第17話 エミ〜その5〜すでに異世界ブローライフ!

 そこから何往復か承太郎と四人の質疑応答が交わされた。


 「つまり、承太郎くんは書物に触れるとその物語に入ることができてしまうのか。そして、今回、俺たちのラノベに触れてそこの女の子と一緒に入ってきたと……。というか、…………俺ってラノベの主人公だったのぉぉおお?!」

 「で、私がヒロイン?!」

 「すごいなマリン! 俺が死んだあと、母ちゃんか誰かが俺の物語を書いてくれたってことか? それにめちゃくちゃ売れてるらしいぞ俺たちの物語! これはもう生き返って、夢の印税生活を満喫するしかないじゃないか! こうしちゃいられない、早く俺を生き返らせてくれ、マリン!」


 タクマは饒舌に独り言を言い出し、ミュージカルの皇子様のように小躍りしながらはしゃいでいた。

 が、一方でマリンは自分がヒロインであることをはじめは驚いていたが、タクマが生き返らせてほしいと言ったとたん、スンと真顔に戻った。


 「それは無理ね」

 「ええ?! どうして」

 「だって、あなたは契約で二度と現世に戻れないことになっているもの」

 「ふざけるな! お前仮にも神様だろ! 何でもできないことはないんじゃないのか!」

 「神様だったらできないことはないわよ」

 「じゃあできるだろ!」

 「でも、あなた私を連れて下界に引きずり落としたじゃない。その時点で堕天してるから、もう神様として現世と異世界の橋渡しの特権は剝奪されてしまったのよ。あなたのせいでね」

 「おれのせいだったのかぁぁあああ!」

 「いまさら泣いたって仕方ないわ、タクマ。こっちの世界でもそれなりに無い知恵絞って儲けてるじゃない。それに現世にいい思い出は無いのでしょ。だったら、こっちの世界でスローライフを満喫しようじゃないの……!」

 「マリン……」

 「タクマ……」


 マリンは四つん這いになって凹むタクマに手を差し出していた。

 タクマは涙ながらにマリンを見つめ、鼻をすすった。


 「あのぉ……恋が芽生えそうなところ大変申し訳ないんですが。私たちの話に戻してもいいですか?」

 「あ、申し訳ない。また悪乗りが過ぎてしまったようだ。話を元に戻そう。……それで、君たちは何で俺らに会いに来たんだ?」

 「そ、それは本場の異世界に入って、本場の異世界生活を体験してみたくって。それに憧れのタクマさんたちに会いたいと思って」

 「そんな職場体験みたいなノリで来るところじゃないんだよ、承太郎君。君も俺たちの冒険がラノベとして世に出て読んでいるのだとしたら分かるだろ」


 タクマは泣きっ面を振り払い、両手を組んで如何にも中年の社長のような態度で答えだした。


 「誰なんだこいつは」

 「ええ、誰なんでしょうねマクベス」

 「俺らはビックフロッグの粘液から身を守り、時にはデュラハンと対峙し、様々な魔王軍や殺りく兵器と戦ってきた。そういう世界なんだよここは」

 「如何にも勇者然としてますね」

 「大体追っ払ったのは私なんですけどね」

 「はいそこうるさい! 受付に立ってなさい!」


 タクマは片手を広げると、青白い光線を二人に目がけて撃ち放った。

 とたんマリンとウサミンは姿を消し、シュンという音とともに受付嬢の左右に立たされてしまった。


 「い、今のは何なんですか?」


 私は突如目の前の二人が消えて移動したことに理解できなかった。


 「今のはテレポーテーションだよお嬢ちゃん」

 「あ、エミって言います」

 「ふ、ふぅん。……これは失礼」

 

 きざなセリフを軽くあしらわれたのが恥ずかしかったのか、タクマは顔を赤らめて目を大きく丸くした。


 「おほん。この世界は今のようにいろいろな魔法や能力がないと生きていけない。冒険者になってクエストを受けるのであればなおさらだ。でも聞けば承太郎君は物語の中に入るだけしかできないそうだし、エミさんに関しては能力すら持っていないのだろう?」

