第5話

それから2週間後、僕は今某国の国際空港にいる。

ここでサイトの相手に指定された病院の関係者と落ち合うことになっている。


「本当に来るの?」

姉ちゃんが僕に聞く、


「やっぱり嘘だったんじゃねえの?」

そう弟が言う。


「もうすぐなんでしょ、待ち合わせ時間」

母さんは初めての海外にものおおじしない様子。

そして父さんはただただ黙っていた。


家族全員で来ること、これは相手が僕に付けた条件だった。

待つこと20分位経ったか、黒色のスーツを着た30代前後の男が僕に話しかけてきた。


相手が何を言っているのか分からない、おそらく外国語だ。

相手はスマホを取り出し画面を見ている。おそらく僕が送った僕の映った画像を確認しているのだと思う。


相手の男がスマホを操作し始めた。

すると僕のスマホから着信音が、電話に出てみると、


「五十嵐 光さんで間違いないですね?」


流暢な日本語だった、どうやら声の主は相手の男の様だ。彼は黒色のスーツを着ていた。


「はい、そうです。あなたが病院の関係者の方ですか?」

相手はスマホを服の中にしまい、


「はい、五十嵐さんを迎えに来ました」

と僕に直接話してきた。


「日本人の方ですか?」

そう僕が尋ねると、


「いいえ、違いますよ」

と黒色のスーツを着た男性が答える。


「とても日本語が上手ですね」


「有難う」


そう答えると黒色のスーツを着た男は同じスーツを着た連れの男と外国語で話をし始めた。

話が終わると、連れの男が僕が座っている車いすの手押しハンドルを握った。

黒色のスーツを着た男が、


「この後の段取りは移動しながら伝えます、それでは行きましょう」


僕達家族は黒色のスーツを着た男に先導され歩き出した。


「これから病院のある場所まで車で移動します。だいたい3時間位かかると思います。病院に着きましたら五十嵐さんの担当医がお待ちしておりますので」


僕達は空港の駐車場に止めてあった高級そうな黒色のワゴン車の前まで連れた来られた。


「この車に乗って下さい」


僕達家族が乗ったのを確認すると運転席に連れの男が座り、黒色のスーツを着た男が助手席に座るとワゴン車はゆっくりと走り始めた。


移動時間、外の景色を眺めながらその時が刻々と近づいているのだと実感した。


3時間後、車は大きな市街地に入った。

とても内地とは思えないほど栄えている大きな都市であった。


しばらく街の中を走っていると大きな病院のような建物が見えてきた。


「もしかしてあの建物ですか?」

僕がそう尋ねると、


「そうです、某国でもトップクラスの医療が受けられる大きな病院ですよ」


車は病院の外門を通過して、建物の中央にある入口を通り過ぎた。


「入口らしき所を通り過ぎた気がするんですけど?」


「五十嵐さんには裏口から入ってもらいます」


そりゃそうだ、僕が受けようとしている移植はそういう移植なのだから。

車は建物の裏に回り裏口の前で停車した。


僕達家族は車から降りると、黒色のスーツを着た男に裏口まで案内されここで待つよう指示を受けた。


裏口に立っていた警備員に黒色のスーツを着た男が身分証明書を見せる。

すると警備員が無線らしきもので誰かと連絡を取った後、裏口の扉のロックが解除され金属で作られた分厚い扉が開いた。


「私の後を着いて来て下さい」


そう案内され病院の中に入ると、そこはまるで研究施設のような光景が広がっていた。


「ここのソファーに座ってお待ち下さい」


正直やばい所に来てしまったのではないかと今更だがそう思ってしまった。


「どうかしましたか?顔が強張っていますよ」


「本当にここは病院ですか?」


「病院ですよ」


「そうですか」


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」


「そうですよね」


「見た目は病院らしくないかもしれませんが、五十嵐さんを担当するのは免許を持ったちゃんとした医師ですから」


黒色のスーツを着た男は柔和な顔でそう言った。


「私達の役目はここまでです、担当の看護師が来ますのでお待ちください」


「分かりました」


黒色のスーツを着た男は去って行った。


「何か病院らしくないよね」


「確かに、本当に大丈夫なのかな」


姉ちゃんと弟が話をしていると、若い女性の看護師がやって来た。


「五十嵐 光さんですね?」


「はい、そうです」


「担当医がお待ちです、案内しますのでこちらへどうぞ」


エレベーターに乗り地下1階で降りると長い廊下に出た、1つ2つと扉を通り過ぎ5つ目の扉の前で看護師の足が止まった。


コンコンコン、扉をノックする音が廊下に響く。

天井のスピーカーから、


「どうぞお入りください」

男性の声が聞こえた。


看護師が扉を開くと、40半ばの男性医師が座っていた。


「どうぞお座り下さい、ご家族の方もそちらにお掛け下さい」


家族が全員着席すると男性医師は挨拶をした。


「五十嵐 光さんを担当します岩田です」


「よろしくお願いします」

僕がそう言うと、家族全員が頭を下げた。


「先生は日本の方ですか?」


「そうですが何か?」


