第12話 喋る饅頭

 「これも面白くない。うーん、やっぱり微妙だなあ」


 図書室で俺は彼女のエミのために、今日もあいつが笑ってくれそうな物語を探していた。


 「つとむとこの前探したときは散々だったもんな。あいつに騙されるくらいなら、一人でやってた方がマシだ」


 俺はぶつくさ愚痴をこぼしながら、スマホで検索した、人気のコメディ小説を探し何度もその小説の中に潜り込んでいた。

 もし、ここから読んだという人のために説明しておくと、俺は『書籍アレルギー』という症状のために、小説を右手で触れるとその小説の中に入り込んでしまうのだ。

 物語の主人公になるわけではなく、モブキャラのような存在でその小説に入り込み客観的に楽しむことができる。

 まあ、楽しめるかどうかはその世界観と、モブキャラ次第になるのだが。

 詳しく知りたいという人は、本作の第五話「どこが癒し系日常ほんわか漫画だ!」を読むことを強く推奨する。

 おっと……この手法どこかでも同じことをしたような。

 まあ、それはさておき、俺がまた文字の海から戻ってくると、隣に眼鏡をかけたなんとも貧弱そうな男の人が立っていた。


 「あのー、すみません」

 「はい?」

 「ちょっと気になって話しかけたんですけど、先ほどから何をしておられるんですか?」

 「これですか? 小説の物語の中に潜ってるんです」

 「は?」

 「まあ、そういって訳が分からないのも無理はないですよね。俺は『書籍アレルギー』という症状で、手に触れた小説の中に入り込んでしまうんです。……まあ鉄アレルギーと同じようなものです」

 「いや……同じじゃないと思います」

 「それで今は、いろんな物語の中に入って、笑える面白い作品を探してたんです。文字だけじゃその背景とか人物って想像するのに限度があるじゃないですか、だから実際に物語の世界観を体験して、彼女を……エミを笑わせたいんです」

 「……ちょっと言ってる意味が分からない。え、つまりVR体験ってことですか?」

 「うーん。違うんだよなあ。VRは仮想世界を体験するじゃないですか。俺のは、物語のフィクションの現実世界を実際に体験してるんです」

 「えーっと……それがVR体験だと思うんですけど」

 「わっかんないかなあ!」

 「いや、逆切れしないでください。つまり、あなたは彼女さんのために笑える作品を探してるんですよね?」

 「まあ、そういうことになりますね」

 「じゃあ、お手元にあるその小説は、今潜っていた? 作品ですか?」

 「ええ、『社畜の魔王さま!』です。抱腹絶倒間違いなしってあったんで、読んでみたんですけど、なんかイメージと違うんですよね。魔王が現代に召喚されると思ったら、現代人が異世界に転生されちゃって……」

 「あの……大変申し上げにくいのですが」

 「はい?」

 「そちら、『社畜の魔王さま!』ではなく、『魔王様リベンジ!』ですよ」

 「えええええ! ……た、確かに。やけに主人公の見た目が、爽やか好青年じゃなくて、ロングヘアで骨の秀でたおっさんだと思った。また騙されたああ!」

 「いや、誰も騙してはいないですけど」

 「くっそー。また一から探さないと」

 「それなら、僕も一緒に探しますよ」

 「え、いいんですか? 助かります。ええっと……」

 「ああ、申し遅れました。司書の安富といいます」

 「安富さん。俺は本田承太郎です。よろしくお願いします、安富さん!」

 「ええ」


 こうして俺は安富さんと手あたり次第図書室を駆け回って、面白そうな小説を洗いざらい探し、選別して物語の中に潜り込んだ。

 だが、やはりこれといって面白そうな作品は見当たらなかった。

 いや、むしろ面白いのだが、長編は話が長くて、これをエミに伝えるときどう掻い摘んで話せばいいのか分からなかったのだ。


 「うーん。どれも面白いと言えば面白いんですけどね。中々小説の体験談を彼女に話すときに、どこからどう話したらいいのか悩んでしまいます」

 「なんとなく分かります。所謂レビューみたいなものですもんね。物語のクライマックスほど盛り上がる部分はありませんが、それを言ったらネタバレになってしまいますし。あらすじだけ伝えてもピンとこないですから」

