第4話

翌日の午前10時頃、母さんが病室に来ていた。

寝ている僕の顔を確認するように見ると、少し萎れた花が活けてある花瓶を手に取り、買ってきた新鮮な花を生けるために病室を出て行った。


僕は昨夜ネットでやり取りをした後、全く寝付けずにいた。

正直なところネットでやり取りをしていた相手の言っていることを信じることが出来なかった。


でも本当だったら?


そう考えてしまう自分がいて、問答の繰返しで脳がフル回転してたんだと思う。

考えても答えが出ない、じゃあ考えるのを止めよう。

そうあれこれ考えているとまた考えてしまうのだ。

まあそんな感じで明け方まで眠れなかったのだ。


母さんは暫くの間病室にいたが、僕は全く目を覚まさなかったので寝顔を少し眺めると会話をすることなく病院を後にした。


昼過ぎに目が覚めると眠気の覚めぬままトイレに向かい、その足で病院の中庭に向かった僕はベンチに座り頭が冴えるまで風にあたっていた。

冷たい風が僕の眠気を徐々にさます、僕の中である程度の結論が出た。


凄く曖昧な答えかもしれないけど、病室に戻った僕はパソコンを起動しサイトにアクセスをする。

予約画面を確認んすると翌日の13時に空きがあったので予約を入れた。


そして翌日13時、僕はサイトにアクセスし相手とチャットでやり取りを始めた。


「結論はでましたか?」


「まだ決めかねています、もう少し詳しく教えてもらえませんか?」


「では、お客さんがこのサイトにアクセスをした動機を教えて下さい」


「実は心臓移植を待っているのですが、正直に言うと生きている間にドナーが見つかると思えないんです」


「なるほど、それでこのサイトにたどり着いたという訳ですか」


「そうです」


「お客さんという呼び方を止めていいですか?」

と相手が書き込んできた。


僕は断る理由が無かったので了承した。


「あなたが悩んでいることは分かります。魂の移植、それも死んだ人から体を譲り受けるなんて信じがたい話ですよね」


「そうですね」


「臓器移植が認められている国は多くなりましたが体全体は認められない、これっておかしいと思いませんか?」


その問いに対する答えを僕は持ち合わせていなかった。


「私はね、臓器移植が認められるのならば体全体の移植も認められて良いのではないかと思っているんです。勿論本人の同意があればの話ですけど」


僕は相手の価値観など正直どうでも良いと思って質問を続けた。


「話を元に戻しますけど、体の提供者は同意しているということですか?」


「勿論です、本人の同意が無ければ移植は出来ません」


「死んだ人からどうやって同意を得るんですか?」


「亡くなる前に同意を取ります」


「どうやってですか?」


「これまでに移植したドナーの持ち主の死因の9割が病死です。自分の死期が近いと自覚していました。そして、そのすべての人がお金に困って依頼してきた人達です。魂の移植は世間的には認められていませんが、亡くなる前にドナーの同意は得ています。強いて問題があるとすれば合法ではないところでしょうね。あと私が言えることは五十風さんが新たな体で命を繋いで何をしたいのか、そこが大事なんだと思います。五十嵐さんはどう思いますか?」