 「ま、まあそうですね」

 「だったらやめた方がいい。君たちには元の世界に戻って下校のラーメンを楽しむ生活をすればいいさ」

 「タクマ、そういういい方はないだろう。タクマだって初めは魔法の一つも覚えられなかった底辺冒険者じゃないか。できることといえば女性の下着を盗む泥棒もどきだったじゃないか」

 「そんないい方はないんじゃないですか?!」

 「エミさん。承太郎君。もし冒険者をやってみたいと思うなら、一度役職適正検査をしてみたらどうだ」

 「役職適正検査?」


 私たちは二人して目を合わせ首を傾げた。


 「ああ、君たちの能力が分かり、その能力に見合った役職に就くことができるんだ。ちょうど私たちも次のクエストに行くために人手が欲しかったところなんだ」

 「で、でも僕たちみたいな初心者のしょの字にもみたいない人間が行っていいんでしょうか?」

 「大丈夫よ。私がいれば百人力! もし死んじゃったとしても治癒魔法で生き返らせてあげるわ!」


 マリンが胸を張って受付から戻ってきた。


 「そうです。百聞はなんとかって言うでしょう。これが役職適正検査のシートです。手をかざすだけでその能力が見れますよ!」


 ウサミンが何語なのかわからない文字が書かれた古紙を差し出してきた。

 見たこともない文字だったのになぜだか読めてしまった。


 「この魔法陣みたいなところに手を置けばいいんですね?」

 「そうよ、どんな役職になるか楽しみね!」


 私たちは恐る恐る手をかざすと、水色の光が放ちだし、深紅に変わったと思えば、目の前に様々な能力やステータスとやらのホログラムが浮き上がってきた。


 「承太郎君の方は……魔力二百?! 知性五百?」

 「これは凄いですよ! レベル一にしては初期ステータスが半端ないです。物理力や速さはそこそこですが、魔力系が抜群ですね! 気になる役職は聖典司書ビブリアン?!」

 「な、なんだなんだビブリアンって」


 マリンとウサミンがはしゃぎたてているところにタクマが焦りながら首を突っ込んできた。


 「ビブリアンというのはですね。すべての上級魔法を取得することができる役職なのです。通常、クエストでモンスターを倒すことでしか経験値は得られませんが、ビブリアンの場合、本を読むだけで経験値が手に入る役職なのです。つまり実践なしで無限に経験値が手に入る超級役職なんですよ!」

 「なにそれズルい!」

 「さらに名前は分かりませんが、超級の光魔法を覚えることができるのです!」

 「その魔法を覚えるとどうなるんだ」

 「神になります」

 「うぇぇええ?! 神?」

 「そして全世界の悪霊と魔獣、魔王を浄化させ死者を蘇生させることができます」

 「規格外だ……」

 「やだやだタクマ! 私を差し置いてこの子が神になるなんてやだよ!」

 「うるさいぞマリン! どうやら俺らはとんでもない子を仲間に入れようとしているらしい」


 タクマが顎に溜まった冷や汗を手でぬぐい取ったとき、ドスッと尻もちをつく音が聞こえた。


 「ま、マクベスどうした? 顔が藍染されたみたいに真っ青だぞ」

 「ま……」

 「ま?」

 「魔王だぁぁ!」

 「ええ?!」


 私のステータスを現したホログラムには、物理力、千二百、素早さ八百、魔力三千という数値とともに役職に『魔王』という文字が書かれていた。


 「役職……魔王?」

 「聞いたことがない。役職にいきなり魔王なんて職業が付く奴なんて。というか、レベル一の魔王のステータスとか初めて見たぞ。途轍もないな。なんか二つ名に氷炎ひょうえん化身けしんて書かれているし」

 

 タクマは声を震わせ時々つばを飲み込みながら言葉を紡いでいた。

 一方、ウサミンはやや冷静を保ちながらこう話していた。


 「氷魔法と炎魔法がレベル一にして超級まで全て習得されてます。これはやばいですよ」

 「ウサミン。なんとなく想像できるが、どんだけヤバいか説明してくれるか?」

 「は、はい。まず最超級氷魔法の絶対凍度ゼラブソレーションは一瞬にしてこの世界を凍結させてしまいます。その一方、同じく最超級炎魔法の超新星爆殺ハイパーノヴァはこの世界を一瞬にして爆散させ、半壊させることができます」

