第16話 エミ~その4~異世界でスローライフを満喫しようではないか!
「さっきの世界、何? いきなりドラゴンに乗ってたと思ったら、メイドになっちゃうし、かわいい幼女もドラゴンだったし、どういうこと?」
私は見知らぬ男の子の肩をたたいただけで、いきなり別世界に入ってしまった驚きを隠しきれなかった。
表情は平生に装ってるかもしれないが、内心頭が混乱し、髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き上げたいほどだった。
「まさか見つかっちゃうとはなあ。不覚不覚。実はこれは俺の能力……と言いたいところだけど、病気なんだよ」
「病気?」
「書物アレルギーって言って、手に触れた小説や漫画の中に入ってしまうんだ」
「……ちょっと何言ってるかわかんない」
「そりゃそうだよな。誰に言ってもそういう反応をされるのは慣れてるからいいけど。まあ、要するに鉄アレルギーみたいなもんだよ。鉄に触れると、手が痒くなるだろ。俺は書物に触れると物語の中に入っちゃうんだ」
「何度聞いてもピンとこないんだけど」
「それなら、もう一回本の世界に入ってみるか?」
「え?」
「今度はだれしも魔法が使える城下町に行ってみよう!」
彼は表紙にかわいい女の子のイラストが施された一冊の小説を取り出し、バラバラと適当にページを開いた。
そして私の両手に本を置き手首をつかんだ。
「行くよ」
彼がページに右手を置いた瞬間私はまたさっきの吸い込まれる感覚に陥り、眼を開くと……。
そこには、野菜や肉を売っている商店街が広がっていた。
よく見ると、売っているのは人間ではなく、耳の長いハーフエルフ? とかいうキャラクターで、またガタイのいい緑色の肌をしたおじさんもいた。おそらくこれがオークとかいうキャラクターなのだろう。
というかよくみると、売っているものが見たこともない野菜や肉のようなものだった。キャベツかと思ったが、なんかフワフワ浮いているし、牛か豚の肉かと思ったらカエルの肉らしい。カエルといっても三メートルくらいある。
「これって日本? いやそもそも地球?」
「ぷっ、はははは」
「なんで笑ってるの?」
「いや本の世界なんだから、日本でも地球でもないじゃんと思って。ここは異世界っていうところだよ」
「異世界?」
「そう。現世で死んでしまった人が転生して飛ばされる世界。それが異世界」
「へぇ。初めて見た。私ゲームとかしないからよく分かんないけど、オークとかエルフとか言うキャラクターを初めて見たわ。あとあのフワフワしているキャベツ。なんだか気味悪いわね」
周りをきょろきょろと見渡し、眼を細めた。
彼はいたって落ち着いた表情で振舞っていた。
「俺だって初めて見たよ。というか、アニメでは見たことあるけど実際に小説に入ってみるのは初めてかな」
「ふーん。アニメと実際に入るのとでは違うの?」
「そりゃ全然違うさ、アニメだと三人称視点だけど、実際に入れば一人称視点で好きなところに行けるからね。アニメでは見られなかったあんなとこやこんなところに。フフフ」
「そういうものなのかしら」
「そういうものだよ。いろんな異世界物を見てきたけど、やっぱアニメで見るのと実際に見るのとでは違うね」
「ほかにもこんな世界があるの?」
「たっくさんあるよ。最近は異世界物の小説が流行ってるから、玉石混交と出てくるよ」
「なぜかしら?」
「そりゃ自分の欲望を縛りなしに書けるからだろ。なんかつじつまが合わなくても魔法ってことにしておけば物理法則も無視できるし、異世界って言っておけば人種の垣根を越えていろいろできるからね。まあとにかく楽しいんだよ!」
彼は目を輝かせながら、鼻息を蒸気機関車のようにまき散らしていた。
「そう? 私には現実逃避のなれの果てにしか見えないのだけど」
彼とは対照的に私はぷいっとそっぽを向いて彼から目を離し、冷たくあしらった。
「冷めてるねえ。いや、枯れているといった方がいいかも」
「どっちでもいいわ。さっさと帰りましょ。私ここがあまり好きじゃないみたい」
「そっかぁ。でもそんな、にやけた顔して言われても説得力ないぞ」
「え?」
私は言葉と裏腹にこの世界に淡い期待を抱いていたらしい。その期待感が無意識に私の口角を釣り上げていたのだ。
目を逸らしたのも無意識なのだが、おそらくこの顔を見られたくなかったのだろう。
そう。感情が破綻した私は柄にもなくワクワクしていたのだ。
私はぶらぶらと町中を歩く彼についていき、ギルドという場所にたどり着いた。
「ギルドってなに?」
「冒険者とか勇者とかが集まるところだよ」
「勇者? 勇者って何するの?」
「そこから話さないとなのか。まあ勇者は魔王とかドラゴンとか戦うんだよ。冒険者は勇者の前の役職みたいな感じ」
「つまり、冒険者でドラゴンとか倒していくと、勇者に昇級するってわけ?」
「まあそんな感じ」
「へえ。私たちの世界とは全然違う職業なのね。命がけで大変ね」
「ま、そういう世界だからね」
「で、君も冒険者になるためにここに来たと?」
「できればね。めちゃくちゃ強い兄貴と出会って剣の修業をしたり、綺麗なお姉さんに癒されたり、旅の途中で出会ったライバルと切磋琢磨したり、そういうことを一度はやってみたいよ」
