第7話

「ひかる」

姉ちゃんが僕を呼んだ。


「何、どうしたの?」


「とりあえず今日は実家に泊まっていきなよ」


「そうだね、そうするよ」


「ひかる、何か食べたいものはあるかい?」

母さんの問いかけに、


「母さんの作ったものなら何でもいいよ」

と答えた。


「だから何が食べたいのかと聞いてるの」


そう言う母さんに僕は、


「母さんの手料理!」

そう答えた。


「もう分かった、今日は頑張って美味しいもの作っちゃうから!」


「有難う母さん」


電車を乗り継いで実家の最寄り駅で降りると、母さんは買い物をしてから帰ると言うので弟を荷物係の為に残して実家に直帰した。


そして実家に着くと僕は家の中に入らず家の外観を見て感傷に浸っていた。


僕の実家は築60年を超えた古い家で、僕は株で利益を得るようになってから何度も建て替えようと父さんと母さんに言ったのだが、両親はこの家に愛着があるようで断固拒否。


姉弟も両親と同じ思いのようで、僕だけ価値観が違うのだと思っていた。


でも今はその気持ちが分かるような気がする。


「ただいま!」


そう言って玄関をまたいだ僕はそのまま弟の部屋に直行して床に寝っ転がり、今までに起こった出来事を振り返っていた。


色々なことがあったけど、今こうして生きていることが嬉しくてたまらなかった。


「本当に有難う」


体の持ち主に感謝する。


僕はこの体の持ち主の名前を知らない。


岩田先生に一度だけ聞いてみたが答えてくれなかった。


まあドナーの名前を教えてくれるとは思ってはいなかったのだけど。


そんなことを考えていると母さんと弟が買い物から帰ってきた。


「お帰りなさい」

僕がそう言うと、


「それはこっちのセリフよ」

そう言うと母さんは両手で僕の頬を触って、


「お帰りなさい」

そう言ってくれた。


再び弟の部屋に戻った僕は二段ベッドの下の段で横になり眠りに落ちていった。


コンコン、弟が姉ちゃんの部屋をノックする。


「なあに?」


「姉ちゃん入ってもいい?」


「亮太か、入ってもいいよ」


襖を開け姉ちゃんの部屋に入る亮太。


「どうしたの?」


「兄貴にベッドを盗られた」


「疲れてるんだよ、寝かしておいてあげな」


「まあそうだね」


「亮太は疲れてないの?」


「俺、体力だけが自慢だから」


「若いっていいね!」


「姉ちゃんもまだまだ若いでしょ」


姉ちゃんは少しの間フリーズした。


「ちょっと今のは聞き捨てならないな」


「え?」


「まだまだって言ったよね」


「だからまだ28歳でしょ」


悪びれてない弟を見た姉ちゃんは、


「何か分からないけど腹が立ってきた」

そう言って弟にヘッドロックを仕掛けた。


「ちょっと止めてくれ!」


「私に歳の事を言うな!」


「分かった」


「本当に分かったのか!」


「分かったって、本当に分かったから!」


姉ちゃんは弟を解放してあげた。


