、誰にも相談できない。どうしよう。
アリシアの中に彼女が生まれたのはこのあたりらしい。歪んだ文字からアリシアの不安が伝わってきて胸が痛い。私はこの時、家には帰りたくないと、漁師たちの家でぬくぬくと暮らしていたのだ。
罪悪感を刺激されて、読むのをやめたくなるけど私は逃げてはいけない。更にページをめくる。
──とうとうイライアス様に自分がアリシアであること、セシリアを殺したことを打ち明けた。これで完全に私は孤独になった。結局アリシアである私は孤独になる運命だったのかもしれない。全てはセシリアのもの。欲しがった私が悪かっただけだ。もう疲れた。最近は一層意識が飛ぶ時間が増えた。それならそれでもういい。早く楽になりたい。
馬鹿なアリシア。イライアス様は初めからアリシアしか見ていなかったのに。私が全てを壊した。ここまでアリシアを追い込んだのは私。本当に謝っても謝りきれないほどに酷いことをしたのだと痛感する。
そしてページをめくると私の名前が出てきた。自分がどれだけ恨まれていたのかと恐る恐る文字に目を通す。
──セシリアが見つかったと漁師の方から聞いた。本当によかった。自分が人殺しにならずにすんだという邪な気持ちもあるけど、これでイライアス様とセシリアが一緒になれる。偽物の私はもういらない。
私はずっとセシリアが羨ましかった。両親からもイライアス様からも愛されるあの子が。だけど、今セシリアになってあの子が私にあたる気持ちもわかるようになった。イライアス様でさえ私とセシリアが入れ替わっていることに薄々気づいていたのに、両親は欠片も疑っていなかった。つまりはそういうことだ。私もセシリアも同じ立場だった。
いろいろな葛藤もあったけど、それはやっぱりセシリアを好きな気持ちが残っていたからだと思う。本当にどうでもよかったら、そんな気持ちも消えてしまっていたと思うから。
消えそうになって初めて後悔した。もっとセシリアの気持ちをわかってあげればよかった、仲良くできればよかったと。
ごめんなさい、セシリア。私は自分のことしか考えていなかった。どうかイライアス様と幸せに──。
最後の方は文字が滲んで読めなくなっていた。最後まで読みたいと涙を堪えようとしても後から後から涙が溢れてくる。
「なんで……私を嫌いだ、許せないって言ってくれた方がマシよ……! なんで最後まで私の幸せなんか願ってるのよ……。なんで、なんで、なんで……!」
次に会ったらこれまでのことを全て謝るつもりだった。許してもらえるなんて思ってなかったし、許されたいとも思わなかった。
自分が消えかけても私を思うアリシアの気持ちが私の心に刺さる。それは思いやりで優しさでもあるけど、今の私には毒だ。彼女は今の私にはそうなるとわかっていてこれを読ませたのだ。
──私の本当の家族はアリシアだけだった。
自分が辛い時にこそ、その人の人となりが出るものだ。失って初めて見えた真実。残酷な真実だ。
これが私の罰なのか。だけどアリシアにはどんな罪があったのだろうか。違う。あの子に罪の意識を持たせたのは馬鹿な私だった。
「うわあああああ!」
もう我慢ができなかった。私は人目も憚らず慟哭する。そうするしかなかった。
──お願い、アリシア。戻ってきて。いっぱいいっぱい謝りたいことがあるの。きっとまた会えると信じているから──。
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