 「それもそうですし、エミと一緒にこの世界に入ってみたいって思う作品が中々ないんですよ」

 「え、他の人も一緒に入れるんですか? 物語に?」

 「ええ、まあ」

 「そうなんですか! だったらぜひ、私行きたい作品があるんですけど!」


 安富さんは遊園地に行くと言われた子供のように、眼を輝かせて鼻息を荒げていた。


 「え、いいですけど。どんな作品なんですか?」

 「小説ではないんですが、これです」

 「『まんじゅうこわい』? 落語ですか」

 「はい! 僕歴史ものが好きで、この作品は初めて僕が小学校の頃に読んだ活字文だったんですよ。歴史ものに興味を惹かれたきっかけも、この落語なんですよね」

 「なるほどお。落語は盲点だったなあ。確かに元祖コメディといえば落語なところありますもんね!」

 「それに話の流れもしっかり伏線回収して、最後の落ちできっちり締めくくる。話術を学ぶのにも最適だと思いますよ!」

 「安富さん、口車に乗せるのが引っ越し業者並みに上手いですねぇ」

 「……あ、ああ。ははは」

 「ピンと来ないならいいです。そうした例えの上手さもいろいろ勉強したいですし、『まんじゅうこわい』の世界に行ってみますか!」

 「はい、お願いします!」

 「そしたら、手を繋いでください。ぐにゃっとしますが、我慢してくださいね」

 「えっ?」

 「行きます!」


 グニャーンという効果音とともに、俺らは物語の中へ入っていった。



 …………なんだか外が騒がしい。

 商店街のように活気のあふれた威勢のいい声が飛び交っている。

 それに、日差しが暑い。冷え切ったあの図書室とは一転して、真夏のセンター街に飛ばされた気分だった。

 目を開けると、やはり商店街のようで、八百屋や魚屋が軒を連ね、ちょんまげ姿に鉢巻を巻いたおっさんたちが、「安いよー安いよー! いい秋刀魚が目黒から仕入れてきたよぉ!」と口上をのたまっていた。

 あたりを見渡そうと首を曲げようとしたとき、何かがおかしいと気づいた。


 (あれ? 首が動かない? いや、全身動かない。なんだこれは)


 まるで石像になったかのように一ミリも体が動かなかったのだ。動くとしたなら、眼だけ。その眼を動かす感覚で左右に動かしたら、なんと真後ろまで見ることができてしまった。


 (はぇ!? 首が三百六十度一回転したみたいだぞ。というか、なんだこの後ろに陳列している茶色の物体。丸くて、ほのかに甘い香りがしそうなこれってまさか!)


 俺の後ろには、おそらく俺と同じ大きさのお菓子のようなものが、一つ一つきれいに並べられ、「味噌饅頭一個三文」と木札に書かれておかれていた。


 (俺、饅頭になってるぅぅぅうう!?)


 なんと俺は『まんじゅうこわい』の世界に入り、饅頭そのものになってしまっていたのだ。


 (物語の中に入れるからって、人じゃなくて物にならなくてもいいじゃないか。それに味噌饅頭の列の一番前になるなんて、これが本当の手前味噌ってね! ……言ってる場合か! 俺これからどうなるの?)


 二進にっち三進さっちもいかない状況に悩まされていると、隣で並んでいた栗饅頭の方から声が聞こえた。


 (もしかして、そこにいるのって本田さんですか?)

 (え、その声は。もしかして安富さんなんですか?)

 (ええ、そうなんですよ。これどういう状況なんですかね? ぜんぜん体が動かなくて)

 (俺も訳が分からないんです。気づいたら味噌饅頭になっててt。こんな事になるはずじゃなかったんだけどなあ)

 (じゃ、じゃあもしかして僕は……)

 (ええ、おいしそうな栗饅頭になってますよ)

 (そ、そうなんですか。それは――)

 (最悪ですよね)

 (最高じゃないですかー!!)

 (ええ?!)

 (僕、この世界に入れたら饅頭になってみたかったんですよ!)

 (はあ?)

 (いえね、饅頭こわいこわいって言われながら食われる饅頭の気持ちってどんな気分だったのかなって、想像していたんです。建前は嫌々ながらですけど、饅頭を食べる人は喜んで食べているじゃないですか。そのときの饅頭って、おいしく食べてくれるならいいけど、何だったら怖いっていうより、しっかり美味しいって言って食べられたいみたいな願望があるんじゃないかなって思ってたんです。ねえ、本田さんもそう思いますよね?)