「まだ何とも言えません」


「そうですか、まだ時間がありますので今日はここまでにしておきましょう」


チャットのやり取りが終わり、パソコンを閉じた僕は窓の外を眺めた。


僕の中では既に答えが出ていた。


僕はスマホを手に取り、今日中に話したいことがあるから病院に寄ってほしいと姉ちゃんにラインで送った。


空が暗くなった頃だった。


「ごめん、仕事が少し長引いちゃった」


そう言いながらも姉ちゃんは病室に立ち寄ってくれた。


「忙しいのにごめん」


「大丈夫、大丈夫。それより話って何?」


「あ、ああそれなんだけど」


僕はパソコンを開いて検索項目の一文を指差した。


指示したところには【100億円で人生続けてみませんか?】と書かれていた。


「これがどうかしたの?」

と不思議そうな顔をする姉ちゃん。


「2年前に某国で魂の移植に成功したって話題になった話覚えてる?」


「そんな話あったね、あれって結局デマだったんでしょ?」


「それなんだけど、この話どうやら事実だったみたいなんだ」


「そうなの?」

姉ちゃんのリアクションは僕が想像していたよりも薄かった。


「姉ちゃん、正直な話僕が生きている間にドナーが見つかると思う?」


「それは待つしかないでしょう」


「僕は別の方法を見つけてしまったんだ」

その言葉を聞いた姉ちゃんは一転して真顔になってこう言った。


「あんた本気で言ってるの?」


「確かにドナーが見つかるかもしれないけど見つからないかもしれない。日本で行われている心臓移植の数、姉ちゃんも知ってるでしょう?」


「その某国の話が本当だったとしても、それって他人の体になるってことだよ!光はそれでも良いの?」


「でもこのままだと死んでしまうかもしれないじゃないか」


「それは・・・」

姉ちゃんは言葉に詰まる。


「姿が変わったとしても僕は僕だから!」


「綺麗ごとを言うな!」

姉ちゃんは少し怒った感じでそう僕に言った。


「僕は生きたいんだ、生きてやりたいことがまだまだ沢山あるし経験してみたいことも山ほどあるんだ!」


「もっと金持ちになりたいとか?」


「株はもうやらないよ」


「じゃあ何がやりたいの」

姉ちゃんの口調が優しくなってきた。


「今はうまく言えないけど、これだけははっきりと言える」


「何?」


「生きたい」

僕は姉ちゃんの目を真っ直ぐ見てそう言った。


少しの間病室は無音に包まれた。


先に口を開いたのは姉ちゃんだった。


「光の気持ちは分かった、でも今は光の出した答えに返事は出来ない」


「そりゃそうだよね」


「うん」


「でも、遅くても3日後には相手に返事をしたいんだ」


「時間がないね」


「相手から7日間で結論を出すように言われているんだ」


「分かった、少し考えさせて」


「分かった」

姉ちゃんがどんな気持ちで病室を後にしたのか、その時の僕には考える余裕がなかった。



翌日の夕方、仕事を終えた姉ちゃんがやって来た。


「調子はどう?」


「悪くないよ」


「そう」

姉ちゃんは一呼吸間を取って、


「私は光の気持ちを尊重する」


「本当?」


「でもね光、家族全員が納得しないといけないと思うんだ」


「そうだね」


「私にしか言ってないんだよね?」


「うん」


「そうだと思って連れてきた!」


「え!?」


すると、父さん母さんそして弟の亮太が病室に入ってきた。


「父さん、母さん・・・」


病室に家族全員集まりしゃべるタイミングを皆が伺っていた。

そんな中沈黙を最初に破ったのはやっぱり母さんだった。


「何だかよく分からないんだけど、そんな話本当に信じてるのかい?」


「僕は信じたい!」


「そんなこと出来る訳ないだろう!」

父さんは強い口調でそう言った。


「それはやってみないと分からないよ!」

僕は反論する。


「仮に出来たとしてもだ、他人の体を拝借するなんてどうかしている」


「ちゃんと本人の同意を得ている!」


「それでも世間は認めてくれないだろう」


「・・・」

僕は何も言えなくなった。


すると、父さんとの口論を聞いていた母さんが僕に言った。


「光、私も反対なのよ」


「母さん」


「臓器の移植は良くて体全体は良くない、それはおかしい。それって一緒に比べていい話ではないでしょう?」


うつむいている僕を見て母さんは話を続けた。


「でもね、生きてほしい。そう思ってしまうの、だって私達はあなたの親だから。そんな方法があると知ってしまうと姿は変わってしまっても生きてほしいって思ってしまうのよ」


「俺はまだ信じられないけどな」

父さんは僕から顔を反らしてそう言った。


すると姉ちゃんが、


「家族全員あんたの意思を尊重するって!」


「本当に?亮太もいいのか?」


「俺は兄貴のやりたいようにすれば良いと思ってるよ」


「有難う、皆を巻き込むことになって本当にごめんなさい」

僕は頭を下げた。


「本当だよ」


姉ちゃんはそう言って僕の頭を軽く撫でた。








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