第10話

夜中、姉ちゃんの部屋でファッションショーが開かれようとしてた。


「どれどれ、買ってきた服を見せてみな」


僕は紙袋から買ってきた服をすべて取り出して畳の上に広げてみせた。


「へえ意外、ひかるってセンス良いんだね」


「そう?」


「これ来て見せてよ」


「今から?」


「そう今から」


僕は恥ずかしそうにしながら、


「だったら後ろ向いててくれない?」

そう姉ちゃんに言うと、


「女同士なんだからいいじゃん!」


そう言う姉ちゃんに、


「心は男だって言ってるでしょ!」


そう僕が言うと、


「はいはい分かりました」


姉ちゃんはそう言って後ろを向いた。


僕は頭の中でヨウリンに聞く。


「これとどれを組み合わせれば良いと思う?」


「これと組み合わせる良いと思う」


ヨウリンの選んだ服を手に取り着替え始める。


「着替え終わったかな?」

と言って振り返ろうとする姉ちゃん。


「ちょっと、まだ着替え終わってないからこっち見ないで!」


「でも私達姉弟なんだから別に見えてもいいと思うんだよね」


「そうだけど・・・でも恥ずかしいからこっち見ないで!」


「分かったけど着替えるのが遅いから待ちくたびれちゃう」


「まだ女性の服に着慣れてないからしょうがないでしょ」


着慣れない女性の服に悪戦苦闘したがようやく着替えることが出来た。


「姉ちゃんいいよ」


「どれどれ」

そう言って姉ちゃんは振り返ると、


「似合ってるじゃない!」

と少々驚いていた。


「服の組み合わせバッチリ」


「そう?」


何だか照れ臭くなってしまった。


「心は男って言ってたけどスカートはくんだね」


「おかしいかな?」


「似合ってるよ、ただ心は男って言ってたけど本当にそうなのかなと思って」


そう言われた僕は姉ちゃんと体を向き合わせて座りなおした。


「この体は今は僕の体だけど、でも本当の僕の体ではないんだよね」


「そうだね」


「僕はドナーに感謝している、だから今の僕の姿に合ったことをしたいと思ってるんだ。だからスカートもはくし、お化粧もする。だけど心だけは僕のままでありたい」


「それで良いんじゃない」


「え?」


「私は別に女性になれって言ってる訳じゃないよ、ひかるは光なんだから」


「姉ちゃん」


「さっさと部屋着に着替えちゃいなさい」


「また着替えるの?」


「もう布団を敷くの!それに新しい服にしわが付いちゃうわよ」


そう言われた僕は着ていた服を綺麗にたたんで部屋着に着替え、布団を敷くのを手伝った。



ふたつ並んで敷かれた布団、部屋の明かりは消え姉ちゃんは眠っている様子。


僕はまだ寝付けずにいた。


帰り道で姉ちゃんに言われたこと、そして今さっき言われたことを思い出し、自分がしたことの是非を考えていた。


体が元気になり日常を取り戻していく、でも自分のしたことを考えない日はなかった。


魂を他人の体に移植する。


移植可能な体がいくつかあって、自分の気に入った人間になることが出来る。


自分が親から生まれてきた意味、唯一無二だから愛おしいのではないだろうか。


そんなことを考え苦悶している僕を救ってくれたのはヨウリンだった。


「随分難しいこと考えてるんだね」


「ああ、ごめんうるさかったよね?」


「そうだね、ひかるの考えていることが私にも聞こえてしまうのは厄介かもしれない」


「ごめん」


「ひかる?」


「何?」


「私、ひかるに話してないことある」


「どんな話?」


「聞いてくれる?」


「うん」


「私、自分が手術台に乗せられているところ上から見ていた」


「どういうこと?」


「私の魂はまだ成仏していなかったってことかな?でも注射打たれた後の記憶がない」


「そうなんだ」


「それで気が付いたのは日本に来てから」


「まさか、あの時?」


「そう、ひかるが私の体にいやらしいことしようとした時に意識が戻ったの」


「何かあの時はすみませんでした」

あの時のことを言われると恥ずかしくなってしまう。


「いや、それは良いの」


「良かったの?」


「いや、良くはないけど良いの!」


「分かった、分かったから」


「私が言いたいのは死んでからも魂はあの場所にあったということ。体と魂が分離したと言えばいいのかな?」


「死んだらすぐに天国に行くわけじゃないんだね?」


「それは私も分からない、でも私は体から離れることが出来なかった」


僕は死後の世界を少しだけ知ることが出来たような気がした。


「本題はここから」


ヨウリンが再び語り始める。


「私の父には多額の借金があった、株で失敗したの。私が入院している時、病院まで借金取りが来たこともあった。私、死んだ後見てしまったの。父がパソコンであの病院とやり取りしているところを」



「私は父に売られた」



「でもしょうがない、父は借金を返せた、それで良い。母がいない私を父はひとりで育ててくれたから」


「お母さんはどうしたの?」


「母は私が2歳の時に死んでしまった」


「そうだったんだ」


「私も母に似て体があんまり丈夫じゃなくて、でもそんな私を父は支えてくれて大学まで入れてくれた。父にはとても感謝している。私は大学に通うために都会に引っ越した、都会での生活はとても刺激的だった。将来日本で働きたいと思った、だから日本語を猛勉強した。順調だった・・・いや順調だと思っていただけだった。都会の空気が私の体に合わなかったの。私、子供の頃結核になって療養していた。田舎の空気はとても綺麗で薬も効いて一度は治ったんだけど、都会に出て肺炎を患ってしまって・・・発症した肺炎は悪化して助からなかった。父がとった行動を私は非難しない、だから後悔ない」