「いや勝手に外国の方が担当になるのだと思っていました」


岩田先生は少し笑みを浮かべ話し始めた。


「前の病院のカルテを拝見しました。虚血性心筋梗塞ですね」


「はい」


「この病気になったのは初めてですか?」


「はい、初めてです」


「そうですか、病院にかかる前に胸部の痛みや圧迫感などを感じたことはありませんでしたか?」


「ありました、でもまさか心臓の病気だとは思いませんでした」


「そうですか、それではうちでもMRI検査をしましょう。現在の状態を詳しく知りたいので」


「分かりました」


僕は再び金属の筒の中をくぐることになった。


検査が終わると僕は病室へと案内された。


「こちらの病室をお使いください」


看護師に案内された病室は畳で言うと10畳以上ある洋室が3部屋ある高級ホテルのスイートルームの様な部屋だった。


「寝室が2部屋ございます。もうひと部屋はご自由にお使い下さい」


案内を終えた看護師と入れ替わりで岩田先生が部屋に入ってきた。


「検査結果を見ました」


先生はそう言うとソファーに座るよう家族に促し説明を続けた。


「確かに移植以外の治療方法はないですね。家族全員でここにいるということは五十風さんの意思が固まったということでよろしいのですね」


「はい・・・ネットでのやり取りの相手は先生だったんですか?」


「違いますよ、五十嵐さんがネットでやり取りをしていたのは窓口専用の担当者です」


「そうですか」


「もう一度確認しますが、五十嵐さんの意思は変わりませんか?」


「変わりません」


「家族の皆さんもよろしいですか?」


岩田先生の問いに父さんを除く皆が返事をした。


「お父さんは反対ですか?」


「いえ、よろしくお願いします」


父さんはそう言って岩田先生に頭を下げた。


「分かりました。早速ですがこちらでドナー候補を数人ピックアップしておきました。写真を見てもらえますか?」


「写真ですか?」


「五十嵐さんがOKを出せば手術に向け準備を始めます」


「その手術なんですけど、ちょっと聞いてもいいですか?」


「そうぞ」


「あの・・どんな手術なんでしょうか?」


「外科的な手術は行いません。まず魂を体から離脱させる注射をします。それから魂をドナーへと移す装置を使って移植をして終わりです」


「そんな装置があるんですか?」


「我々が開発した特殊な装置です。装置について詳しいことは話せないのでその点ご了承ください」


「ドナーの方は怪我や病気で亡くなっているんですよね?」


「そうですね、稀に原因不明の方がいらっしゃいますが90%以上の方が怪我や病気で亡くなった方です。ドナーの怪我や病気は完治してますので安心して下さい」


「完治してるってよく分からないのですが、治療したってことですか?」


「その通りです。死んでから有効な薬があるんです、生きている人には使えない薬なんですけどね」


「そうなんですか」


「まだ何か質問がありますか?」


少し間を開けてから、


「ありません」


僕は腹をくくった。



「それでは事務的な手続きに入りましょう。何時もは担当の事務員がやるのですが、今回は依頼者が日本人ということで私がやることになりまして」

そう言いながら先生は書類を僕に手渡した。


書類は数枚あったが書いてあったことをまとめると、ここに至るまでの経緯とこれから起こることを口外しないという内容だった。勿論組織の事も話してはいけない。


「私達がやっていることはまだ世界のどこにも認められていない禁忌の手法です。これが世界に知れ渡ったら大変なことになりますからね」


「そうですよね」


僕は書類にサインをした。


書類を確認した先生は家族にもサインをするように促した。


「家族全員の同意がなければ手術は出来ない規則になっていますので」


家族の皆もサインをしてくれた。


「口外する人はここにはいないと思いますが、この事を外に漏らすと言い方は良くないのですが私の所属している組織の人間に始末されてしまいますので気を付けて下さい」


「始末とは殺されるという意味ですか?」


「そうですね、秘密を外に漏らさない為です」


先生がそう答えた後、先生のスマホが鳴った。

スマホの確認をした先生は画面を操作しポケットにしまった。


数秒後部屋に呼び出し音が鳴った。

先生は扉のロックを解除して女性を招き入れた。

部屋の中にさっきの看護師とは違う30代の女性が入ってきた。


「すみません用事がありますのでここからは看護師に引き継いでもらいますね」

そう言ってソファーから立ち上がる先生、


「そうだ、これから退院するまでこちらの看護師が五十嵐さんを担当しますので」

そう言い残して岩田先生は病室を後にした。


「五十嵐さんを担当させて頂きます倉田です、よろしくお願いします」

柔和な顔で僕達に挨拶をした。


「それでは残りはお金関係の書類ですね。まず手付金としてこちらの口座に10億円振り込んで下さい。入金の確認が取れないと手術は出来ませんのでご了承ください。残りの90億円は退院するまでに振り込みを済ませていただければ大丈夫です。ここまでで何か分からないことはありますか?」


