第16話

そして夜明け前、時間で言うと午前4時頃だろうか。


目が覚めた僕は意識の中でヨウリンが眠っているのを確認すると、再び目を閉じて瞑想を始めた。


瞑想を始めて10分を過ぎた頃、僕は精神の中で漂っているヨウリンの姿をとらえることに成功する。


僕の精神と彼女の精神は繋がっている。


僕の精神の中で彼女は人間の姿をしている。


僕はほぼ毎日精神の中で半年間繰返し繰返しトライし続けることでヨウリンとの距離を縮めていった。


そして今日はヨウリンに手が届きそうだ。


僕は精一杯手を伸ばし彼女の指先に触れることが出来た。


あともう少し!


よし、掴んだ!


彼女の手を掴むことに成功。


それから掴んだ手を引っ張って、僕のもとへ彼女を引き寄せた。


そして、午前6時頃彼女が目を覚ます。


「おはようヨウリン」


「ひかる」


「何?」


「私夢を見たの」


「どんな夢?」


「ひかるが私の手を握ってあの世から現世の世界に引っ張り出してくれたの」


「どうしてその人が僕だって分かったの?」


「前にスマホで写真を見せてくれたじゃない」


「そうだったっけ?」


「そうだよ、忘れちゃったの?」


「そんなことがあったような・・・そんなことより自分の顔を手で触ってみてくれない」


「どうして?」


「いいから早く!」


ひかるに急かされたヨウリンは自分の顔を触ってみた。


「触ったわよ」


「どう?」


「どうってどういうこと?」


「何か何時もと違わない?」


「何時もと一緒だけど」


「そうなの?精神体って言っていいのか分からないけどヨウリンがいる場所(意識の中)は肌の感触とか無いのかなと勝手に思ってたんですけど」


「精神体ってあなたの心の中での私のことを言ってるの?」


「そう」


「あなたの心の中でも感覚は現実世界にいた時と変わらないのよ」


ひかるは自分の顔を触ってみた。


「本当だ」


「ひかる?」


「何?」


「私さっきからひかるの言ってることが分からないんだけど?」


「なんかさあ何時もと違う感じがしないかなと思って」


「だから何も変わらないって!」


ひかるはどうしたら自分の言いたいことがヨウリンに伝わるのか考えた。


「テーブルの上にテレビのリモコンがあるでしょ」


「あるわね」


「あれ取って来てよ」


「取れるわけないじゃない!あなたの意思でしか体が動かないんだから」


「今まではそうだったよね、それじゃあまずは立ち上がってみようか」


「本当に何言ってるの?」


「いいから僕の言う通りにやってみて、足に力を入れて立ち上がる。ほら!」


ヨウリンは仕方なくひかるの戯言に付き合うことにした。


「立ち上がればいいのよね」


「そうです、お願いします」


ヨウリンはひかるの言う通りに行動した。


「そうしたらテーブルまで歩いてみようか」


言われた通りテーブルまで歩くヨウリン。


「そうしたらテーブルの上のリモコンを掴んでごらん」


ひかるの言う通りにリモコンを掴んだヨウリンはひかるの次の言葉を待たずに電源ボタンを押した。


テレビの電源が入って液晶画面に映像が映り、スピーカーから音が流れだす。


今起きた現象が理解出来ないのか呆然と立ち尽くすヨウリン。その様子を見たひかる、


「僕達入れ替わったんだよ」


ヨウリンからの返事がない。


「聞こえてる?僕達入れ替わったの!」


「何かそうみたいね」


ようやく反応したヨウリンは壁に掛かった全身鏡の前に立ち、鏡に映った自分の姿を見つめていた。


「これがひかるが昨日言っていたプレゼント?」


「そうだよ」


ひかるは満足げにそう答えた。


するとヨウリンはテレビの電源を切り、


「ひかるはこれでいいわけ?」


「もしかして怒ってるの?」


「あなたは自分がしたことを理解しているの?あなたはそこで私がすることをただ見ているだけの存在になってしまったのよ!」


「それは・・・」


ひかるがしゃべり終わる前にヨウリンは悲痛な表情でこう言った。


「私はこんなこと望んでいなかったのに・・・」


「そんな顔しないでよ、これは僕の意思でやったことなんだから」


彼女は黙ってしまった。


「ねえ聞いてる?僕の意思でやったの!」


「何が言いたいの?」


不機嫌な彼女、


「つまり、僕の意思で自由に入れ替われるようになったわけ!」


「え?」


「理解してくれた?」


「じゃあ、あなたは自分の意思で元の状態に戻れるってこと?」


「そういうことです」


彼女は大きなため息をつき胸をなでおろす。


