閑話・変わったのは2(セシリア視点)
元気になってもここにいたいと駄々をこねる私を、漁師一家は受け入れてくれた。ようやく自分が自分らしくいられる場所を見つけたのだ。そこから離れたくなかった。
きっとアリシアも私がいなくて楽しくやっているに違いない。そう思っていた私にヒースロット家の噂が届いたのは、私が海に落ちてから二ヶ月経った頃だった。領主であるヒースロット家の噂は、領民たちの間で、もうすでに広まっていたそうだ。私が知らなかったのは、私の事情を全て知っている漁師一家が黙ってくれていたからだった。
噂の内容は──次期当主であるアリシアが死んだということだった。
違う。あの日落ちたのはセシリアである私。どうしてアリシアが死んだことになっているのか意味がわからなかった。
私が私らしくなれる場所を見つけたからといって、家族への思いが消えるわけじゃない。両親の愛し方は間違っていたかもしれないけど、両親を嫌いになったわけじゃない。次第に両親に会いたい、セシリアにも会って謝りたい、と思うようになった。
だけど、それは自分の罪も明らかになるかもしれないということ。両親の私を見る目が変わってしまうことが怖かった。結局勇気が出ずに、また時間が過ぎて行く中で、最後に背中を押してくれたのは、お世話になっていた漁師の奥さんだった。
駄目だったらまた話を聞くからおいで。その言葉が私を奮い立たせてくれた。話を聞いて、悪いところは叱ってくれる。そんな当たり前のことが嬉しかった。
──赦されないかもしれない。だけど、こうして支えてくれる人たちがいる。
そうして屋敷に帰ってきた私は、アリシアの思いがけない告白に驚愕したのだった。
◇
気を失ったアリシアを抱きとめていたイライアスは、お父様に尋ねる。
「っ、アリシアの部屋はどこですか?」
お父様はまだ茫洋としていて、答えない。急いたイライアスは次にお母様に尋ねる。
「早くアリシアの部屋を教えてください! 彼女は倒れたんですよ? あなた方の娘でしょう!」
お母様は突き放すような冷たい口調で言った。
「……実の妹を殺そうとするような恐ろしい娘は、わたくしにはおりません」
「なっ……」
イライアスは目を見開く。私は胸を締めつけられる思いだった。次期当主として一身に期待を背負ってきたアリシア。それなのに期待に応えられないとこうして簡単に切り捨てられる。
──じゃあ、どうしてアリシアは生まれてきたの?
両親の期待を背負うためだけに生まれてきたわけじゃない。アリシアも私も。それに、私にとってアリシアはやっぱり家族で姉。憎かったけれど、その一方で憧れてもいた。お母様であっても、そんなアリシアを否定して欲しくなかった。
「……違う。違うの。アリシアは悪くない……!」
軽蔑されるのではないかという不安や恐れは吹き飛んでいた。湧き上がる思いのままに私は叫ぶ。
「私があの日、アリシアを突き落とそうとして、揉み合った拍子に落ちたの! あの子は私を助けようと手を伸ばしたけど届かなくて……! だからあの子は悪くない!」
興奮のあまり息継ぎを忘れた。荒い息を整えようと深呼吸した私に、お母様は慈愛の目を向ける。
「……セシリア。あなたは優しい子ね。アリシアを庇おうと嘘をつこうとするなんて。あなたが生きていて本当に嬉しいわ」
戦慄が走った。
私が悪いと言っているのに、あくまでもアリシアが悪いとお母様は言う。どうしてそこまでアリシアが責められるのか。私はこんなことを望んでいたわけじゃないのに。
──アリシア、ごめんなさい。私は本当に何も見えていなかった。私はずっとアリシアがお父様とお母様に期待されて、羨ましいと思っていた。だけど、私たちの立場は本当は変わらなかった。
そしてわかった。私たちが憎しみ合うように仕向けたのは両親だったと。
きっと二人は自分たちが何をしたのか気づいていないだろう。ただ、二人は私たちに役割を与えただけだ。立派な当主になるために厳しい教育を与えるという名目で虐げられる役割だったアリシアと、家を継がずに他家へ出されるから、家同士の繋ぎになれるようにその家で愛されるために甘やかされる役割を担った私。私たちは家の思惑に振り回されていただけだった。
──もう、この人たちと話しても埒が明かない。
私はイライアスに告げる。
「……アリシアの部屋に案内します。付いてきてください」
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