 「ちなみに、その二つが同時にぶつかるとどうなるんだ?」

 「超爆発ビッグバンが起き、宇宙が再創生されます」

 「ちょっと何言ってるかわからないな」


 何を聞かされているか分からないのはこっちの方だと言いたいところだった。

 ゲームすらやったことのない私は自分の能力の規模がどれほどのものなのかわからず、ただ黙っていることしかできなかった。

 ただ、異常事態になってしまったことだけは分かる。

 その異常事態は承太郎も同じように感じていたらしい。口角が引きつり冷や汗が止まらない様子で、ずっと「え、ええ……うそぉ」と繰り返し呟いていたからだ。


 「再生の神と破壊の魔王。いや、ある意味両方とも再生の魔人か……俺らはとんでもないやつらを仲間にしてしまったようだなマリン」

 「そうねタクマ。今ならエクスカリバー使いのあいつなんてフナ虫程度よ。このまま魔王ヴァクロワを倒すことも可能ね! ね、マクベス!」

 「ああ、これなら魔王軍が三万来ても大丈夫だ! な、ウサミン」

 「ええ、その通りです! そして私の炸裂魔法があれば、二秒、いえコンマ二秒でおしまいですよ!」


 「「「「あっはっはっはっは!」」」」


 四人は鬼の首もとい魔王の首でも刈り取ったかのように高らかに笑っていた。


 「あのー、僕たち仲間になるなんてまだ……」

 「いいじゃない、承太郎」

 「え?」

 「あの人たちと一緒に冒険したいんでしょ?」

 「そりゃそうだけど」

 「だったら、私たち足を引っ張らない程度には役立ちそうだし、一緒に冒険者になってみるのも悪くないんじゃない? めちゃくちゃ強い兄貴と出会って剣の修業をしたり、綺麗なお姉さんに癒されたり、旅の途中で出会ったライバルと切磋琢磨したりしたいんでしょ?」

 「よく覚えていたね。そうだね、それが目的で来たわけだから」

 「だったら一緒にやりましょ。異世界スローライフってやつを!」




 ボカァーーーン!




 ついさっきまであった魔王城が塵一つ残らず消え去った。

 ほのぼのとした野原は、マントルからマグマが流れ出た溶岩地帯と化していた。

 

 「ほんとにコンマ二秒で終わっちゃいましたね。タクマさん」

 「そうだな。魔王の顔も拝めなかったな」

 「まさか、開戦の火ぶたが終焉の獄炎になるとは思わなかったわね」


 タクマたち四人は、承太郎の作った光の泡に包み込まれ、私の攻撃を回避していた。

 承太郎は空中に浮き、その光の泡の前に立ち苦笑しながら言った。


 「ええっと……。エミ。さっき中級魔法のヘルフレイムを使ったよな」

 「うん」

 「へルフレイムなら魔王城が焼けるだけだと思うが、どうしてこの星が半壊しているんだ?」

 「ごめん。演算間違えてハイパーノヴァ出しちゃった!」

 「おおい!」

 「でも大丈夫。君の魔法で元通りにできるでしょ? だって、魔法はつじつまを合わせるために使うものだから」

 「そういう意味じゃないから!」

 「戻してもう一度作りましょ。私たちの異世界スローライフを!」

 「いんやすでに異世界ブローライフ破壊生活!」

 


 こうして私たちの冒険は始まりとともに終わった。

 めちゃくちゃ強い兄貴と出会って剣の修業をしたり、綺麗なお姉さんに癒されたり、旅の途中で出会ったライバルと切磋琢磨したりすることを承太郎にさせてあげることはできなかったけど、結局この本の世界に平穏が訪れたのだから結果オーライだと思う。

