第19話

ここでヨウリンとフェイロンの話を、


それはヨウリンがフェイロンからディナーのお誘いを受けて、食事を楽しんだ後の話だ。


場所はホテルの最上階にあるバー、軽くお酒が入り彼は饒舌に語り始めた。


「私が中国の大学に通っていた頃、付き合っていた彼女がいたんです。とても心の綺麗な女性で、僕の冗談を直ぐうのみにしちゃうんです。冗談だよと言うと彼女は滅茶苦茶怒るんですけど、それがまた可愛いんです」


ヨウリンは黙って彼の話を聞いていた。


「彼女は頭も良くて大学の人気者でした。しかもあなたのように綺麗で・・・初めて

あなたを見た時、私の時間が止まりました。あまりにもヨウリンにそっくりで」


彼はヨウリンの目を真剣な眼差しで見つめた。


「僕と付き合ってもらえませんか」


彼からの告白に、


「有難う」


そう返事をしたヨウリン。


「それは私と付き合ってもらえるということですか?」


「それは出来ません」


「でも、有難うって言いましたよね?」


「正直に言います、私好きな人がいるんです」


「でも、こうやって食事に付き合ってくれたじゃないですか!」


「ごめんなさい、気を持たせるようなことをしてしまって。あなたとおしゃべりするのが楽しくて・・・本当にごめんなさい」


彼はヨウリンから視線をそらした。


「怒りました?それはそうですよね」


そう言ってうつむくヨウリンを見た彼は、


「ホテルを出ましょうか」


そう言って立ち上がると飲み代を支払ってエレベーターのある方へ歩き始めた。


彼から少し距離を取りながら後を着いて歩くヨウリン。


エレベーターが来ると、


「どうぞ」


彼はヨウリンを先に乗せてからロビーのある階のボタンを押した。


扉の閉まったエレベーターの空間は無音に包まれる。


エレベーターが止まると扉が開き彼はヨウリンを先に降ろした。


そして、ふたりはホテルを出る。


「今日は有難うございました」


彼は笑顔でそう言った。


「本当にごめんなさい」


「あっ、それ以上謝らないでください!もう十分です、分かりましたから」


「すみません」


「あなたの気持ちはよく分かりました。ひかるさんは何も悪くありません」


ヨウリンはうつむいたままだった。


「ひかるさん」


「はい」


「私、1カ月後に中国に戻ることになったんです」


「え?そうだったんですか」


「それまでお店に珈琲を飲みに行ってもいいですか?」


「もちろんです」


「よかったぁ!じゃあまた通いますね」


「はい、何時でもいらしてください」


その後ふたりの会話は止まり、しばらくして彼の方から口を開く。


「今日は送れません」


「はい」


「それじゃあ・・・さようなら」


「さようなら」


ヨウリンは頭を下げて彼を見送った。


すると、


「その人は良い人ですか!」


フェイロンは少し離れた所から大きな声でヨウリンに尋ねた。


「はい、とても良い人です!」


ヨウリンも彼に届くように大きな声で答えた。


その言葉を聞いた彼は、にっこり笑ってから前を向いて去って行った。



話を元に戻そう


翌朝、僕は目を覚ました。


その時僕は違和感じた。


(おかしいな、何時も明け方に夢を見てから目を覚ますんだけどな)


そう思いながら寝返りを打つと、隣に僕が眠っていた。


幽体離脱?


死んだらこうなるのかと思いながら窓の外を見ると、薄っすらとだが男の姿が映っていた。


まさか!と思い、鏡に映る自分の姿を見た。


すると、元の男の姿に戻っているではないか。


「おはよう」


背後から女性の声が聞こえた。


「どうかしたの?」


「もしかしてヨウリン?」


「そうだよ、どうしてそんな驚いた顔をしているの?」


「そりゃ驚くでしょ!」


「ああ・・・まあ、そうだよね」


「ヨウリンは何でそんなに冷静でいられるの?」


「私も驚いたわよ、目が覚めたらこうなってたんだから」


ヨウリンは光よりも先に目が覚めたのでこの状況に先に順応した様子。


「・・・」


言葉が出てこない光を見て、


「考えたってしょうがないわよ」


ヨウリンはいたって冷静で、パジャマを脱いで着替え終わるとキッチンへと向かっていった。


「パンでいいかな?」


「え?」


「朝食!」


まだ状況を把握出来ていない僕。


「光、珈琲頼んでもいい?」


「・・・」


「ねえ光、聞いてる?」


「あ、ああ珈琲ね・・・分かったよ」


僕は取り合えず珈琲を淹れる準備を始めた。


キッチンから目玉焼きを焼いている音が聞こえてきた。


珈琲を淹れていると何か気持ちが落ち着いてきた。


その様子を見ていたヨウリンは笑みを浮かべていた。


リビングのテーブルにトーストと目玉焼き、そして珈琲が並んだ。


「さあ、食べましょう」


「そうだね」


僕は考えるのを止めてこの状況を楽しむことに決めた。


朝食を食べ終えて、ふたりでテレビを見ていると、


「光、今日は仕事休みだよね」


「そうだね」


「何か予定あるの?」


「いや、今日の事は何も考えてなかった」


「ふ~ん」


「どうして?」


僕がそう聞くと、


「じゃあ渋谷でデートしよう!」


と彼女が言った。


「そうしようか」


そう僕は答えた。



マンションを出て駅のホームで電車を待つふたり。


ホームにアナウンスが流れ電車が入線して来る。


電車の中はまあまあ混雑していて、僕達は車内の奥へと進み身を寄せ合っていた。


(ヨウリンと最初に乗った電車もこんな感じだったなぁ)


