第9話

そして17時30分


「お待たせ」

仕事を終えた姉ちゃんがやって来た。


「お疲れさまでした」


「ちょっと、私の私服着てるじゃない!」


「ごめん、でも今の僕が自前の服を着ていたらおかしいじゃん。それに体が小さくなったからサイズも全然合わなくなっちゃったんだ」


「そりゃそうだ、でもいいセンスしてるじゃん!着こなしてるのがなんかイラつくけど」


ヨウリンにコーディネイトしてもらったとはとてもじゃないけど言えなかった。


「ていうか109でしっかり買い物してきてるじゃない」


「これからの為に買っておきました」

(ヨウリンに言われるまで全然気が付かなかったけど)


「そっか、それじゃあ家に帰ったら買った服見せて」


「別に構わないよ」


「よし、じゃあ行こうか」

姉ちゃんと並んで渋谷の街を歩く。


ひとりだった時も待ちゆく人の僕を見る視線が気になったけど、ふたりになったことで更に増えたような気がした。


実は姉ちゃんも美人なのです。


「ひかる」


「何?」


「今日何人の男に声を掛けられた?」


「どうしてそんなこと聞くの?」


「いいから何人の男に声を掛けられたかって聞いてるの!」


「5人かな」


それを聞いた姉ちゃんは、


「超羨ましい!あんた本当にアイドルと女優どちらでもいける綺麗な顔してるよね。スタイルもモデルさんみたいだし、変な男に捕まらないように気を付けなよ!」


「大丈夫だって」


「悪い男もいるんだって、力押しで来られたら今のあんたじゃ逃げられないよ」


そう言って僕の細い腕を掴んでみせた。


「ああそういうことか、うん気を付けるよ」


男に襲われるなんて今まで考えたことが無かった。

それよりも自分の腕の細さを改めて実感した。


「さあ着いたよ」


そう言われて着いた場所はランジェリーショップ。


恋人にプレゼントする男がいるらしいけど、僕はそういうタイプではないので物凄く入るのに抵抗があった。


「まずは店員さんにサイズを計ってもらいなさい」


「計るって?」


「バストに決まってるでしょ!」


すると姉ちゃんが店員さんを呼び、


「この娘のサイズ計ってもらっていいですか?」


「はい分かりました、それじゃあ試着室に入ってください」


ポカーンと突っ立ってる僕に、


「お前のことに決まってるだろうが!」


そう言われた僕は軽く背中を押された。


このままだと姉ちゃんに蹴り入れられそうなので仕方なく試着室に入った。


「それじゃあ服を脱いで待っていて下さい」


店員さんにそう声を掛けられ服を脱いで下着姿で待っていると、


「失礼してもよろしいですか?」


「・・・・はい」

僕は恥ずかしくて小さな声で店員さんに返事をした。


すると姉ちゃんから、


「声が小さい!」

と言われてしまい店員さんに笑われてしまった。


「それにしてもお綺麗ですね、失礼ですが芸能関係の仕事をしてらっしゃいますか?」


「いいえ、そうじゃないです」


「それじゃあモデルさんですか?」


「それも違います」


「そうなんですか、絶対にそっち関係の方だと思っちゃいました」


「あはは」

と愛想笑いをしてしまう僕。


「それじゃあ計りますね。あっ、ブラジャーも外してもらえますか?」


「ブラジャーもですか?」


「正確に計らないといけませんから」


照れながらブラジャーのホックを外そうとしているのだが、慣れていないせいかホックをなかなか外せない。


その様子を察した姉ちゃんが、


「店員さん、妹最近までブラジャー着けていなかったんで外すの手伝ってもらっていいですか?」


「分かりました、お姉さんだったんですね。まさに美人姉妹ですね!」


そう言いながらショップの店員さんは僕の背の後ろに回りブラジャーのホックに手を掛けた。


「ブラジャーを着けていなかったって本当ですか?」

店員さんの気配を物凄く身近に感じてドキドキしてしまう。


「は、はい」


ドキドキが伝わってしまうんじゃないかと返事もぎこちない。


姉ちゃん僕で遊んでるんじゃないのか、何かめっちゃ恥ずかしい‼


店員さんにブラジャーのホックを外してもらい上半身丸裸にされた僕、


「綺麗な胸ですね、まだ若いからいいですけどこれからは着けておいた方が良いと思いますよ」


もう恥ずかしすぎて死んでしまいそうだ。


「まずはトップバストから計りますね」


バストの一番高いところを計った後、アンダーバストも計った。


「お客様、ちゃんとバストを計ったのは今日が初めてですか?」


「はい」


「そうですか、それじゃあウエストとヒップも計っちゃいますね」