 それに、ハイパーノヴァを打った瞬間何か自分の中で吹っ切れるものがあった。

 今まで自分の中に押し殺していた感情を一瞬解き放つことができた気がした。

 つまり何が言いたいのかというと、承太郎の言った通り、『楽しかった』のだ。

 仮想通貨で二千万円稼いだ時よりも比べ物にならないくらい爽快感を味わえた。

 こんなにも楽しいことを、承太郎と一緒にいたらいつでもできると思うと、胸が熱くなって仕方がなかった。

 でも、この暑さはあの苦しい熱さではなく、心地よく程よい熱さ。

 言い換えれば『ぬくもり』と言えるだろう。

 私たちは元の世界に戻り、病院の待合室のベンチに腰掛けて余韻に浸っていた。


 「ああ。すごく楽しかった。外の世界でいろんな人と話したり、いろんな風景を見たり、時には戦うことがこんなにも楽しいなんて……。」

 「でしょ? 最初からクライマックスだったけど、君が楽しめてくれたのなら僕もうれしいよ」

 「あ、まだ僕って言ってる」

 「え?」

 「初めは「俺」って言ってたのに、あっちの世界に行ってからずっと「僕」って言ってたからそれが染みついちゃったのね」

 「そ、そうだっけ? 忘れちゃったなそんなこと」

 「そうよ。あと私「君」って名前じゃなくて、エミだから」

 「そうだったね、エミ。俺の我がままについてきてくれてありがとうな」

 「いえいえこちらこそ」

 「なんていうか、エミ異世界行ったら明るくなった?」

 「え?」

 「初めは冷徹で般若のような顔してたけど」

 「ええ、わたしそんな顔してた?」

 「ハイパーノヴァ撃ったときとかめちゃくちゃ清々しい顔しててさ、なんか言葉に感情が付いたって言うか」

 「そういうもんかな」


 確かに、少し顔が痛い。今までこんなにたくさん喋ったことなかったし、冗談何て言ったことがなかった。でも、承太郎と異世界に行って、大声出したり、いろんな人と話して本当に楽しかった。

 もしかしたらこの人、私の事……。

 

 「ねえ、もしよかったら、また来てくれる?」

 「え? ここに」

 「うん。また、一緒に小説の中に入りたい」

 「いいよ。俺も一緒に行きたいから!」

 「ありがとう! それでさ……」

 「うん?」

 「あんな素敵な世界に行けて、いろんな楽しいこと体験できて、私……すごく楽しかった。私あなたの事好きになっちゃったみたい。だから……私と友達になってください!」


 冬の癖に春一番が吹き抜けたかと思った。

 まさか私からこんな温かい言葉が出るとは思わなかった。

 承太郎もあっけにとられ、二人の間に静寂が流れた。


 「……初めて笑った顔を見た」

 「え?」

 「君と出会ってから全く笑った顔を見てなかった。でも、君も普通に笑えるんだね。すごくかわいい」

 「や、やめて恥ずかしい」

 「でも、また君のその笑顔が見れるなら、一緒に行きたい。だから、これからよろしくお願いします」

 「うん……!」


 独りよがりな思いかもしれない。

 そんな上手いことがあるわけないと言われるかもしれない。

 でも私は、なぜだかこの人といて病気と別の温かさを感じた。

 その温かさが本物なのか確かめたくて……。

 利用すると言えば聞こえは悪いけど、一緒に共有できればいいな。


 こうして私は承太郎とともにいろいろな物語の中に入った。

 小説や漫画の中に入って旅をすることを書籍旅行と名付け、いろんな世界を見に行った。

 異世界だけじゃなく、中世ヨーロッパに言ったり、夏の田舎町のほのぼのとした風景を見に行ったりした。

 どこに行くにも物凄く楽しかった。はしゃぎまくるというのを、小学校の修学旅行ぶりに体験した。

 あまりにはしゃぎすぎて、憲兵につかまりそうになったこともある。

 それぐらい楽しかった。

 そしてもっと笑いたい。もっと笑って、一緒に楽しんでくれる承太郎を喜ばせたい。

 そうして私の心臓は以前にもまして熱を込めて行ったのだ……。



表面温度マイナス二十度、体内温度八十度。

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