 (いや、ちょっと意味が分からないです)

 (はぁー。この後どんな風に食べられるのか楽しみだなあ)

 (いや、俺は食べられたくないんですが)

 (え、食べられたくないんですか?)

 (いや食べられたくないですよ。だって食べられたら、死んじゃうじゃないですか)

 (でもこれ、『まんじゅうこわい』ですよ)

 (あ、そっか)

 (全部食べてお茶を頼むまでが一つの話なんですから)

 (いやだぁああああ!)


 俺が悲鳴を上げると、饅頭屋の前にちょんまげ姿の若い男が走ってきた。


 「おい、親父さん。饅頭くれや! こわいやつたんまりとな!」

 「え、こわいやつですか? うちは出来立てほやほやなんで、こわい饅頭なんてありませんよ」

 「硬いとか柔いとかのこわい饅頭のこと言ってるんじゃねえよ。物の怪とか、妖怪とかそういう怖いだよ」

 「何言ってるのかよくわかりませんが、さっきからなにやら話をしている饅頭ならありますよ」


 (え、それって)

 (俺たちの事かぁ!)

 (まさか聞こえてるとは)


 「おお、そいつは怖えや、それをくんな!」

 「へい毎度。ちょっと不気味なんで、二つ合わせて二文で結構でございます」

 「おお、気前がいいじゃねえの若旦那! 贔屓にしてやるぜ」

 「ありがとうございます」

 「ほんじゃあそれと、後適当に酒饅頭とか、葛饅頭を五個くらいくんな!」

 「へいへい。毎度ありがとうございます。合わせて十七文になります」

 「お、わかった。すまんが銭はちと細けえんだ、手えだしてくんな。数えるぞ、ひーふーみーよーいつむーななやー、あそうだ、親父さん今何時で?」

 「午の刻でございます」

 「ひつじ、さる、とり、いぬ、いっておい! そんな金勘定があるか!」

 「へへ。『時そば』なんてもんが流行ってからひっかけてくる輩が増えてしまいましてね、その手はもう喰いませんよ」

 「親父さんも苦労してるんだな。でも今の返しはかったぜ」

 「滅相もございません。今後ともご贔屓に」

 「あいよー!」


 そう言ってちょんまげ姿の男は俺たちを粗い紙に包んで走って行ってしまった。

 上下に揺られながら移動されると、直接脳をゆすぶられたような感覚に陥って、中の餡を吐き出しそうになった。

 走っていたかと思うと急に止まり、男は誰かと話し始めていた。


 (ようやくまんじゅうこわいと言っていた人の自宅に到着したみたいですね)

 (ええ、そのようですね。うっぷ。吐きそう)

 (ここで吐かないでくださいよ。餡がこぼれたら、食べてもらえなくなる)

 (だったら吐いたほうがマシだ。俺はもう吐くぞ)

 (シッ。静かにしてください。人が集まってきました)


 「おい、ぱっつぁん。お前は何饅頭を持ってきた?」

 「俺はちと熱海まで行って温泉饅頭を買ってきた」

 「熱海ぃ? おまえそんな遠いとこまで行ってきたのかよ。でも熱海の饅頭じゃあさぞかし美味しいことだろうに」

 「ああ、絶品だと思うぜ。温泉だけじゃ飽き足らず、サウナにも入って、さっきそこの水路にぶち込んでキンッキンにしてきたからよ!」

 「だれが整わせて来いって言ったあ! それじゃ温泉饅頭じゃなくて、水風呂饅頭じゃねえか! ああもう、こんなぐちゃぐちゃにして。これじゃ食えねえぞ。おい、他の奴は良い饅頭買ってきたのか?」

 「わしは三河まで行って仕入れてきたぞ」

 「熊さんは三河かい。そりゃもっと遠いとこまで行ったなあ」

 「いやな、近くの饅頭屋を探してたんだが、人力車にねられてしもうてな。気づいたら「名古屋」とかいう城下町に飛ばされていたのじゃ」

 「名古屋? ほう」

 「近くに地図があったもんで調べてみると、三河の国じゃった。まさかあの三河の国が江戸よりも発展しているとはな。えらい外国にでも来てしまったのかと思ったのじゃが、話す言葉は日本語でな。しかし、バスというのは凄いな。一度乗れば京から江戸にまで行けるそうなんじゃ」