「良かった、じゃあ今すぐ元に戻りましょ!」


「いや、今日はこのままでいいよ」


「私は死んだ人間なの、こんなことがあってはいけないわ!」


こんなことがあってはいけない、彼女の言葉が少し痛く感じる。


「ごめん、今すぐにって訳にはいかないんだ」


「どうして?」


「入れ替わるには物凄い精神力が必要みたいなんだ、だから回復するまで無理だと思う」


「どのくらいで回復するの?」


「多分半日から1日位はかかると思う」


ヨウリンはまたため息をついた。


だけどそれはさっきのため息とは違う意味のため息のようだった。


「しょうがないなあ、今日いち日だけだからね」


ようやく彼女は観念した様だ。



パジャマを脱ぎ始めたヨウリン、何か脱ぎ方がぎこちない。


「何か恥ずかしい」


恥ずかしがるヨウリンに僕は聞いた。


「どうして?」


「ひかるに着替えてるところを見られてるから」


「今まで僕が着替えていても何とも思っていなかったんでしょ?」


「そうなんだけど何か恥ずかしいの!」


「じゃあ目をつむっていようか?」


「大丈夫、気を使わなくていいから」


「ならこのまま聞いてほしいことがあるんだけど」


「もう少しで着替え終わるから待って」


彼女は着替え終わると全身鏡の前に立ち、横を向いたり後ろを向いてみたりして色々な角度から自分の姿を確認している様だった。


何だかんだ言って嬉しいんじゃないんだろうか。


「取り込み中悪いんだけど、聞いてほしいことがあるから聞いてくれる?」


「ごめん、聞きます」


ヨウリンはソファに座って心の中のひかると向き合った。


「ヨウリンのしゃべり方だと僕と普段接してる皆に不審がられてしまうと思うんだよね」


「何で?」


「だってヨウリンは女性だから」


「そんなの当たり前じゃない」


「僕の普段のしゃべり方思い出してもらってもいいかな?」


どうやら彼女も気が付いた様だ。僕とヨウリンとではしゃべり方やイントネーションが違うのだ。


「だから僕を知っている人の前では普段の僕を演じてほしいんだ」


「あなたのしゃべり方って少し男っぽいんのよね!」

「そりゃそうだよ、だって男だもん!」


「分かったわ、やってみる」


「よろしくお願いします」



身支度を終えたヨウリンは仕事に向かう為電車の中にいた。


「ねえ、聞いてもいい?」


「何?」


「何で急にこんなことが出来るようになったの?」


「急にじゃないよ」


「もしかして最初から出来たとか?」


「それも違う」


「それじゃあ何時から出来るようになった訳?」


「何時からって言われたら今日が初めてなんだけど、コツをつかんだのは最近なんだ」


「コツ?」


「精神体って言えばいいのかなぁ・・・僕はそっちの世界には詳しくないんだけど、今ヨウリンとこうして話をしているじゃない?」


「うん」


「その時僕にはヨウリンの姿が見えていた」


「そうだったの?」


「見えてたよ、今の君にも僕の姿が見えてるんじゃない?」


ヨウリンは元の男の姿をした僕に気が付いた。


「本当だ、今まで全然気が付かなかった」


「何か違うことに気がとらわれていたりすると姿が見えなくなるみたいなんだ」


「そうなんだ」


「そうだよ、今まで僕からは君がこんな風に見えてた訳」


「本当にふたりで会っておしゃべりしてるみたいね!」


「こちら側からもヨウリンを通して景色が見えるんだね」


「そうなの、私はあなたが見ているものを一緒に見ていたわ」


「ごめんね、もっと色んな景色を見たかったでしょ」


「ひかるは謝りすぎ、良いのよそれが私にとって新鮮で楽しかったんだから」


「そうだったら良いんだけど、話が逸れてしまったから元に戻すね」


「どういうこと?」


「僕はね、ずっと君と入れ替わる方法を考えていたんだ。僕の我儘でこうなってしまったから」


「我儘っていうところは否定しないわ」


僕は苦笑いをしてしまった。


「あれは何時頃だったかな、ある朝僕が目覚めた時君はまだ眠っていた。でも何時もと違うなと思った、これは夢の中で僕はまだ眠っているんだと」


ヨウリンは僕の話を真剣に聞いていた。


「でも夢の中なのに自分の意思で体が動かせる。そこが精神の世界だと思ったのは随分と後のことだった」


「そうなんだ」


「手を伸ばせば君に届きそうだった、だから僕は毎朝精神世界で君の手を掴もうと懸命に手を伸ばし続けた。その結果君の手を掴んで君のいる場所に移動することが出来るようになったんだ。立ち位置を変えれば入れ替われるんじゃないかと思ってね」


