慣れない「自分」

 ──やめて! どうしてこんなこと……!


 ああ、またこの夢だ。もう何度目か分からない絶望が私を襲う。私の脳裏に焼き付いた光景は、繰り返されるたびに私の心を蝕んでいき、自分の都合のいいように再編されていく。


 それでも今度こそ、と期待せずにはいられない。私は愚かだ。懸命に手を伸ばすけど、やっぱり届きはしなかった。すり抜けた手を呆然と見つめる。そしていつものようにあの子の声が聞こえた。


 ──人殺し。


「いやあああ!」


 自分の声で一気に覚醒した。毎度のこととはいえ、何度味わっても慣れない。いつか夢と現実の境目がなくなるのではないだろうか。そんな恐怖に苛まれる。


 荒ぶる鼓動はうるさく、今にも心臓がはちきれそうだ。上半身を起こすと、ぎゅっと夜着の胸部分を掴んでやり過ごす。


 どのくらいそうしていただろうか。まるで儀式のよう。夢の世界から現実へ戻ってくるためか、それともセシリアに戻るためなのか──。


 だけど、その儀式はまだ終わらない。


 ベッドから降りると、ふらつく足でいつものように姿見へ向かう。全身を映し出す鏡で確認しているのは、自分の美しさに酔うためじゃない。自分の罪を確認するため。


「……おはよう、セシリア。あなたの生を奪った私を許して──」


 そう。私はセシリアではなく、双子の妹であるセシリアの命を奪った姉──アリシアだ。


 ◇


 私とセシリアは一卵性双生児で、生まれた時から外見がそっくりだった。蜂蜜色の髪に、晴れた青空のような瞳。成長していっても、ドレスが同じだと、両親ですら間違えるくらいだった。


 だけど、決定的に違ったのはお互いの立場。双子でありながらも、私はこのヒースロット子爵家の長女であり、次期当主として厳しく躾けられた。反対に妹のセシリアはいずれ他家に嫁ぐためにこの家を出て行くからと、両親に可愛がられて育てられた。


 女当主というのは前例はあっても、男性よりも風当たりがきつい。優秀でないと認められないため、私は幼い頃から勉学に励むしかなかった。いつも楽しそうに両親や友人と過ごすセシリアとは反対に、私はずっと孤独だった。


 頑張れ──一体何を?

 負けるな──誰に?


 そんなプレッシャーからか、いつしか私は笑うことを忘れた。いつも余裕がなく、愛想がない私と、両親との間には少しずつ溝ができていたのかもしれない。


 セシリアが城下に遊びに行きたいとわがままを言えば、両親は私を置いてセシリアと三人で出かけた。忙しい私に気を遣って、と言えば聞こえはいい。だけど、私は知っている。彼らにとって私は、家族ではなく後継者でしかなかったことを。


 わからない方がおかしいと思うほど、私たちの待遇には差があった。


 例えば、私が熱を出したら、両親はメイドたちに看病を任せた。栄養のある食事、温かい寝具、物理的なものは与えてもらえた。


 反対にセシリアが熱を出した場合。両親は真っ先にセシリアの元に駆けつけ、手を握って励ますのだ。早く元気になってと。


 与えてもらっているのだから、文句を言ってはいけない。私は恵まれている。何度そう自分に言い聞かせて涙を流したかわからない。


 私もセシリアのように、両親に愛されたかった。そんな願いがこの歪な状況を生み出したとも言える。


 ──私は選んでしまったのだ。アリシアという存在を殺してセシリアとして生きることを。

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