 「そんなすごいことになってるとは知らなかったなあ。それで、どんな饅頭を買ってきたんだい?」

 「これじゃ、『なごやん』といってな、中が白い餡で出来てるんじゃ」

 「これまたたまげたなあ。ごま餡は知ってるが、まさか白い餡とは……。もしや、三河の国が下剋上する日が近いやもしれん。おー、怖い怖い」

 「へっ! さっきから黙って聞いていれば、全然大したことねえな」

 「お、どうしたさんきっちゃん」

 「俺の買ってきた饅頭はもっと怖い」

 「おお! やけに威勢がいいね。丁半博打で大損するときみてえじゃねえか」

 「うるせえ、黙ってろい! 俺の持ってきたのはそんな生温い饅頭なんかじゃねえ。饅頭だ」

 「喋る饅頭?! そんなバカなことがあるかい!」

 「三きっちゃん、すっからかんになって頭おかしくなったんじゃねえの?」

 「違わい! 聞いて驚け、喋る饅頭は一つじゃねえ、二つあるんだ!」

 「二つ? どいつとどいつだい?」

 「この味噌と栗の饅頭が喋るのさ!」

 「……」

 「……」


 (……)

 (……)

 (……え、もしかしてこれ喋らないといけない感じ?)

 (そ、そうかもしれませんね)

 (でも、喋ることなんてないですよ)

 (なんか適当な単語でも並べたらどうですか?)

 (え、俺が言うの? 安富さん言ってくださいよ)

 (いや僕も嫌ですけど。それならじゃんけんにしません?)

 (いやグーしか出ないわ)


 とこそこそ聞こえないように話していたのだが、耳のない俺らの声はあまりにも大きかったようで。


 「しゃ、しゃべったぁぁぁああああ!」


 (やば、聞こえてたみたい)


 「いや、三きっちゃんがなんで驚くのさ」

 「いや俺も初めて聞いたもんでな」

 「にしても本当にしゃべるとはなぁ。饅頭がじゃんけんとは滑稽だな! にしても普通に考えて喋る饅頭は怖いな」

 「だろだろ、正一せいいちの野郎も腰を抜かせて失神しちまうと思うぜ」

 「よし、饅頭もそろったことだし、正一を懲らしめに行くか!」

 「おう!」


 男たちは各々買ってきた饅頭を一つの皿に寄せ集めて、正一の家へ入っていった。

 傷んだ床がギシギシと軋んでいる。


 「ギギィ」


 一番大きく軋む音がした床の目の前が、正一の寝床だった。


 「おーい正一ー、大丈夫か? 見舞いに来てやったぞ!」

 「……」

 「返事がねえな。あがるぞ」


 三きっちゃんとその男たちは堂々と正一の家に上がり寝床のふすまを開けた。


 「ぐぅ~、がぁ~」

 「ちぇっ、心配して損した。ずうずうしくもいびきなんか掻いてらあ」

 「わざわざおめえのために見舞いに来てやったんだぞ。まあ、起きたら腹でも減ってるだろ。食いもん置いておくから食いたかったら食えよ」


 男たちは、そっと紙で饅頭を隠した皿を置いて帰っていった。

 三きっちゃんたちの足音がしなくなってから、しばらくして正一が起き上がった。


 「いやはや、あいつら本当に馬鹿だなあ。俺ぁ饅頭が大の好物なのも知らねえで。こんなたんまり持ってきてくれるとは」


 にしししとほくそ笑み、正一が手もみをしているのが紙の陰からのぞいて見れた。


 (ねえ、安富さん。)

 (はい?)

 (そういえば『まんじゅうこわい』ってこの人が、皆を騙して好きな饅頭を食べまくるっていう話ですよね)

 (ええ、そうです)

 (じゃあ、いい機会だ)

 (何がいい機会なんですか?)

 (こいつを本当の饅頭嫌いにしようってことさ)

 (まさか、脅かすんですか?)

 (そうさ、こいつは自分のほしいままに友達を騙して、好物の饅頭をタダ食いしようとしてんだ。そんな奴には天罰を与えなきゃならねえ)

 (いやそうですけど、もし食ってもらえなかったら話のオチが……)

 (オチなんて関係あるか! 俺は騙す奴がとことん嫌いなんだ! さあ勝負だペテン師め!)