もう店員さんの顔をまともに見れない僕は店員さんに身を預け、言われるがままにウエストとヒップも計ってもらった。


試着室を出てきた変に疲れた僕の表情を見てにやつく姉ちゃん、その顔を見た時の腹ただしさを今も忘れていない。


「どうする、自分で選ぶ?ほら自分の好みってあるじゃない!」


「それは男としてそれとも女としてでしょうか!」

半むくれ状態の僕。


「もちろん女としてだよ」


「そんなの分かるわけないだろう!」


僕は思わず大きな声を出してしまった。


店員さんがびっくりした表情でこっちを見ている。


姉が店員さんに謝っている横で拗ねている妹という構図が出来上がりました。



その後姉ちゃんはちゃんと僕に似合う下着を選んでくれた。


「ブラジャーが5点とパンツが7点で合計12点税込み5万8千円になります」


「姉ちゃんこんなに必要あるのかな」


「あんたは下着を何日で変えてるの?」


「毎日変えてる、ああ確かにいるね」


「お金は自分で払いなさいよ」

そう言って姉ちゃんは店を出て行った。


「現金で支払います」


クレジットカードは全部退会、そのうちに新しいカードを作らねば。


「有難うございました」


物凄く恥ずかしい思いをしながら下着をゲットした僕は、笑顔の店員さんに見送られランジェリーショップを後にした。


「姉ちゃんやっぱり多くない?」


「ブラジャーもパンツも毎日変えなさい」


「パンツは分かるけどブラジャーも変えなきゃ駄目なの?」


「そう」


「ふ~ん、だとしたらブラジャーが2枚足りなくない?」


「よく気が付いたね!後の2枚は自分で買いに行きなさい」


「はあ?何で??」


「試練よ、試練!」


「何の試練だよ」


「ひかる、お前は男として生きていくのか?それとも女として生きていくのかどっちなの?」


「どうしたの急に?」


不思議そうな顔をして尋ねる僕に姉ちゃんはこう言った、


「例えばだよ、万引きしたけどばれることなく捕まらなかった人がいたとする。じゃあその人の犯した罪は消えるのだろうか?」


「消えないでしょう」


「そうだよね、万引きをした事実は消えることなく永久に残るんだから」


姉ちゃんの言いたいことが何となく分かった。


「これはひかるが選んだ人生なんだから、しっかり受け止めて生きていかないといけないと私は思うんだ」


「分かってる」


そう答えた僕の表情が少し暗かったのかもしれない。


その様子を察した姉ちゃんは両手で僕の頭をくしゃくしゃと撫で回した。


「ひかるが選んだ道を私達家族も受け入れたんだ。もしあんたが壊れそうになった時は私がしっかりと支えてあげるから」


「姉ちゃん」


「家族の皆も同じ気持ちだよ」


「有難う」


「ごめんごめん、髪の毛が乱れちゃったね」


「ああ、別に良いよ」


「良くないよ」

そう言って姉ちゃんは手で僕の乱れた髪を直してくれた。


「さて、今日の晩御飯は何だと思う?」

と姉ちゃんの問いに、


「話題の展開についていけないんですけど」

と答える僕。


「さっきの話はもうおしまい!さあて、今日の晩御飯は何でしょう?お答えくださいひかるさん!」

「う~ん~・・・おでんかな?」


「もう初夏なのに?」

とお姉ちゃん。


「もう初夏だから」

そう僕が答えると、


「私もそう思う」

そう言う姉ちゃんと顔を見合わせて僕達は笑ってしまった。



「ただいま」


家に帰り食卓を覗いてみると、僕達を除く3人が既に鍋を囲んでいた。


「お帰りなさい、遅かったから先に食べてるわよ」


3人は汗をかきながら熱々のおでんを食べていた。


「やっぱりね!」


僕達が声をそろえてそう言うと、母さんが不思議そうな顔をしてこっちを見た。


「やっぱりって?」


「僕と姉ちゃんで晩御飯の予想をしてたんだ、今日は五十風家恒例の初夏におでんってね」


それを聞いた母さんはいたって普通でしょ、そういう表情をしていた。


「そういうことだったのね、おでんが冷めちゃうから早く手を洗ってきなさい」


「分かった」


そう僕が答えると、


「ひかるは初夏におでんってどう思ってるの?」

と姉ちゃんが聞いてきた。


「僕は夏本番前に体を慣らしておくという意味で良いと思うけどね」


「なるほどね、でも私はやっぱりおでんは冬だと思うんだよね」

そう言って洗面台に向かう姉ちゃん、


「僕も手を洗ってこよう」

そう言って後を追いかけて行ったのでした。





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