第17話

ヨウリンは電車に乗って新宿へ向かった。

駅に着くと近くの百貨店に入り飲食店のあるフロアーへ向かった。


「どうして百貨店なの?」


「だって色々な食べ物屋さんが入ってるでしょ」


彼女はそう言ってレストランフロアーをひと回りすると、数ある店の中から中華料理の店を選び昼ご飯を堪能したのでした。


その後、再び電車に乗った彼女は空いている席に座り、


「久しぶりの中華料理美味しかった」


と満足そうにそう言った。


「満足してもらえて良かった」


「中国の味とは違うけどね」


「本場の味とはどう違うの?」


「香辛料が違うのかな?日本人に合うようにアレンジしているんじゃないかなって私は思う」


「そうなんだ、そうかもしれないね」


僕達が話している間に電車はどんどん都心から離れていく。


「何処へ行く気なの?」


そう僕が聞くと、


「ひかると一緒に行った場所」


そう言った彼女は電車の揺れが心地よかったのか眠ってしまった。


きっと生身での久しぶりの慣れない仕事をしたので緊張したのんだろう。


彼女が眠ってから30分過ぎただろうか、電車は終点に着いた。


「ヨウリン起きて!終点に着いたよ」


ヨウリンは重いまぶたを開き眠そうな声で、


「終点?」

と言った。


「そう、高尾山口終点だよ」


「そっか、着いたんだ」


ヨウリンが行きたい場所は高尾山だった。


「何か意外だったな」


僕がそう言うと、


「そう?」


「洋服を見たりカフェ巡りしたり、そういうのを想像してた」


彼女はスマホを見ると、


「時間が無いからケーブルカーで行こう」


さっきまで昼寝をしていた彼女が今は楽しそうにしている。


それが分かっただけで僕は入れ替わって良かったと思った。


ケーブルカーで山の途中まで登ると彼女は頂上目指して歩き出した。


「やっぱり山登りは疲れるね」


「ケーブルカーを使った人が何言ってるの!」


「そうね、でも生きているって感じるわよ」


彼女の言葉を聞いて僕は嬉しくなった。


そして、山頂に到着。


少し息を切らした彼女は都心の方を眺めていた。


「あそこから来たんだよね」


「そうだね」


「ひかるに連れて来てもらった時も嬉しかったけど」


「けど?」


彼女の髪が風になびく、


「有難う、こんな体験が出来るなんて思っていなかったから」


「これからは何時でも出来るよ・・・何時もは無理か。これからは交代でお互いにやりたいことをすればいい」


「有難う」


彼女の言葉のニュアンスからは肯定しているのか否定しているのかは分からなかった。


僕たちは暫くの間、お互いの意識を探り合うことなく山頂からの景色をただ眺めていた。




それから3か月が経った。


初めの頃、ヨウリンは遠慮してなかなか僕の言うことを聞いてくれなかったが、僕のしつこい説得によって徐々に理解してくれるようになった。


彼女とは1日ごとに入れ替わり、彼女も僕の家族や仲間と接する時は僕に成りすますことに慣れ始めてきていた。


僕も千夏との関係が順調で、楽しくふたりでいちゃついています。


あとヨウリンの彼氏と僕もヨウリンもすっかり仲良くなり日常の会話を楽しめる関係になっていました。


ただ、僕の姉ちゃんがヨウリンの存在に気が付き始めたような気がして、僕はヨウリンに姉ちゃんの前ではより慎重に接するように促しました。



とある僕が主人格の日、ヨウリンの彼氏が昼休みを利用して珈琲を飲みに来ていた。


「ひかるさん、今度何時休みですか?」


「休みは特に決まってないんです」


「そうなんですか、大変ですね」


「大変じゃないですよ、好きでやってますから」


「そうですか」


「休みを聞いてどうするんですか?」


「お昼ごはんを御一緒出来たらと思いまして」


照れ臭そうにしている彼氏さん。


「それだったら昼休憩の時間を合わせればいいんじゃないですか」


僕がそう言うと、彼は驚いた顔をして、


「いいんですか?」


「もちろん、断る理由がありません」


僕がそう答えると彼はとても嬉しそうな顔をした。


「この近くに美味しいランチが食べられる店を見つけたんです」


「本当ですか」


僕の言葉に彼は頷いて、