僕がヨウリンのことをちゃんと知ったのはこの時が初めてだった。


「ひかるも悩まなくていい、私の父はあなたに救われた、感謝している。だから・・・私達は同志みたいなものって思えばいいんじゃない?」


「同士?」


「そう、あなたは私の父を救ってくれた、私と父はあなたを救った。最初は戸惑ったけど今は感謝しています」


「ヨウリンは僕の事情を知っていたの?」


「全部じゃないけど」


僕はヨウリンに何て言えばいいのか言葉が見つからなかった。

でも彼女の言葉に救われたのは確かだった。



翌朝、僕が目覚めた頃姉ちゃんは既に仕事に向かう準備をしていた。


「ひかる起きた?」


「うん」


「早く洗顔済ませてきて」


「分かった」


洗顔を済ませると僕は姉ちゃんと向い合せになるように座った。


すると化粧道具を持った姉ちゃんが僕の顔のメイクを始める。


化粧水を肌になじませ下地をぬりファンデーションをぬっていく、眉毛を整えアイシャドウをまつ毛の生え際からぼやかすように乗せていき、まぶたの際にラインを引く。ビューラーでまつ毛をカール、まつ毛の根本から毛先へマスカラをぬっていき、チークを頬にポンポンとなじませる。


最後にリップを唇にぬって、


「はい、出来たよ!」


「姉ちゃん有難う」


「メイクの勉強は続けなさいね。ひとりで暮らし始めたら自分でしなくちゃいけないんだから」


「分かった」


会社に行く姉ちゃんを見送った後、僕は居間に向かった。


「大丈夫なのか?そんなにのんびりしてて」


弟がテレビを見ながら朝食を食べていた。


「今日は2限目だから少しゆっくりしてられるんだよ」


「そっか」

そう言って座布団に座りご飯をよそう、


「兄ちゃんそれしか食べないの?」


「この体になってからはこれ位が丁度いいんだよ」


「そうなんだ、ご馳走様でした」


朝ごはんを食べ終わった弟は空になった食器を持って居間を出て行った。


朝ごはんを食べ終わった後、僕は姉ちゃんの部屋に戻った。


「行ってきます」


玄関から弟の声がした。


「行ってらっしゃい」


部屋から顔だけ出して弟を見送ると、僕はヨウリンに話しかけた。


「ヨウリン、スマホで撮った写真があるんだけど見る?」


「見る、何か面白そう!」


「これ、大学時代の僕」


大学の友達と高尾山に登った時の写真を見せた。


「元気なひかるの姿初めて見た」


「初めてだっけ?」


「そうだよ」


「そうか、そんなに標高の高い山じゃないんだけど晴れて空気が澄んでいると頂上から都心のビル群が見えるんだよ」


「そんなに低い山なの?」


「標高600メートル無かったと思う」


「それはだいぶ低いね」


彼女は僕の隣に映っている友達を見て、


「この人カッコイイね」


「ヨウリンはこういう人がタイプなの?」

と僕は聞いた。


「悪いか?」


「別に悪くないよ」


「じゃあ何で笑った?」


「いや、意外とイケメンがタイプなんだと思って」


ヨウリンは少し気分をがいしてしまったご様子。


「ヨウリンも学生時代モテたんじゃないの?」


「何でそんなこと聞く?」


「だってほら、渋谷であんなに男の人に声を掛けられたからヨウリンは相当モテたんじゃないかと思ったんだよ」


「毎月違う男に告白されて大変だった」


「やっぱり、モテモテだったんじゃない」


「そうでもない、からかって声をかけてくるだけだから」


ヨウリンに告白して玉砕していった男達を不憫に思った。


「そうだ、ヨウリンの持ち物僕が預かってるんだ」


「どうして?」


「持ち出しても問題ないと岩田先生が手渡してくれたんだ。ヨウリンがどういう人だったのか知れるかもしれないと思って受け取ったんだ」


「ふ~ん」


「スマホ見てもいい?」


「いいよ、ひかるの見せてもらったから私の見せない訳には・・・まさかその為に自分のスマホ見せたか?」


「それは考えすぎ、どうぞ僕の心を覗いてみてください」


ヨウリンは僕の心を覗き込む。


「確かにそういう考えは見当たらなかった」


「でしょ、見てもいいかな?」


「いいわよ」


僕は彼女の鞄からスマホを取り出した。


「ちょっと待って!」


「どうしたの?」


「メールとか見ないでね」


「分かった、写真だけ見せて」


「うん」


彼女のスマホを操作しアルバムと記されたアイコンをタップした。


「この人達は大学の友達?」


画面にはふたりの女性とひとりの男性が映っていた。


「この男の人はヨウリンの彼氏?」


「違う違う、大学で知り合ったただの友達。そこのホルダーを開いてみて」


別のホルダーを開くとさっきの男とは違う別の男性が映っていた。


「それが私の彼氏」


「同級生?」


「そう、同じ大学で日本で言う日本語サークルに入って知り合った」


「やっぱりヨウリンはイケメンが好きなんだね」


「そうかなぁ、たまたまじゃないかな」


彼女は少し恥ずかしそうにしていた。


「そう言えば、ひかるは彼女いないの?」


「大学を卒業してからはいない、仕事に夢中だったから」


「そうか、これから良いひとに出会えるといいね」


「そうだね」


気のない返答に彼女は、


「ひかる!」

と強い口調で僕の名を呼んだ。


「昨日お姉さんに言われたこともう忘れたか?」


「いや」


「それに私が言ったことも」


「そうだった、僕も前を向いて歩かなくちゃいけないね」


「そうだよ、私は死ぬまで彼を愛していたし彼も愛してくれた。だから本当に後悔ないの」


「そっかぁ」


ヨウリンはこんなに前向きなのに僕はまだどこか引きずっているところがあって、彼女を見習わなければと思ったのだった。




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