「ふーん」
「それに、俺はあってみたい奴がいるからここに来たのさ」
「あってみたい奴?」
「ほらほらあそこにいるだろ」
彼の指さした先には、ジャージ姿の青年と金髪で鎧姿のお姉さん。魔女のような帽子をかぶり、杖を持った小学生と、あの小説のイラストになっていた水色の髪をした女の子が四人掛けのテーブルで話し合っていた。
「あ、あの女の子」
「そう、この小説のヒロインさ」
「あの子たちも冒険者なのかしら」
「まあ、そういうとこだね。ちなみにあのジャージの男の子は元日本人だよ」
「そうなの!? というかさっきから気になってたのだけど、この世界の人たち人間もオークもエルフも皆日本語で話してない?」
「気づいてしまったか……。そこはまあお決まりのご都合主義が働いて……」
「ふーん。まあいいわ」
「……」
「……」
「……」
「……なにじっと黙っているの? 会いたかったんでしょ?」
「そうなんだけど、いざ目の前にアニメのキャラが動いているのを見ると物凄く緊張しちゃって」
「情けないわね。君が会いたかった人でしょ? 話に言ったらどう?」
「いや、話せないよ。なんていうかなあ、憧れのアイドルや俳優にあったらドキドキしちゃって、好きな気持ちもうまく伝えられないってことあるでしょ?」
「ない」
「即答! え、そういう経験無いの?」
「ない。私アニメだけじゃなくてドラマとか見たことないから」
「そっか……。まあとにかく、見てるだけで幸せだから、俺はここで――」
「こんにちわー」
「うぇぇえええ! 話しかけにいったよあの子。コミュ力お化けかよ……」
私は何やら会議をしている四人のもとへ近づいた。
「お話し中すみません。あの人が皆さんと話したいって」
「へ? あそこにいる貧弱そうな男の子?」
水色の髪の女の子が怪訝そうに彼の方を見つめた。
「そうです。彼が皆さんと話したいそうで」
「ど、どうもこんにちは……。お……僕兼ねてから皆さんのファンでして」
「ファン?! ねえ、タクマ私たちのファンですって! これはこの子たちからお金を巻き上げるチャンスじゃない?!」
「やめろマリン! 大きな声で金を巻き上げるとかいう馬鹿がいるか! まずは冷静になって話を聞こうじゃないか」
「そうだぞ、マリン。タクマの言うとおりだ。こんな私たちのファンと言ってくれた方たちからお金を巻き上げるのは恥ずかしいぞ」
ジャージ姿のタクマという青年と金髪のお姉さんが、マリンという水色の髪の女の子をたしなめている。
「それで、どんな要件なんだ? えーっと……」
「ああ、承太郎って言います」
承太郎っていうんだ。
「承太郎? もしかして君たち日本人なのか?!」
タクマがテーブルを叩きつけて身を乗り出してきた。私たちが日本人なのが、よっぽど珍しいらしい。
「そ、そうなんです」
「すると君たちも死んでここに来たということか……うう、嘆かわしい。心の友よ! 存分にこの異世界でスローライフを満喫しようではないか!」
「うるさいですよタクマ。生きてる人をいきなり死人扱いするのは失礼です」
魔女姿の小学生がその年齢に似合わず冷静に突っ込んでいた。
「黙れ、ウサミン! お前は一度死んだ人間のつらさが分からないからそんなことが言えるのだ!」
「すみません。私たちも分かりません」
「僕ら死んでここに来たわけではないので」
「え? そうなの」
「ほらみなさいタクマ。彼らは正真正銘生きている人間です」
「うっさい! 小学生は黙ってろ!」
タクマが捨て台詞をはくと、ウサミンという小さな魔女は、顔を真っ赤にして、怒声を散らした。
「しょしょしょ、小学生?! それがどんな種族なのか分かりませんが、嫌な気分にさせることは分かります! タクマ、それは宣戦布告でいいですね?! ここで衝撃魔法をぶっ放しても構いませんね!」
「やめるんだウサミン! 魔法の使えないこの人たちもいるんだ! 後で、外でやってくれ!」
「マクベスの言うとおりだ! マクベスのおっぱいバリアがあってもお前の炸裂魔法は防げない。このギルドを消し炭にさせて、また借金地獄になってもいいのか?!」
「おおおおお、おっぱいバリア?!」
「うっ……。またしゃばしゃばのスープライス生活に戻るのはごめんです……。しょうがないですね、マクベスの言葉に免じて一旦退却しましょう」
「ふー。爆破落ちなんかにならなくてよかった」
「でもタクマ。彼女たちの話が終わったらもう一度決戦ですからね!」
ウサミンは片方の頬を焼き餅のように膨らませて、ふてくされていた。
この人たち物凄く仲がいいんだな
「わかったよ。っと、そうだ。話の途中だったな。悪い悪い。いつもの悪乗りが出てしまって、それで君たちは死んでもないのにどうやってこの世界に来たんだ?」
「実は、僕が書物アレルギーという病気でして、タクマさんたちのラノベに触ってこの世界に入ってきたんです」
承太郎がいつも通りの説明をすると、タクマはポンと手のひらに拳を乗せて、キリッとした表情でこう言った。
「なるほどー、全然わからない」
「ですよねー……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます