婚約破棄された追放聖女、エルフの里で溺愛される 〜精霊に愛される『加護』はエルフにも有効でした〜

すかいふぁーむ

第1話

「我が国にもはや聖女など不要。どこへなりとも行くが良い」


 突然の宣告だった。

 国民の不満が高まっていることは知っていた。

 聖女は国王、教皇に次ぐ大きな権力を持った肩書だった。

 実態の見えない『聖女』の肩書に不要な税が流れているという不満、そこにつけ込み、王家の人気取りのために私は捨てられた。


「私のこれまでの時間って……」


 10歳の時、適職診断で聖女認定されて以来自由もなく何年も閉じ込めてきたくせに、今更追い出されるなんて……。


「それもこれもあの馬鹿王子が悪い……」


 私はこの国、ベルムート王国の第四王子との結婚を勝手に決められていた。

 まあそれはいい。田舎の村にいたってそのうち親の決めた相手と結婚しなくちゃいけなかったんだから、王子が相手になって生活が安定するならそんなに幸せなことはない。いやもう死んだんだっけ……親の死に目にさえ合うことが出来ずに聖女としての公務を任され続けてきたというのに……。


「お母さん……」


 思い出して涙が出てくる。

 あのときも馬鹿王子がこんなことを言ったのが原因だったはずだ。



 ◆


「ふうん。親が死んだと」

「はい。ですのでしばらく休暇をいただき……」

「ダメだね」


 でっぷりしたお腹。脂ぎった顔。タプタプした顎。そして腐ったように意地悪く細く尖った目。

 ゴブリンのほうがいくらか可愛げが有るのではないかと思えるほど醜い男が、残念なことに私の婚約者だった。

 そしてその男は、私の両親が事故で亡くなったという報告を受けてこういったのだ。


「お前の役目は国民みなの幸せを願って祈りを捧げることだろう。聖女になった時点でそのような俗人的な些事は捨て置け」

「些事……」

「つまらん報告などいらん。どこでどのような接待を行い、いかにお前という存在を貴族に売り込むかだといっただろう? 別に身体を使っても構わん。どんどん取り込め。私の出世がかかっているのだからな」


 ◆


 出てきた涙が引っ込んで冷めきるくらいの記憶だった。

 まあこの国を出られるということはあの肉だるまとの結婚が回避できるということでもある。こんなに素晴らしいことはない。


「よしっ! もう切り替えていくしかない!」


 幸い『聖女』というのは決してお飾りの称号ではない。

 魔法を使えば他の追随を許さぬ圧倒的な魔力と技術を誇る。そして何より、『聖女』は奇跡の力、『スキル』を持つ。


「私は『精霊の加護』ね」


 このベルムート王国は北側半分を魔の森に食い込ませるように作られた王国。

 モンスターたちの侵攻を受ければ壊滅は必至だ。

 それを防いできたのが、歴代の聖女。私はこの『精霊の加護』と膨大な魔力を駆使して、本来人間に行使できないとされる『精霊魔法』で国に結界を幾重にも張り巡らせ、森の魔獣達をコントロールしてきた。


「だけど、あの馬鹿王子は私のことを本気で飾りだと思ってたわね……」


 何回説明しても「祈りなどおふざけはやめてさっさと貴族たちに声をかけ続けろ」の一点張りだった。

 そもそも聖女を我が物顔で私物化した王子など、歴代でもあの馬鹿だけだろう。


「ただあの国、国王は息子可愛さでいっぱいだし、他の王子もろくなもんじゃなかったからなあ……」


 第一王子はプライドが高すぎるお坊ちゃま。食事のマナーを指摘した従者を滅多打ちにしている。

 第二王子は遊び人気質が過ぎる。部屋には常に女性の声が溢れ、私も何度か身体を狙われた。

 第三王子は戦争好きの脳筋。

 まだ手を出されにくく、命の危険も少ない第四王子がマシだったと言える最悪のラインナップだった。


「まあ結局国王まで私を不要と切り捨てたし、新しい聖女はつくらないとか言ってたから……」


 この国は滅びる。

 間違いないと断言できた。

 私が『精霊魔法』を解いた途端、北の森に隣接した国の半分から多方面侵攻を受ける。

 戦争好きの第三王子は喜んで戦いに出るだろうが、この国の戦力では森に潜む魔物たちには勝てない。


「ま、私の知ったことではないわ」


 親も死んだ。誰にも連絡は取らせてもらえなかったんだ、友達もいない。

 唯一関わりのあったのがバカ王子とそれに付き従う間抜けな貴族だけ。


「滅んだほうがいいわいっそ……」


 聖女らしからぬ言葉に自分で驚くがもういいのだ。

 聖女ではないのだから。


「私は自由!」


 行き先に当てはある。

 森の魔物たちを探るときに私は発見をしているんだ。


「エルフ! 精霊魔法の本来の使い手達。あそこなら私にも……居場所があるかもしれない!」


 意気揚々と森に踏み込んでいく。

 完全武装の冒険者達がやっと戦えるような危険な森も、精霊に愛された私には何の問題もない。

 むしろ精霊の影響力の強い森の中のほうが危険が少ないくらい。木々は自然と道をあけ、魔獣も私に近づかない。森のめぐみは勝手に自ら運ばれてくるくらいだ。

 水も、果実も、時には私が食べられる魔獣の死体を運ぶ精霊すらいる。


「ありがとう」


 ふわふわと光が私の周囲を飛ぶ。

 生まれたときから私は精霊に囲まれていた。

 精霊は自然のさまざまなものに依存する形で存在する自我の薄い生き物。

 上位の精霊ほど自我と自由を持つと言われる。だが基本的には火の精霊は火の側にしかいられない。

 精霊使いは本来、力を貸してくれる精霊が存在するその地でしか活躍できない。


 だけど私は、どこにいたって精霊が私を愛してくれる。それが私を『聖女』たらしめた理由だった。


「これ……私聖女じゃないほうが自分の才能をフルに発揮できたんじゃないかしら……」


 道案内も小さなふわふわした光に導かれてスムーズに進んでいく。

 そしてついに出会った……。


「誰だ!?」

「エルフ!」

「何者だ……んん?! お前……いやあなたは、人間ですよね?」


 あれ?

 エルフって人間なんて見下しきった閉鎖的な存在って聞いてたんだけど。

 私もその覚悟とちょっとした期待を持ってきたのに。……美形のエルフに冷たくされるのってぞくぞくするよね?


「えっと……」

「失礼しました。私はこの先にあるエルフの里……いえあなた方の言葉で言えば国の王子にあたる、エルファンと申します。ぜひエルとお呼びください」

「王子!?」

「あはは……やっぱり王子がこんなところでフラフラしていてはおかしいですよね……よく森の周りをウロウロしてしまうもので……止められるんですけどね」


 イタズラげに笑うその表情もこれまで見たどんな男性より魅力的だ。

 美しい上に顔が整っていてどこか可愛らしさすらある。

 白い肌のせいでちょっと赤くなっているのが目立っているせいかもしれな……ん? 赤い?


「貴方はお美しいお方だ。ぜひ私の国に招き入れたい」

「えっと……良いんですか?」

「ええ。それだけ精霊に愛される貴方が、悪人だなんてことはありませんから」


 あ……。

 そこで気がついた。

 エルフは……半精霊と呼ばれる亜人と精霊の中間体なのだ。


 まさか私の『精霊の加護』がここまでの効果を発揮するなんて……。


「よろしければ、お手を」

「ええ……ありがとう」


 手を差し出されて取っただけだというのに目の前の顔の良いエルフが頬を赤くしていた。


「失礼……本当に魅力的なもので……」


 ドキドキさせられているのはこちらもそうなのだが相手に余裕がなさすぎて逆に冷静さを取り戻せている気がする。


「では参りましょう。我らの国へ」


 思いがけない形で私の第二の人生は幕を開けた。

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