「そう言えば兄ちゃんって今は23歳なんだよね?」


「若返ったあいつが羨ましい」


姉ちゃんは本気で羨ましい様子。


「俺と2つしか違わないんだ」


「どうした?何か浮かない顔して」


「いや・・・兄貴とこれからうまくやっていけるかなと思って」


「亮太」


「何?」


「一回深呼吸してみようか」


「深呼吸?」


「まあいいからやってみな!」


弟は姉ちゃんに言われた通り深呼吸をした。


「どう、肩の力抜けた?」


「どうだろう」


「あれこれ考えちゃうかもしれないけど考えるだけ無駄、私達家族が出した結論なんだから後は実行あるのみだよ」


「あんまり自信ないな」


「今は自信なんてなくてもいいんじゃない、大丈夫、大丈夫だから」


そう言って姉ちゃんは弟に優しく微笑んだ。


そんなことがあったのもつゆ知らず、僕はあれから3時間ほど眠っていたようだ。


「やっと起きたか眠り姫」

姉ちゃんが僕のことをそう呼んだ。


「姫?・・・そっか、寝ちゃったんだね」


「眠気覚ましにお風呂でも入ってくれば?」


「そうだね、そうする」


僕はベッドから降りると、姉ちゃんに借りた部屋着を持って風呂場に向かった。


脱衣所で服を脱ぎ扉を開けて風呂場へ、体をお湯で洗い流し湯船につかりった。そして自分の体をまじまじと見る。


何度見ても女の体だった。

しかも美人で肌も白くて綺麗でスタイルも良い。


自分の体を見て何だかムラムラしてきてしまった僕は、自分の膨らんだ胸をやさしく揉んでみた。


そして乳首を摘まんでみると思わずビクンと体が反応してしまった。


そして視線はさらに下の方へ、手をゆっくりと股間の方へ伸ばしていく。

すると急に手が動かなくなった。


あれ、どうしたのかな?


もう一度試みる。


やはり手はおへそのあたりで動かなくなってしまう。


触りたくてしょうがないそんな衝動に駆られていると、誰かが僕にぎこちない日本語で話しかける声が聞こえてきた。


「その手どうする気ですか?」


状況を飲み込めずにいる僕、戸惑っている僕に誰かが更に話しかけてくる。


「その手であそこを触る気でしょ?」


「えっ、いや・・・」


「それ私許さない!」

話しかけてくる声は女性で明らかに怒っていた。


「君は誰?」


「私は朱 桜綾(シュ ヨウリン)」この体の持ち主よ」


僕は暫くの間思考停止状態に陥った。


「この体の持ち主?」


「そう、私の体に変なことをする。それ絶対許さない!」


思考が動き出した僕は、これは残留思念というやつだと僕なりの結論に至った。


「分かった、止めるから手を動かせるようにしてもらってもいいかな?」


「本当に何もしないか?」


「僕がまた同じことをしようとしたらまた動かないようにすればいいよ」


僕がそう言うと彼女は手の拘束を解いてくれた。


「君は今まで黙って僕を観察していたの?」


「いや、そうじゃない。今突然意識が戻った」


僕のスケベがきっかけ?

