第8話

さてとこれからどうしようか、姉ちゃんとの約束まで時間がある。


「夕方まで時間があるから今日ひとつやりたいこと叶えようよ!」


「いいの?」


「大丈夫、まだ夕方までたっぷり時間があるから」


「それじゃあ渋谷に行きたい!」


「渋谷かあ、渋谷の何処に行きたいの?」


「スクランブル交差点に行ってみたい」


「なるほど、じゃあ行ってみますか」


「うん!」


「母さんちょっと出かけてくるね」


「何処に行くの?」


「渋谷、姉ちゃんと待ち合わせしてるから一緒に帰ってくるよ!」


そう告げて実家を出た僕は電車に乗った。


すると彼女が、

「日本の電車とても混んでるイメージ、でも今はそんなに混んでない」


「今は昼前だからね、それでも混んでる方だと思うよ」


「そうなんだ」


「その様子じゃ通勤ラッシュの時間帯に乗ったら腰抜かすかもね」


「そんなに凄いの?」


「電車の中にギュウギュウに詰め込まれた感じだよ」


「ふ~ん、そうなんだ」


「あれ、そんなに驚かないんだね?」


「ギュウギュウは中国も同じ、特に都市部は中国も人口が多いから」


「そうなんだ」


頭の中で彼女と会話をしていると、あっという間に渋谷の駅に着いた。


「ここからどの位かかるの?」


「5分もかからないよ」


駅を出て外を少し歩けば、


「ほら、着いたよ」


「ここがそう?人が皆立ち止まっている」


「今は車が優先なんだよ」


もうじき車道側の信号が赤色に変わる。

走っていた車すべてが停車し交差点に車、もちろん人もいなくなった。


「信号が青に変わるよ」


歩行者側の信号機全てが青色に変わり、待っていた人達が一斉に歩き出した。

僕達は交差点から少し離れた所で交差点を歩く人達の様子を観察していた。


「どうする、渡ってみる?」


「もう少し眺めていたい」


大勢の人達が交差点を行き来している、外国人の観光スポットになるくらいの民族大移動。

彼女の目にどう映っているのだろうか?


