第15話
翌朝出勤し千夏と顔を合わせると千夏の方から、
「おはようございます」
と挨拶をしてきた。
機嫌はすっかり良くなったようだった。
姉ちゃん有難うと心の底から感謝した。
千夏とふたっりきりになった時、彼女はバッグからお弁当を取り出して、
「お昼に食べてね」
と手渡してくれた。
「有難う」
そうお礼を言うと、
「今日の夜空いてる?」
と千夏に聞かれ、
「大丈夫だよ」
そう僕は答えた。
「それじゃあ何処かで夕飯食べて行かない?」
「分かった、じゃあ店を探しとくね」
と千夏に返事をすると、
「了解、楽しみにしてるね」
そう言って彼女は仕事に戻った。
僕は事務所でひとりになると、スマホで彼女の好きなイタリア料理の店を検索した。
それからしばらくして、事務業務を終えひと段落ついた僕が店内に戻るとカウンター席にパティシエの田所さんが座っていた。
「今日はどうしてもひかるさんの顔が見たくなりまして来てしまいました」
「そうですか」
田所さんとは年に数回仕事で会っている。
ケーキの新作が出来ると試食に呼んでくれたり、季節限定のケーキを紹介してくれたり色々とお世話になっているのです。
「お店に来てくれて嬉しいです」
僕がにっこり笑ってそう言うと、
「本当ですか!」
田所さんのテンションが上がったように感じた。
「嘘をついてどうするんですか、そうだ今日はブレンド珈琲じゃなくてカフェラテを飲んでみませんか?」
「良いですね、それではひとつお願いします」
「川村さん、カフェラテひとつお願いします」
「分かりました」
「あの方が淹れてくれるんですか?」
と田所さん、
「そうですよ、楽しみにしていて下さい」
僕は笑顔でそう答えた。
それから少しして、
「オーナー出来ました」
「それじゃあ田所さんに出して差し上げて」
「当店自慢のカフェラテです、どうぞお召し上がりください」
そう言って千夏がテーブルにカフェラテを置くと田所さんが、
「なるほど」
とそう頷き表情が和らいだ。
「綺麗なハートですね、あなたラテアートが出来るんですね」
「はい」
千夏は笑顔で答えた。
そして田所さんはカフェラテをひと口飲み、
「味もとても良いです。本当にひまわり珈琲は良い店になりましたね」
そう言ってくれた。
田所さんから嬉しい言葉をもらい僕も笑顔になった。
帰り際、田所さんから思わぬ言葉が飛び出した。
「ひかるさん」
「はい」
「今日の夜、ディナーを御一緒したいのですが空いてるでしょうか?」
「今日ですか?」
「はい」
「すみません、今日は予定が入ってまして」
「そうですか、突然すぎましたね。それではまた今度お誘いすることにしましょう・・・そうそうお代を払っていませんでしたね」
「お代なら結構ですよ!何時もお世話になってるので」
と僕が言うと、
「それはいけませんよ」
とお代を払おうとする田所さん。
「そんなこと言ったら僕は何回ケーキ代を支払わなければならないんでしょうか?」
僕がそう言うと田所さんは、
「確かにそうですね、今日はご馳走になります」
やっとそう言ってくれた田所さんに僕は笑顔で、
「はい」
と答えた。
「それではまた伺います」
「何時でもお待ちしております」
店を去る田所さんを見送った。
そしてお店の外に出た田所さん、
「今日のひかるさん自分のことを僕って言っていたような・・・そういうところも素敵だ」
プラス思考の田所さんはまた僕に会うことを楽しみにしている様だった。
一方店の中では、
「田所さんオーナーに気があるんじゃないでしょうか?」
と従業員達が話しているのが聞こえた。
「何を言っているのかよく分からないんだけど」
そう僕が言うと、
「絶対気があるって!」
と千夏の大きな声に反応した店の従業員達が僕と千夏の方を見た。
「川村さん仕事中!」
「食事に誘われてましたよね、また誘われたらその時はどうするんですか?」
と千夏が食い気味になって聞いてくる。
「きっと仕事の付き合いで言ってるんでしょ!」
そう僕が言うと、
「私は違うと思いますけど」
「あっ、まだ仕事が残ってんた」
そう言って僕は千夏から逃げるように事務室へと消えていった。
「本当に鈍いんだから」
彼女はため息をついていた。
そして何時ものように時間は流れ夜になり、予約したイタリア料理の店を出た時には彼女はすっかり酔っぱらっていた。
「この後どうする?」
「千夏を送ってくよ」
「さてはエッチなことを考えてるな?」
「考えてないよ!」
「嘘、私には分かるんだから」
彼女は僕に抱き着いてきた。
「分かったから家に帰ろう」
酔っぱらった彼女を支えながら彼女の家に向かった。
家に着き、彼女をソファに座らせる。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してグラスに注ぎ彼女に手渡した。
「有難う」
彼女はそう言ってミネラルウォーターを飲み干す。
「今日は帰るね」
「どうして?泊って行かないの?」
寂しそうな眼をした彼女に、
「部屋着に着替えれば?」
そう促すと、
「分かった」
と彼女は返事をし着替えに行った。
僕はソファに座るとミネラルウォーターをグラスに注ぎひと口飲んだ。
部屋着に着替えてきた酔っぱらいが僕の隣に座って肩にもたれかかってきた。
「今日のお店良かったね」
「気に入ってくれて良かった」
「料理が美味しいからつい飲みすぎちゃった」
「そうだね」
彼女は少し沈黙した後僕に囁く、
「ひかるちゃんはやさしいね」
「急にどうしたの?」
そう言って彼女が僕の顔をじいっと見つめる。
「どうしたのかなぁ・・・」
彼女の顔が徐々に近づいてきて、彼女はゆっくりと目を閉じ僕の顔と彼女の顔がすれ違う。
どうやら眠ってしまった様だ。
彼女の体を支えてソファから立ち上がる。
脱力した人の体は重い、しかも今は女性の体。
彼女をベッドまで運ぶのは一苦労だった。
彼女をベッドに寝かしつけた後、少しの間寝顔を眺めていた。
「おやすみなさい」
僕は彼女のおでこにキスをして家を後にした。
自分の家に着いた、僕はヨウリンに話しかけてみたが彼女はなんの反応も示さなかった。
仕方なく眠ろうとベッドに横たわると、彼女は閉ざしていた口を開きしゃべり始めた。
「ひかるは私のことが邪魔じゃないの?」
「どうして?」
「頭の中でこうやって話しかけてくるの嫌じゃないの?」
「嫌じゃないよ、初めの頃は不思議な感覚で戸惑ったけど今はこれが普通な感じ」
「そうなんだ・・・」
「どうかしたの?」
「何で未だに私はここにいるんだろうか?」
「それは僕にも分からないよ」
「私死んでるのよ」
「ごめん」
「どうしてひかるが謝るの?」
「君がここにいるのは僕の責任だから」
彼女は黙ってしまった。
「意識があるのに僕以外に伝えられないって辛いよね。自由に体を動かすことも出来ないし」
「それは・・・しょうがないよ」
「僕がこんなことをしなければ君にこんな思いをさせることはなかったんだ。だからね、僕は君にプレゼントをしようと考えてるんだ」
「プレゼント?」
「それは今すぐ出来るもんじゃないんだけど」
「そうなんだ」
「今日は疲れたからもう寝るね」
「分かった」
彼女よりも僕は先に眠りについた。
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