 皿に覆いかぶさった紙を取り上げ、初めに掴まれたのは俺だった。

 「こいつの腰を砕けさせる!」 そう意気込んでで俺は大声を上げた。


 (寿限無寿限無、五劫ごこうの擦切、海砂利水魚かいじゃりすいぎょ、すい――)


 「パクッ」


 (食われたぁぁぁああああああ!)


 「もぐもぐもぐ。あーこわい、あーこわいこわい! いつ見ても怖い。こんな怖い饅頭は食べてしまわないと」


 (だ、大丈夫ですか本田さん! ……ああ、もう食べられてしまって声も届かない。しかし、なぜ……。あ! この人耳栓してる! だから声が聞こえなかったのか)


 「なんだこれ、白い餡? これは絶品だぁ! でも俺が一番好きなのは……そうそう栗饅頭!」


 (うわ、掴まれた! ああ、ついに食べられるのか。……ん? なんかドタバタ足音が)


 「なんだなんだ? おい、正一の野郎笑い泣きしながら饅頭食ってるぜ! 饅頭が怖いっていうのは嘘だったのか?」

 「……え? ああ耳栓してるんだった。すまん、なんて言ってたの?」

 「いやだから、饅頭怖いっていうのは嘘だったのかって!」

 「ああ、ごめんごめん。そう、本当は饅頭が大好物なんだ。俺の一番の大好物、栗饅頭まで用意してくれてありがとうよ! パクッ」


 (ああ! この体を砕かれる感覚。唾液で溶かされる感覚。痛みはないけどなんかこれはこれでいいかも……)


 「くっそーまた正一に騙された!」

 「本当こいつ人を騙すのが上手いよな。なあ、正一お願いだからよ、ほんっとうに怖いもの教えてくれねえか」

 「ああ、今饅頭で口の中が甘くて極楽なんだが、こんなとこにあれを飲まされると思うと……、ああ鳥肌が立ってきた」

 「おいおい、いったい正一の本当に怖いものは何なんだ?」

 「本当はな、渋ーいお茶が怖い」



 目を覚ますとまたもや暑い日差しが照り付けていた。

 と思うとバッシャー! とバケツで水をぶっかけられた。

 ここはサウナか! と思ったのだが、実際はそうではないらしい。

 耳をすませば、そよ風に乗って小鳥のさえずりと穏やかな歌が聞こえてきた。


 「夏も近づく八十八夜~」


 (今度は茶葉かぁぁああい!)




 ――――俺らは物語から帰ってきて、また新たに本探しをしていた。


 「いやぁ、結局食べられてしまいましたね」

 「くっそぉ、あいつ耳栓してるとか反則ですよ!」

 「まあしょうがないですよ」

 「でも耳栓してたら彼の友達の声も聞こえないと思うんですけど」

 「多分床の軋みや振動で、友達が来たことを察したんじゃないですか?」

 「なるほど、確かにやけに軋んでいましたからね」

 「それに音とか気にせず饅頭を食べることに集中したかったのかも」

 「まあ、その線は薄いと思いますけど。そういえば安富さんも食べられちゃいましたよね。どうだったんですか? なにか饅頭の気持ちわかりました?」

 「ええ、存分に堪能させて頂きました。ああ、今でもあの口の中に入れられて、砕かれた時のほろほろ崩れる感覚。唾液で何もかも溶かされる感覚。あれ以上に耽美な体験はありませんよ」


 安富さんは、頬を赤らめ、恍惚こうこつとした表情でよだれを袖で拭き上げた。


 「そ、そうですか……(何かに目覚めさせてしまったのだろうか。ごめん、安富さん)」

 「そういえば、本田さんは今回の話、彼女さんに話すんですか?」

 「え、うーん。まあ話の流れとかオチとかは良かったんですけど、一緒に饅頭にはなりたくないですね」

 「ははは。まあそうですよね。普通の人ならお茶になりたいですよね」

 「いや、そっちでもねーよ!」

 「そういえば、本田さんの彼女さんって、エミさんっていうんですか?」

 「ええ、そうです。エミって言います」

 「え、氷河エミさん?」

 「エミのこと知ってるんですか?」

 「ええ。だって、氷河エミさんって――」




 さんの娘さんですよね。

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