そう思いながら、今は目の前にいるヨウリンを他の乗客から守るように渋谷まで電車に揺られていた。


渋谷の駅を降りてしばらく歩くとヨウリンが、


「スクランブル交差点」


そう言ってにっこり笑った。


「ふたりでこうして歩くのは初めてだね」


「そうだね」


ヨウリンは楽しそうだ。


「あのお店に寄ってく?」


そう僕が尋ねると、


「うん」


とヨウリンは頷いて返事をした。


僕達はスクランブル交差点を眺めることが出来るあの店に向かった。


店に入るとホットコーヒーを2つ頼んだ。


「あとシナモンロールを2つください!」


横にいたヨウリンがそう言った。


ふたりで交差点が見える席に座り、外の景色を眺めながら珈琲を飲んでいた。


「ここのシナモンロール、実は食べてみたかったんだ」


彼女はそう言ってナイフでパンをひと口大に切り分け、それをフォークを使って口の中に頬張った。


「美味しい!」


「それは良かった」


僕がそう言うと、


「光も食べなよ、美味しいよ!」


彼女に促された僕はシナモンロールをひと口頬張る、


「うん、美味しい」


僕達はお互いに顔を見合わせて笑みをこぼした。


暫く交差点を眺めていた僕たちは店を後にする。


「次に行きたい場所分かる?」


いたずらっ子みたいな笑みを浮かべて僕に聞いてくるヨウリン、


「109でしょ!」


「正解!」


僕達は109に向かって歩き出した。


その道中ですれ違う男の視線がヨウリンに向けられているのを何回も感じた。


やっぱり、世の男性にはヨウリンはとても魅力的に見えるんだろうと改めて思った。


109に着くと、ヨウリンのお目当てのショップで買い物に付き合う。


彼女が選んで試着した洋服はどれも似合っていた。


109を出た後も他の店をはしごして、ランチもディナーも楽しんだ。


そしてマンションに戻ると、彼女のファッションショーが始まった。



楽しかったんだろうな、ヨウリンは今僕の腕の中で眠っている。


彼女の寝顔を見ていると穏やかな気持ちになる。


僕もいつの間にか眠りの中へと入っていった。


眠りから覚める、僕と彼女は寄り添って寝ていたようだ。


僕の気配を感じたのか彼女はゆっくりと目を開け、


「おはよう」


と言う。


僕も


「おはよう」


そう返事を返す。


「私ね、夢を見てたんだ。光と渋谷でデートしている夢だった」


「そうなんだ」


ふたりが同じ夢を見ることなんてあるのだろうか?


いや、現実離れした経験をいくつもしてきた僕達だ、今更否定する気にはならなかった。


「実は」


そう僕がしゃべりだすと、ヨウリンは僕の口を人差し指で軽く押さえしゃべるのを止める。


「光」


そう僕の名を呼び、口を押さえていた人差し指をゆっくり離した。


「何?」


そう僕が聞くと、


「私もういいの」


「何が?」


「もう入れ替わらなくていい」


「どうして?」


「私は死んだの、これ以上この世にに留まることは出来ないわ」


「そう自分で決めたの?」


「うん」


僕はヨウリンとフェイロンがホテルでディナーを楽しんでいる時、何故だか分からないけど途中から意識が戻っていた。


だから僕は彼女とフェイロンがその後どうなったのか知っていた。


だからなのか分からないけど、僕は彼女の決断にさほど驚かなかった。


彼女は僕の手を掴み体を引き寄せて両腕で僕の体を包み込んだ。


「光の体の感触が直接伝わってくる」


思念体のふたりはお互いに伝わってくる心地よい感触を感じあっていた。


「あなたを感じることが出来て私は凄く嬉しいの。光はどう?」


「僕もヨウリンと触れ合えて嬉しいよ!」


ふたりはお互いを愛しみ抱きしめあった。


「あなたが私に体を返そうとしていたこと、私気が付いていたの」


「ばれないようにしていたつもりだったんだけど」


「誰よりも近くであなたを見ていたから」


僕も彼女のことを一番近くで見ていたからこうなることも想定していた。


「とても楽しかったわ!色々なことをあなたが経験させてくれたから」


「これから先、もっと楽しいことが待っていたかもしれないよ?」


「そうかなぁ、私は今が一番幸せなんだけど」


彼女が僕のおでこに自分のおでこをくっつけてきた。


「僕も今が一番幸せ」


ふたりは見つめ合って一緒に微笑んだ。


「あなたのことも巻き込んでしまってごめんなさい」


「謝らないでヨウリン、だってヨウリンは何も悪くないんだから」


ゆっくりとくっついていたおでこを離したふたりは、互いに手を取り合って光の指し示す方へと体を向ける。


そしてもう一度お互いに顔を見合わせると、ふたりは光の射す方へと歩き始めた。




それから2日後、


連絡が取れないのを不審に思った従業員が実家に連絡をした。


マンションに家族が駆け付けた時、僕は息をしていなかった。


家族みんなが泣いていた。


「ねえ皆、ちょっと見てよ」


姉ちゃんが皆に言う。


「どうかしたの?」


と母さんが答える。


「こうして見ているとただ眠っているみたいだよね」


「本当にそうね、今にも目を覚まして起きてきそうね」


「きっと悔いなく生きたんでしょう、そうでなきゃこんな顔にならないよ」


昨日梅雨入りしたばかりの東京の空は、雲一つなく何処までも青空が広がっていた。





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