歩行者側の信号が点滅し赤色に変わり、人のいなくなった交差点を次々と車が通って行った。


「どうだった?」


「誰もぶつからないのが凄い!」


「ヨウリンは面白いこと言うね」


でも確かにこれだけの人達がぶつからないで歩けるのは凄いことなのかもしれないと思った。


「日本人は偉いね」


「どこが?」


「誰も信号無視してる人がいない」


「当たり前だ思うけど」


「当たり前と言えるのが凄いこと」


日本人の生真面目なところを褒めてくれているのか、彼女は本当に感心している様子だった。


「ところでヨウリン?」


「何?」


「珈琲が飲みたくなったんだけどカフェに行ってもいいかな?」


「喉乾いたか?私にあなたの行動を止める権利はない」


僕は少し間を取ってヨウリンにこう言った、


「ヨウリンさあ、そろそろ僕の事あなたって呼ぶの止めにしようよ」


「じゃあ何て呼べばいいか?」


「ひかるでいいよ」


「分かった、次からひかると呼ぶ」


「有難う」


交差点を渡ってすぐのところにカフェがある。

その店に入るとホットのレギュラー珈琲とシナモンロールを注文した。


注文した品を受け取ると交差点の見える窓際の席に座った。

ここからなら彼女が好きなだけ眺めていられるだろうと思ったからだ。


珈琲にスティックシュガー2本とミルクをひとつ入れマドラーで混ぜてひと口飲む、至福のひと時を迎える。


すると彼女がこう言った、

「私、珈琲に砂糖入れない。しかも2本信じられない」


趣味趣向は人それぞれだと僕が主張すると、


「それもそうね」

と彼女はあっさりと僕の意見を受け入れてくれた。


僕は手に取ったシナモンロールを見ながら彼女に聞いた、


「ねえ?」


「何?」


「お腹は空かないの?」


「何でそんなこと聞く?」


「いや、僕だけ珈琲とか楽しんじゃって良いのかなって」


「私お腹空かない、それに何か食べたい思ったこともない」


「本当?」


「多分今の私に必要ないからじゃないかな」


会話が途切れて少し間が開いた。


「ひかる」

そう彼女が僕の名を呼んだ。


「私の事気にかけてくれているみたいだけど気にしないで、約束通り1週間に一度のお願いを聞いてくれるだけで私十分だから」


「そうだったね」


「それに私の意思が何時まで存在するか分からない」


僕が黙ってしまうと、


「すぐに消えてほしいんでしょ?」

と彼女が言う。


「そんなことないよ!」


「本当に?私いなくなればエッチなこと出来る」


「ヨウリンそういう事じゃないから!」


「冗談冗談、それより渋谷って本当に人が多い」

そう言って彼女は誤魔化していた。



カフェから出てこの後どうしようか悩んでいると、


「109に行ってみたい」

と彼女が言ってきた。


「1週間に一度じゃなかったっけ?」


「あっ、そうだった!」


「冗談だよ、全然暇だからいいよ」


「本当か?」


「本当に何もすることが無いから気にしなくていいよ」


姉ちゃんとの約束の時間まで今日は彼女に付き合うことにした。


カフェから移動しようとした時だった、同じカフェから出てきた20代前半位の男に突然声を掛けられた。


「誰かと待ち合わせ?」


「いや違いますけど」


「この後予定あったりします?」

と男は僕に聞いている様だった。


この状況に戸惑っているとヨウリンが僕に話しかけてきた。


「この男あなたに気があるみたい」


「やっぱり?」


実は家を出てから今に至るまでに、二度ほど知らない男に声を掛けられた。


僕自身この姿を見た時に、小顔でスタイルが良くてテレビや雑誌に出てくる女優やモデルの様だと思ったほどだ。

それは男が寄ってきても仕方がないと思った。


「ひかるは興味あるの?」


「残念ながら全く興味ございません」


僕は声をかけてきた男の顔を見て笑顔をつくってこう言った。

「ごめんなさい、これから用事があるので」


すると男は照れ臭そうにしてそそくさといなくなってしまった。

その後僕はヨウリンと会話をしながら109へと向かった。


「ひかるはどういう人が好きなの?」


「どうしてそんなこと聞くの?」


「ひかるがどういう人が好きなのか気になった」


「僕はかなりの面食いだと思う、綺麗で趣味が合う人がいいかな」


「女性が好きなんだ」


「そうだよ、何で?」


「いや、ひかるは元々男だもんね。でもどうして女性になろうと思った?」


「ヨウリン、僕は女性になろうと思って手術を受けたんじゃないから」


「そうなの?」


「僕には時間が無かったんだ、だから性別とか年齢とか関係なかったんだよ」


「そうだったんだ」


「ヨウリンはさあ、僕に男性を好きになって欲しいわけ?」


「いや、そういうわけではない。それに恋愛は自由」


「ヨウリン」


「何?」


「109に着きました」


彼女は109を前にしてテンションが上がった様子、


「109は中国でも有名、早く中に入ろう!」


「分かりました」


建物の中に入ると、女子が好きそうなショップが沢山並んでいた。


「女の子の服でいっぱいだね」


「それ当たり前、女の子の聖地だよ」


「そうなの?」


「聖地は言い過ぎかもしれないけど女子の憧れの場所」


「そっか」


僕にはよくわからなかったけど、彼女が楽しそうにしているのが分かったのでそれで良いと思った。


それから2時間以上はいただろうか、109を後にした僕とヨウリン。


「楽しかった」


彼女はとても満喫したようだが、僕は慣れない所にいたせいか疲れてしまった。


「2時間以上も服選びしたことないんですけど、しかも実際に服を買うことになるとは思わなかった」


「そう?これからのあなたには必要でしょう」


「確かに、でもちょっと若すぎないかな?」


「ごめんなさい、私が着てみたい服を選んじゃったから」


「別に謝らなくてもいいよ、でももっとヨウリンに似合いそうな服が合ったけどなぁ」


「本当?」


スマホから着信音、

ラインに姉ちゃんからメッセージが入っていた。


「今何処にいる?」


「渋谷」

と返信、すぐ既読になる。


「17時30分ハチ公前でどう?」


「了解」

ということになり、待ち合わせの時間まで彼女に渋谷を案内して回った。

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