「毎朝そんなことやってたの?」


僕は頷くと更に話を続けた。


「だから僕はもっと訓練すれば君と僕の立ち位置を入れ替えることが出来るんじゃないかと思った。早朝の浅い眠りの時がチャンス、後は鍛錬を積むだけだった。そして今日に至った訳」


電車が職場の最寄り駅に着いた。


「という訳だから仲間の前ではしゃべり方に気を付けてね!」


「分かりました」


ヨウリンは職場に着くと少し躊躇して店の扉を開けた。


すると店長を任せている男性社員がすでに出社していて開店準備をしていた。


「オーナーおはようございます」


「お・おはよう」


ヨウリンの挨拶はとてもぎこちなかった。


彼女はボロが出る前に事務室に避難した。


「やっぱり自信がない」


「大丈夫だって」


彼女を説得していると早番のアルバイトが次々と出社して来た。


「オーナー!」


彼女は自分のことだと思っていない様子、


「ほら、呼ばれてるよ!」


僕がそう言うと、店長が事務室のドアをノックしてから部屋を覗いた。


「オーナー、朝礼の時間なんですが今日はどうしますか?」


普段は店長に任せているのだが、僕から重要な知らせがあったりした時や何かしゃべりたい時は僕が朝礼を仕切ることがあった。


「何時も僕がやっているのをそばで見ていただろう?大丈夫、君なら出来るって」


「分かった、今日はあなたの代わりをするって言ったしね」


そう言った彼女は腹をくくって事務室から出て行ったのだが、実際に従業員を目の当たりにしてしまうと何を言っていいのか頭が真っ白になり固まってしまうのだった。


「ごめん、やっぱり駄目。何を言っていいのか分からない」


「何も言うことが無ければその通りに言えばいいよ」


「そのまま?」


「今日は特に言うことはありませんって言えばいいと思うよ」



「それで大丈夫なの?」


「その後に、今日も1日頑張りましょう!って元気よく言えばそれで大丈夫」


従業員達がざわつき始め、それを感じ取った店長が小さな声で、


「オーナーどうかしましたか?」


と声をかけてきた。


大きく深呼吸した彼女は覚悟を決めて従業員達にこう告げた。


「今日は特に皆さんに伝えることはありません。それでは今日も1日頑張っていきましょう!」


「はい!」


従業員達は声をそろえて返事をし、その後それぞれの持ち場に戻って行った。


お店が開いた後、ヨウリンは僕が何時もやっているウエイトレスの仕事をお昼までこなした。


店長が昼休憩から戻って来たのを見た僕はヨウリンにこう呟いた。


「店長に外出してくるから店をよろしくって頼んできて」


「分かった」


「外出してくるから店をよろしく頼む」


「分かりました、そのまま直帰ですか?」


僕はまたヨウリンに呟く、


「閉店までには戻るって伝えて」


「閉店前には戻る」


「分かりました」

と店長は返事をした。


その後店を出たヨウリンに、


「随分と様になってるじゃん」

と声をかけた僕。


「そんなことないよ、滅茶苦茶緊張したんだから‼」


「大丈夫、徐々に慣れていけばいいよ。開店してからはほとんど違和感なかったよ」


「本当?仕事に夢中になってたからかな」


「仕事面白い?」


「面白い!ウエイトレスって一度やってみたかったんだ」


「それは良かった。それでこの後なんだけど、午後は君の好きに時間を使っていいよ」


「本当?」


「お店のことは店長達に任せておけば大丈夫だから」


「良かった、1日あなたのふりをするのは無理かもしれないって思ってたの」


「そうなんじゃないかなって思ってた。だってヨウリン時々変なしゃべり方してたから」


「さっき違和感なかったって言ってたじゃない」


「そうだけどさ、時々男らしさを意識しすぎて言葉が乱暴になってたもん」


「確かに男らしくしなきゃって意識してたかも」


「まあいいよ、初日はこんなもんでしょう」


「初日?」


彼女がそう聞き返してきたが僕は聞こえないふりをしてごまかした。


「さあ何かやりたいことはないの?」


僕がそう言うと、


「そうね、それじゃあまずはお昼ご飯を食べに行きたい!」


「どうぞ、お好きなところへ」


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