二人の思い出1(回想)

 ──あれは私が十四歳のとき。まだ肌寒い季節だった。雪が溶け始め草木が芽吹き、世間では春の訪れを告げているのに、私の心にはまだ真冬の冷たい風が吹き込んでいた。


 家族になりたい。そんな私の願いとは裏腹に、家族との距離は離れていくばかり。


 この時、私たち一家は両親の社交シーズンに合わせて王都へやって来ていた。私やセシリアの交友関係を広げるためでもあったのだろう。まだ社交界デビューには程遠いけれど、今のうちから将来有望な婚約者候補を見繕う、そんな目的もあったはずだ。


 私は勉強とお茶会の予定で瞬く間にいっぱいになった。次々と埋まるお茶会の予定に辟易していたのは、私だけではなく、セシリアもだった。だからこそあの子は両親にねだったのだ。「たまにはお休みをして、城下に遊びに行きたい」と。


 セシリアには甘かった両親は、悩みながらも頷いた。そして出かけたのだ。


 もちろん私も「行きたい」と言った。だけど、両親は悩むことなく告げた。「お前には勉強があるから駄目だ」と。


 どうして。私には一日の休みさえ与えられないの?


「お土産を買ってくるから」と言われても嬉しくなかった。私の心は物では満たされないのだから。ただ、家族のみんなと同じ思い出を共有したかっただけなのに。


 そうして私は留守番をすることになった。もちろん一人ではなかった。勉強のために家庭教師の先生が来てくれていたし、うちで働いてくれている使用人たちもいた。


 だけど、彼らは私に心を開いてくれない。立場が違うからと、距離を置かれるのは寂しかった。結局私は誰といても孤独なのだと痛感した。


 まだ精神的にも成熟していなかった当時の私は、目に見えて落ち込んだ。それに気づいた家庭教師の先生は、早めに授業を切り上げてくれた。気もそぞろな時に学んだことは身につかないからと苦笑していたけれど、今ならわかる。きっと心配してくれていたのだ。


 こうして思いがけず自由時間ができた私も、城下に行くことにした。当時は護衛付きだとしても貴族の少女一人が出歩くことを、私はそれほど危険だと思っていなかった。だからこそそんな思い切った行動を起こせたのだと思う。


 ◇


 城下の露店が並ぶ通りを護衛と二人で歩いていた。無機質で単色が続く石畳はどこか物悲しい。それと反対に露天商の客を呼ぶ声や、馬車が往来する賑やかな音。だけどそんな中でも私は強く孤独を感じてしまった。これだけ多くの人たちが生活しているのに、誰も私のことを知らない、関わらない。そして今この時も、両親とセシリアは三人で楽しく過ごしているのだろう──。


 そんな鬱々した気持ちでいたせいなのかはわからないけど、案の定知らない大人の男性に絡まれた。

 どこへ行くのか、家はどこだなんだとしつこく聞かれた。無視をして通り過ぎようとした時、怒った男性は私に掴みかかろうとした。それを護衛が押さえたけれど、私は怖くて動けず、声も出せなかった。すると、凛とした声が聞こえた。


「……そちらは危ないからこちらへ」


 声のした方を見ると、そこにも知らない男性。今度こそ私は泣きそうになりながら後ずさりをした。男性は焦って言い募る。


「あの、私は怪しい者ではなくて、ただ心配で声を掛けただけなんです! 」


 だけどその言葉は余計に胡散臭く聞こえた。怪しい人ほど自分は怪しくないと言うものだ。更に距離を取る私に、彼はもどかしそうに拳を握って解いてを繰り返していた。だけど、はっと表情を引き締めると私の腕を取った。


「いやっ……!」

「すみません! 少しだけ我慢して……!」


 そう言うと男性は私と体を入れ替えた。そして男性の腕の中に包み込まれると私は視界に迫ってくる男性の体に怯んで咄嗟に目を閉じた。そして、男性の体越しに衝撃が響き、くぐもった呻き声がした。


 男性に抱き込まれていることに驚いたけど、それ以上に何かが起きたことがわかって怖かった。恐る恐る目を開くと、私を抱き込んでいた男性の額から血が流れていた。傍では、護衛が押さえていた男性とは違う男が、私たちに向かって割れた瓶を振り上げていた。どうやら二人組だったようだ。彼らは目配せで合図をし合っていた。


 護衛は先の一人を昏倒させると、私たちに向かってきた男も昏倒させた。そして、警備隊へと引き渡した。


 その時の私は彼への申し訳なさでいっぱいだった。


「本当に申し訳ありません」


 せめて手当てだけでもさせて欲しいと、彼の額の血をハンカチで拭う。血を見るのは初めてで目を逸らしたかった。だけど、この傷は私を庇ってのもので、そんなことは許されない。眩暈を堪えながらも手当てを終えると、彼は感心したように言う。


「お嬢さんは貴族でしょう? 身なりや物腰でわかります。それなのに血を見て平気なんですか?」

「……平気ではありません。ですが、この傷は私を庇ってのものです。私が目を逸らしてはいけませんから」


 そう言ってはっと口を押さえる。これでは自分が貴族だと認めたようなものだ。助けてくれたことには感謝するけど、彼の正体がわからない今、それを明かしていいのかわからなかった。


 彼は苦笑した。


「やっぱり警戒しますよね。申し遅れました。私はイライアス・ファレル。ファレル伯爵家の次男坊です」


 それを聞いて私は違う意味で蒼白になった。


「伯爵様の……私はなんてことを……」


 怪しい奴扱いをした上に、怪我までさせてしまったのだ。もしかしたら家に累が及ぶかもしれない。そう考えて必死に懇願した。


「お願いです! 私はどうなってもいいので、家はお許し願えないでしょうか……!」

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