閑話・恋という名の打算2(イライアス視点)
ヒースロット卿は娘婿を探していると、私に近づいてきた。これは好機だ。私はあの日の彼女が誰なのか確かめるつもりで、卿と話した。そして、卿はそれは間違いなくセシリアだと、私を婚約者候補として彼女と会わせた。
セシリアに最初あの時の話をすると、怪訝な顔をしていた。
──違うのか?
そうなるとアリシアだということになる。私はセシリアとの婚約を断ってアリシアに会うつもりだった。だが、逡巡した後、セシリアは言ったのだ。
「……お久しぶりです。すぐに思い出せなくて申し訳ありません。時間が経っていたので咄嗟に思い出せませんでした」
──あの間は何だったのだろう。
少し違和感を覚えたが、セシリアが嘘をつく理由が思いつかなかった。私はセシリアの言葉を信じ、彼女の父親の勧めるままに、彼女と婚約した。
そしてアリシアと出会った。
話に聞いた通り、二人の外見は瓜二つだった。違うのは笑い方や性格だろうか。屈託無く笑い、積極的なセシリアと、ぎこちない笑顔を浮かべ、周囲の空気を読んで動くアリシア。二人は太陽と月のように真逆だった。
不思議だった。アリシアと接するたびに、既視感を感じるのだ。あの日の彼女のような控えめな笑顔に。
だが、セシリアが頑としてアリシアではないと言い張る。アリシアは城下に行くことはほとんどない、その日は自分が両親と三人で行ったはずだと。
そこで疑問が生まれた。
──何故三人なんだ?
アリシア一人を置き去りにして、三人で城下を散策する。この家族にとってアリシアは一体どういう存在なのか、不可解だった。
そして、あの日の事故が起こってしまった。
悲報を聞き、私はすぐにでもセシリアに会いに行こうとした。だが、セシリアが会いたがらないと、何度も断られ、一週間ほど経ってようやくセシリアに会えた。そして久しぶりに会った彼女は憔悴しきっていた。当然だ。双子の姉の生死が不明なのだから。
だが、ここでも不可解なことは続いた。
ヒースロット夫妻は、アリシアの遺体も見つかっていないのに早々に死亡届を出したのだ。表向き悲しんでいるようには見えたが、一方で私とセシリアの結婚を急がせようとしたり、跡継ぎには不適格だとアリシアを切り捨て、私に次期当主にならないかと打診してきた。
この頃には私も、アリシアがこの家でどんな存在だったのか薄々感じ始めていた。
──もしかしたら彼女は自殺したのか?
そんな思いが頭をよぎった。だが、目の前にいるセシリアが、アリシアと重なって見えることが度々あった。
初めは姉を失ったせいで、セシリア生来の溌剌さが消えているだけかと思った。だが、セシリアが覚えていなかったあの日の出来事を詳細に話したり、会話の端々に細かな気遣いを感じた。そのため、私はあの日の彼女がアリシアで、目の前にいる彼女がアリシアではないかと思い始めた。何のためにセシリアになっているかまではわからなかったが。
そして彼女の告白を聞いた。思った通り、彼女はアリシアだった。そこまではいい。私が驚愕したのは別のことだった。
──私があの子を──殺したんです。
そこまで追い詰められていたのか、どうしてそんなひどいことを、あの彼女にそんなことができるわけがない。いろいろな思いが湧き上がってきて私は混乱し──逃げた。
彼女の告白は重すぎて、この時の私には受け止めきれなかった。だが、気持ちの整理がついたら会いに行こう、そう思っていたのに──。
◇
「ここがアリシアの部屋です」
セシリアに案内されたのは潮風の香る海にほど近い部屋だった。セシリアの部屋とは違って質素で無機質に見える。北向きにあり、日当たりは悪いだろう。冬は寒いだろうに、絨毯もない。あからさまな差別に、アリシアを抱いた腕に意図せず力がこもった。
それでも掃除はしてくれていたようだ。埃のない清潔なベッドにアリシアを横たえる。セシリアはベッドのそばにある椅子に腰掛けて眠るアリシアの顔を見ていた。
「……セシリア。聞きたいことがたくさんあるんだが、いいだろうか?」
私の問いにセシリアはびくりと一度体を震わせたかと思うと、アリシアから視線を外さずに頷いた。
「……はい。もう私には隠すことはありませんから」
「じゃあまず一つ。私が城下で出会ったのはアリシアなのか?」
セシリアは頷く。
「じゃあ次に、君がアリシアを突き落とそうとして落ちた。これも間違いないか?」
これにもセシリアは頷く。
「……じゃあ、最後だ。どうして君たちはアリシアをそこまで嫌うんだ? 家族じゃないのか?」
セシリアはスカートの上でぎゅっと拳を握る。少しの間があってセシリアは口を開いた。
「……アリシアは、次期当主だから。次期当主になればどんな理不尽な目に遭うかわからないから、心を鍛えないといけないって……。だから両親は厳しく躾けているんだと私は思っていて……。それにあの子はずっと両親に期待されてきたから、それに応えるのは当たり前だって……」
話しながらセシリアの声が小さくなっていく。多分、今の彼女はその両親の方針に疑問を感じているのだろう。そして、それに便乗してアリシアを排除しようとした自分に罪悪感を感じるか、その行為を恥じているのかもしれない。
これは躾なんかじゃない。あからさまな虐待だろう。
だが、私も同罪だ。彼女の告白を受け止めきれず逃げたのだから。どんな思いであんな嘘をついたのか、何故なのか、早く彼女に確かめたかった。
そして私はアリシアの目覚めを待った──。
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