そうだとしたらとても恥ずかしい。


「君は死んだんだよね?」


「そう、確かに死んだ」


「君の意識はこれからどうなるのかな?」


「私もよく分からない。突然意識戻った、だから突然消えるかもしれない」


「なるほど、本人も分からない訳ね」


今の状況を整理つかないまま僕は風呂から上がって着替え始めた。


「ブラジャー着ける必要ないね、寝る時は着けない方が楽」


「そうなの?」


僕は着けかけたブラジャーを外して部屋着(姉ちゃんのおさがり)に着替えた。


リビングに行くと母さんが、

「今日は泊っていくのよね?」


「うん」


「じゃあ瞳の部屋に泊まりなさい」


「いつも通り亮太と一緒でいいよ」


「あなたはいま女でしょう?」


「そうだけど」


「何かあったらどうする気なの?」


「それどういう意味?」


「いいから瞳の部屋に泊まりなさい」


「分かったよ」

そう言ってリビングを後にする僕のうしろ姿を見て母さんはため息をついていた。


姉ちゃんの部屋に行くと、


「母さんから聞いてる、自由に部屋使っていいから」


「有難う」


「まさか妹が出来るとはねえ」


「姉ちゃんは嫌?」


「嫌というか、まだ完全に受け入れられてないというのが本音かな。誤解しないでね、ひかるが助かったのは素直に嬉しい、でも妹になるとは普通思わないでしょ?」


「そりゃそうだよね」


「私もお風呂に入ってくるわ」


「分かった」


部屋にひとりになって思った。

そりゃあ皆戸惑うよなって。


昼寝をしたけど何か疲れた、僕は布団を敷いてそのまま中に潜り込んだ。


僕は風呂場でのことを思い返していたが深く考えるのはやめにした。


色々なことがあったけど落ち着ける場所に帰ってきた安心感で夕飯も食べずに僕は眠ってしまった。



翌朝になり、

目覚めた僕は姉ちゃんに正しい下着の着け方を教わっていた。


「私のじゃサイズが少し大きいんじゃない?」


「そう?僕は楽だけど」


「サイズが合ってないと綺麗な胸を保てないわよ」


「そういうもんなの?」


「よし、仕事帰りにあんたに合った下着選んであげる!」


「いいよ」

と僕が恥ずかしそうにしていると、


「恥ずかしがるなって、後でライン送るから!」

そう言って姉ちゃんは仕事に行ってしまった。


やれやれと思いながら居間に行くと朝食が用意されていた。


「夕飯も食べずに寝ちゃったからお腹が空いたでしょう?」


「母さん昨日はゴメン、せっかく作ってくれたのに」


「いいから座って食べなさい」

そう言って母さんは僕にご飯をよそってくれた。


父さんも待ってくれていたようで3人で朝食を食べた。


「本当に女の体で良かったのかい?」

母さんがそう聞いてきた。


「もちろん男が良かったよ、さらに若くてイケメンだったらラッキーだと思ってた」


「それじゃあもう少し待てばよかっただろう」

と父さんが言う。


「待てる時間が僕には無かったでしょ。それに最初に紹介されたドナーは僕とはあまりにもかけ離れてて、ほら50代の男性のドナーがいたじゃない?父さんはあの人でも良かった?」


「それは・・・」

父さんは言葉を詰まらせた。


「本当はやってはいけないことをしてしまったんだと今でも思ってる。何時の日かその報いを受ける日が来るんじゃないかとも考える。それはそれで受け入れる覚悟も出来ている。僕の心臓はもう限界だったわけだから」


両親は黙ったまま僕の話を聞いた。


「僕はね、この体の持ち主に感謝しているんだ。健康な体だし年も近いしね」


「性別にこだわりは無かったのか?」

と父さんが僕に聞く、


「最初はあった、でも体の調子が悪くなっていく中で性別へのこだわりは無くなっていった。とにかく生きたい、最後に残った気持ちはただそれだけだったんだ」


暫く沈黙して、


「後悔しない人生を送らないといけないな」

そう言い残して父さんは居間から出て行った。


「私達にとってひかるは光であることに変わりはないから」

母さんも微笑んでそう言ってくれた。


両親に感謝しないといけないと再び思った。



朝食を終えた後、姉ちゃんの部屋で今日をどう過ごそうか考えていると、


「素敵なご両親ね」


そう桜綾(ヨウリン)が話しかけてきた。


そうだ、彼女の意識も存在するんだったと思いだした。


「有難う」

そう彼女に言うと、


「私気が付いちゃったの」

と僕に言ってきた。


「気が付いた?」

彼女に問い返すと、


「私あなたの意思に逆らえない、何度か試みてみたけど自分の体をコントロールする出来なかった」


「そうなんだ」

彼女に申し訳ない気持ちになった。


「でも同情はいらない」


「え?」


「私は死んだ、今この体はあなたがコントロールしている」


「でも僕は倫理に反する行動をし君を巻き込んでしまった」


すると彼女は優しい声でこう言った、

「私、日本にこれて凄くうれしい。日本に憧れて日本語の勉強沢山した」


それでもうつむいた気持でいる僕を察した彼女はこう言った、

「それじゃあひとつだけ約束して」


「約束?」


「1週間に一度だけ私のお願いを聞いてほしい」


「それだけでいいの?」


「それで十分よ!」


「そうなんだ・・・うん、分かった!」

僕は彼女と約束を交わした。


「それともうひとつ分かったことがある」

そう言う彼女に聞き返すと、


「あなたが私の体にエッチなことをしようとした時だけ私コントロール出来た」


「そ、そうだったね」

僕は頬を赤くして答えた。


「多分あなたこの先ずっとエッチなこと出来ないかも」

それは困ると思ったけど、それを彼女に言えるわけがなかった。







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