「明日12時からって大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ」


「それでは明日、駅前で12時に待ってます」


「分かりました、楽しみにしてますね」


僕の笑顔を見ると彼は嬉しそうな顔をして店を後にした。


すると頭の中でヨウリンが、


「何でそんな約束したの!」


「ちょっと大きな声出さないでよ!」


「飛龍(フェイロン)とは今はただの友達でしょう!」


「彼氏の名前フェイロンって言うんだ」


「言ったこと無かったっけ?」


「今初めて聞いた」


「今はそんなことどうでもいいの!何で食事の約束をしたのって聞いてるの!」


「ランチだよ、ディナーだったら何かあるかもしれないけど。それに女の人って男友達とお昼を一緒に食べたりするじゃん!」


「そうかもしれないけど」


「大丈夫、大丈夫。さあ仕事しなくっちゃ!」


僕は彼女の声を無視して仕事に集中した。



翌日の朝、昨夜絶対に交代しないと言っていた彼女だったが、眠っている彼女の手を掴んだ僕はあっさりと入れ替わりを完了させた。


目を覚ました彼女は大きな声で僕に言った。


「ねえ!もう1度入れ替われないの‼」


「君も僕と同じことが出来れば入れ替われるかもしれないよ」


ちょっと意地悪く僕がそう言うと、彼女はベッドにもぐりこみ一生懸命眠ろうとチャレンジしていた。


10分後、顔まで覆っていた掛布団をまくり上げ上半身を起こした彼女は、


「ん~もう眠れない!」

と叫んだ。


観念したヨウリンは職場で何時もの業務をこなしていた。


そしてお昼休みの時間は刻々と近づいてくる。


彼女は時計を何度も見て落ち着かない様子だった。


そして約束の15分前になると、社員に休憩に行くと伝え店を出て駅へと向かった。


5分前に駅前に着くとフェイロンの姿がそこにあった。


「ひかるさんこんにちわ」


「お昼休み12時からじゃないんですか?」


「待ちきれなくて仕事を早く切り上げてきちゃいました」


「そうですか」


「じゃあ行きましょうか?」


「はい」


そう答えたヨウリンはまだ少しぎこちない様子。


駅前から5分ほど歩いたところにある雑居ビルの前で彼は立ち止まった。


「ここの2階に美味しいベトナム料理の店があるんです」


「知らなかった」


「良かった、来たことがある店だったらどうしようかと思ってたんです。ここのフォーと生春巻きが女性に人気らしいんですよ」


「そうなんですか」


「それじゃあ入りましょうか」


そう言って彼はドアを引いてヨウリンをエスコートした。


彼が椅子を引いてくれて、


「どうぞ」


「有難うございます」


そう言って椅子に座るヨウリン、彼も着席すると店員さんがメニューを持ってきてくれた。


「フォーと生春巻きのセットがおすすめなんですけどひかるさんはどれにしますか?」


「じゃあおすすめでお願いします」

とヨウリンは答えた。


「それじゃあこのセットをふたつ下さい」


店員さんがメニューを回収して厨房へ去って行く。


「今日は来てくれて有難うございます」


「いいえ」


「断られたらどうしようかと思っていたんで」


ヨウリンは自分から目を反らしながら喋る彼の姿を見て、初めて会った時の彼を思い出し、全然昔と変わらないと思い笑みを浮かべていた。


「仕事は順調ですか?」


彼女から初めて話題をふった。


「ええ、私は輸入フルーツの買い付けをしているのですが今のところ順調です」


「八百屋さんなんですか?」


「いえ、商社に勤めています」


「ひょっとして大塚商事ですか?」


「そうですが・・・私ひかるさんに言ったことがありましたっけ?」


「あっ、ああ、お店で会社の話をしてたじゃないですか」


「そうでしたっけ?すっかり忘れてました」


そうか、フェイロンは夢をかなえたんだと思い、心の中でおめでとうと彼女は呟いた。


「お待たせしました、フォーと生春巻きのセットです」


店員がふたり分のセットメニューをテーブルに並べた。


「どうぞ、召し上がってみてください」


「はい、それじゃあ頂きます」


彼女はテーブルに置かれたスプーンを手に取りフォーのスープをひと口飲み驚いた。


(この味、中国で彼と食べたフォーのスープに凄く似ている!)


「どうですか」


「は、はいとても美味しいです」


「それは良かった、どんどん食べてくださいね!」


「はい」


笑みを浮かべる彼女、その感情をひかるも感じ嬉しくなった。


食後の珈琲を飲みながら会話を楽しむふたり、時間はあっという間に過ぎてしまった。


彼はスマホで時間を確認すると、


「もうこんな時間か、楽しい時間は過ぎるのが早いですね」


「本当ですね」


フェイロンは彼女の顔を見て何か言いたげな様子。それを察したヨウリン、


「どうかしましたか?」


「いや、何でもないです!」


フェイロンは会計を済ませ、ふたりは店を出た。


「本当にご馳走になっていいんですか?」


「私が誘ったんですからここは私に支払わせてください」


「それじゃあお言葉に甘えさせてもらいます」


店を出たふたり、フェイロンがヨウリンに話しかける。


「そうだ、私自分の名前をまだ名乗っていませんでしたね」


「そうでしたっけ?」


「え?私言いましたっけ?」


するとヨウリンはクスっと微笑み、


「いえ、私の勘違いだと思います。お名前を伺ってもいいですか?」


「はい、私の名は周飛龍(シュウ フェイロン)と言います」


「周飛龍さんですか」


「発音が良いですね」


「そ、そうですか」


ヨウリンは少しだけやばいと思った。


彼は少し間をおいてからヨウリンに言った。


「また誘ってもいいですか?」


「良いですよ」


彼女の言葉を聞いた彼は満面の笑みを浮かべ、


「有難う、またお店に伺います。もう戻らなくちゃいけないんでこれで失礼します」


「今日はご馳走様でした」


ヨウリンが頭を下げると、


「こちらこそ今日は有難うございました!」


彼はヨウリンよりも更に頭を深く下げ、駆け足で会社に戻って行った。



帰りの道中僕はヨウリンに尋ねてみた。


「どうだった?」


「どうだったって?」


「ランチ楽しかったのかなぁと思って」


「楽しかった」


意外にも彼女は素直に返事を返してきた。


「それは良かった。僕さあさっきの記憶が所々抜けてるんだよね」


「さっきってフェイロンとランチをしたこと?」


「うん、でも楽しかったなら良かった!次に会う約束もしてたもんね」


「そんなつもりは無かったんだけど、つい返事をしてしまったの」


「いいんじゃないの?」


「いいのかなあ」


「ヨウリンも楽しめばいいんだよ。僕も楽しんでるしね」


「そう?」


「そうだよ、君の素の部分が見れて僕も楽しいよ」


「私の素の部分を見て何が楽しいのよ?」


「ヨウリンは普段はこんな感じなんだなぁと思って」


「もしかしてひかるって変態?」


彼女はそう言っていたが怒っている様子ではなく、どこか吹っ切れた感じがした。



フェイロンとのランチも今日が3回目、帰り際に呼び止められてついにディナーのお誘いを受ける。


ヨウリンは躊躇することなく、


「はい」

と返事をした。


家に帰ると僕に後ろめたさを感じたのか、


「フェイロンからディナーに誘われたんだけど」


「知ってるよ」


「そうだよね、その・・・行ってもいいのかな?」


「何で?返事してたじゃん!」


「そうなんだけど」


「行ってきなよ!別に僕に断る必要なんてないよ。ただ店の従業員には見られないようにしてね」


「分かった、見つからないように注意するね」


そしてディナーの約束をした当日、都内のホテルで待ち合わせをしたふたりは高級中華料理のお店に入って行った。


ふたりが会話に夢中になっていると僕の意識が遠のいていく。


この時僕は好意を持っている人のことしか考えられなくなると、意識を主人格が独占できるのだと確信した。


注文した料理が円卓に並べられると彼が料理を取り分けてくれた。


「そうだ、飲み物を頼んでいなかったね、ひかるさんは何を飲みますか?」


「私は温かいウーロン茶をお願いできますか?」


すると彼は店員を呼んでビールと温かいウーロン茶を注文した。


少し不愛想なウエイター、


「普通だったら注文した時に飲み物はどうしますかって聞きますよね?」

とフェイロンが言う。


「そうかもしれませんね」

と彼女も彼の言う事に同意をしてみたりする。


飲み物が来るまで談笑するふたり、その光景ははたから見れば普通に恋人同士の様に見えた。


ウエイターが飲み物を運んできた。


「実は私滅茶苦茶お腹が空いてたんです!」


「私もです」


ふたりは顔を見合わせて笑みを浮かべる。


「どうぞ先に召し上がってください」

とヨウリンが進めると、


「それじゃあ、お言葉に甘えて」


そう言って胸の前で手を合わせるフェイロン。


「頂きます!」


小籠包のスープをすするフェイロン、


「熱!」


そのリアクションを見てヨウリンは子供の様に笑っていた。


ふたりの会話は料理の美味しさもあってか、とても弾んでいた。


「美味しかった」


ディナーと会話の両方を堪能したヨウリン、その様子を見たフェイロンは、


「もう少し私に付き合ってくれませんか?」

と切り出した。


「いいですよ」


ヨウリンは迷いなく返事をした。


「夜景が綺麗に見えるバーがホテルの最上階にあるんです」


ふたりは店を出てエレベーターの方へ歩いて行った。



そして翌朝、僕はヨウリンに尋ねた。


「昨日のデートどうだった?」


「楽しかったわよ」


「そうか、僕は途中から記憶が無くなっちゃったから」


「それ、私も経験がある」


「あそこはどういう場所なんだろう?この世ではない場所にいたんだと思うんだけどなぜか思い出せないんだよね」


「私もそうだった!ひかるが彼女に夢中になっている時、とても居心地のいい世界にいた気がするんだけど現実世界に戻ってくると思い出せなくなっちゃうの!」


「そうか・・・やっぱりそういうことなんだよ!」


「突然どうしたの?」


「これは僕の仮説なんだけど、相手のことを愛おしく思うと副人格は違う世界に強制移動させられちゃうんだよ」


「ひかるが千夏さんとデートしていると私の中でその記憶が無かったのはそういうことだったのかな?」


「そういうことだろうね」


「私は神様が気を利かせてそういう風にしてくれているのかと思ってた」


ヨウリンがそう言うと、


「神様ねえ・・・覚えてないからよく分からないけど、あの世界はそういう世界なのかもしれないかもね」


と僕は答えた。


「神様って本当にいるのかな?」


「それは僕には分からない、それよりやっぱりヨウリンは彼のことが好きだったんだね」


「それは違うわ!」


「僕の仮説だとそういうことになりますけど」


彼女は黙秘してしまった。




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