「普通の」家族
「……おはようございます」
「ああ、おはよう」
「おはよう……あら、セシリア。顔色が悪いわ。体調でも悪いの?」
朝食の席に着くなり、お母様が私の顔色に気づく。皮肉なものだ。アリシアだった頃は顔色にも気付かれず、声もかけてもらえなかった。ただ、執事やメイドから事務的にその日の予定を告げられるだけだったというのに。
思い出して心が寒くなる。表情まで凍りつきそうだ。だけど、今の私はセシリア。誰からも愛される笑顔の素敵なセシリアだ。何度も鏡の前で練習した作り笑いを浮かべる。
「いえ、大丈夫です。あまり眠れなくて……」
「まあ、そうだろうな。アリシアが亡くなってまだ一週間だ。お前は姉思いの優しい子だから心を痛めてもおかしくない」
「お父様……」
お父様の顔を見られず、私は俯いた。本当に亡くなったのはセシリアであること、そのセシリアの命を奪ったのはアリシアである私、そしてセシリアの命だけでなく人生を奪おうとしている罪悪感。それだけでなく、誰よりも私を嫌って辛く当たっていたはずの妹を優しいと評すお父様への不信感。アリシアの頃に与えられなかった愛情を受け取っているのは今の私がセシリアだからという、セシリアへの嫉妬や羨望。様々な感情が
「大丈夫。私たちは家族だ。ともに悲しみを乗り越えよう」
「ええ、そうね」
両親の言葉がどこか遠くに聞こえる。
──嘘つき。
アリシアがいなくなったことを悲しんでもいないくせに。だからあの子の遺体はまだ見つからない。あなた方が必死で探そうとしていないから──。
あの日の夜、セシリアは私の部屋の窓から落ちた。悪天候のせいで落ちた海を捜索できなかったけど、私を始め、お父様や屋敷の者の何人かが転落を目撃していた。水嵩が増し、流れも早かったため、生存は絶望的だと早々に死亡届を出されたのだ。
落ちたのがセシリアだとわかったら、あなた方は必死になって遺体を探すでしょうね。そう思ってしまう私は醜い。そんな私の性根を見抜いていたからあなた方は私を見てくれなかったのですか。
口に出せない言葉は、静かに心の奥底へ澱のように降り積もっていく。
だけど二人は気づかない。
「アリシアだけでなく、あなたまで失いたくないの。だから、無理をしては駄目よ」
「はい、お母様」
これがセシリアにとっての普通の家族なのだ。
私がセシリアになってまだ一週間。だけど、これが永遠に続くのかと絶望したくなるほどの苦痛に苛まれた一週間だった。
優しい悪意。この状況を形容するに相応しい言葉だろう。
こうして家族で過ごすたびに、ことあるごとにアリシアが家族にとって必要ではなかったと思い知らされるのだ。これがセシリアの命を奪った私に対する罰なのだとしたら甘んじて受けるしかない。
少しずつアリシアだった頃の私が壊れていく音がしていた──。
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