「お金に関しては大丈夫です。あの、看護師さんひとつ聞いてもいいですか?」


「はい何でしょうか?」


「死んだ人の怪我や病気って本当に治せるんでしょうか?」


「そうですね、常識ではありえない話ですものね」


「ですよね」


「岩田先生からも説明があったと思いますが、死んでから有効な治療薬はあります」


「そうですか」


手術が近づいてきて緊張している僕の様子を見て看護師はこう言った。


「岩田先生は元救命医だったんですよ」


「救命医?」


「はい、運ばれて来た重篤な患者を数えきれないほど救ってきた素晴らしい医師でした。それに30代の若さで救命救急のセンター長をやってたんです。腕が良いのは確かですから安心して下さい」


「分かりました」



こうして手術を受けることになった僕は、ついにドナーの写真を見ることになった。


最初のドナーは東南アジア系60代の男性。

父さんより年上にはなりたくはなく、


「すみませんが次の写真をお願いします」


次に見せてもらったのが47歳の女性、北欧の人だろうか・・・

おばさんになるのも今は決断できない。


3人目のドナーは10歳の中国人の男の子だった。

ちょっと若すぎかな、


そこへ岩田先生が病室に戻って来た。


「先生、今五十嵐さんにドナーの写真を見てもらっているところです」

倉田さんが説明する。


「気になるドナーの方はいらっしゃいましたか?」


「すみません、3人とも僕の思っていた感じと異なっていて」


すると先生はため息をついてこう言った

「自分の理想の体とは巡り合えませんでしたか」


「正直に言うとそうなんですが」


「確かに用意した写真の方は皆今の五十嵐さんとかけ離れた方かもしれませんよね」


「そうですね」

そう僕が答えると、


岩田先生はひと呼吸間を取って僕にこう言った。


「あなたに残された時間は少ない、本来なら患者が納得したうえで手術を行いたい」


「光はそんなに悪いんですか?」

母さんは険しい表情になって先生に聞いた。


「相当悪いです、本人にも自覚があるんじゃないでしょうか?」


自分の体のことだ、自分の体の状態が悪いことは自覚しているに決まっている。

でも、入れ替わった体で生きていくんだ。

そう簡単に決められる訳ないじゃないか。


「次がラストチャンスだと思って覚悟を決めておいた方がいいと思います」

先生の宣告を聞いた僕は黙ってしまった。


その様子を見た先生は表情を和らげて僕に言った。


「覚悟を決めておけば後悔しなくてすむでしょう?まあ、あと2人から3人くらいドナーを紹介出来ると思いますよ」


結局その日はドナーを決めることは出来なかった。



それから2週間が過ぎた。


あれから3人のドナーを紹介してもらったが、どうしても僕は決心出来なかった。


僕は姿が他人になる覚悟が出来ているつもりが出来ていなかった。

だから決められない。


僕はここに何をしに来たのかもう一度よく考えた。

そして出した結論は次に紹介されたドナーで決めるということだったのだが・・・


次の日の早朝、僕は発作を起こし体調が悪化していった。


すぐに決断出来なかった罰だ、もう間に合わないかもしれないとそう思っていた時だった。


倉田さんが病室に入って来て、


「ドナーが見つかりましたよ!」


僕の様子を見た倉田さんは表情を曇らせ、


「すぐに先生を呼んできます!」


病室に駆け込んできた先生は僕の名前を数回呼んだ。


「五十嵐さん聞こえますか?」


「・・・はい」

と力のない声で返事を返す。


「ドナーの方の写真です、五十嵐さん手に取れますか!」


先生が写真を僕に手渡そうとするが僕は手を動かすことすら出来なくなっていた。


すると先生は写真を僕の目の前に持ってきて見せてくれた。


「23歳、中国人の女性の方です」


僕の目は霞んで写真に写る姿をよく見ることが出来なかった。


前までは同性が良かったが、次のドナーで決めると決意した僕は性別、年齢の執着を捨てた。もう次がラストチャンスになると思っていたから。


「先生、手術をお願いします」


僕は今出せる精一杯の声で先生にお願いした。

その声は先生にやっと届くか細い声だった。


だけどそれでも声が出せたのは僕の生きたいと思う気持ちが強かったからだと思う。


「家族の方もよろしいですね」


僕の体が何時までもつか分からない、家族みんなも僕と同じ気持ちだったのだろうか。


「よろしくお願いします」


家族全員一致で先生にすべて託すことにした。


「手術は早くて2日後になります、五十嵐さんはかなり危険な状態です。今から集中治療室に移します」



そうして僕は集中治療室に運ばれ2日間延命治療を受けていたようです。


ここからは記憶がないので、後に家族から聞いた話に看護師の倉田さんから聞いた話を付け加えまとめたものを話します。


手術の準備に2日必要だったのは、ドナーの治療がまだ終わっていなかったからだそうです。


予定通りに手術は行われることになり、手術室には僕とドナーの女性がそれぞれの手術台に乗せられ、特殊な装置を頭に装着し装置から伸びたケーブルでふたりは繋がれていました。


岩田先生がすべての手順を確認し終えると、別室へ移動しモニターを確認。

マイクに向かって、


「これから魂の移植手術を行います」

そう言って移植装置の起動スイッチを押した。


手術は30分で終了したそうです。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る