第8話 世界中に茜色の花を咲かせるよ、花井茜です!
ドアのない白い部屋がポツンとあった。
奥には、ドアくらいの大きさに壁がくり抜かれていた。
くり抜かれた部分は奥に光が通らないほど、真っ暗で身の毛がよだつほどの不気味さを醸し出していた。
「な、何だこの暗闇」
「早く引き返してください! 取り返しのつかないことになりますよ!」
「は! 鬼が出るわけじゃないし、ど、どうせ深淵をのぞく時云々みたいなことだろ」
俺は館長に向けて一笑し、暗闇の方を振り向いた瞬間――――
渋谷のセントラル街をまっすぐ進むと、左手側に猫の額ほど狭い路地裏がある。
そこを抜けたところに一軒の小さなバーがあった。
木目がくっきりとしたカウンターテーブルとアンティークな家具を揃えた内装は、大正時代に遡ったかのようなレトロモダンな雰囲気を醸し出していた。
バーテンダーさんはショートヘアの凛々しい女性で、眼もとにガラスの破片でも当たったのか、切り傷の後がついていた。
なぜそう思ったのか分からないが、どことなく、この女性はワインを投げるのが上手そうだなと感じた。
まあそんなことは置いておいて、たいそう落ち着くこの店で、俺は腐れ縁の大平正樹と、シャンディガフに舌鼓を打ちながら他愛もない話をしていた。
「いやだから本当にあったんだって!」
「いやそんな小説や漫画みたいなバカげた話あるわけないだろ」
「いやあったんだよ、ラーメンで作られた家を売る、家系ラーメン屋が!」
正樹は以前たまたま見つけたラーメン屋で、「真・家系ラーメン」というものを頼んだらしい。
するとそこに出てきたのは、中太ちぢれ麺と申し訳程度のほうれん草が入った、味噌豚骨スープ味の家系ラーメンではなく、麺で出来た骨組みに、海苔の扉にメンマの床、チャーシューの屋根と煮卵のインターホンといった、「ラーメンの材料で作った家」、通称「真・家系ラーメン」だったという。
意味が分からないだろう。
かく言う俺も、小説家の卵ながらに想像がつかず疑心暗鬼になった。
「その話が本当だったら、マジでこの世界から小説や漫画というサブカルはなくなるぜ」
「どういうことだよ?」
「事実は小説より奇なりっていうだろ。そんな奇想天外なことがどこかしこにも存在して、体験できるというなら、小説なんか読んでるより実際に体験したほうが断然面白いじゃねえか」
「小説家志望のお前が言っちゃ、身も蓋もないだろ。だが、まあたしかにな。世界の危機を仲間と力を合わせて食い止める! なんてことがもし本当に体験できるとなったら、矢も楯もたまらず小説を放り投げて、世界を救うことに心を躍らせるな」
「いやまあそうなんだけど、なんか正樹が言うことは昔から古臭いんだよな」
「な! やめろよ……古いって言われるの、ガラスのハートの俺にはオーバーキルなんだから」
「ガラスのハートっていうのもなんか古いし、あと女々しいぞ」
「ぐえ、やめて、正樹のライフはもうゼロよ!」
「古い、古い、古い。自炊しようとして買ったはいいが、その日以来使わなくなって冷蔵庫に放置された味噌くらい古い」
「いやそれお前じゃん! あたかも他人事のように言うなよ」
「おおっと、怖い怖い。そんな目くじら立てないでおくれよ。といっても正樹が怒っても立つのは目あざらしだろうがな」
「そうそう、垂れ目がチャームポイントの俺は怒るとここにキュートなゴマちゃんが……っておい!」
「おおそのノリツッコミ、中々、
「それはどうもありがとうございます、『
「まあ、常套句では『豆腐メンタル』なんて言葉があるな」
「いーや、それも元ネタ遊☆王!」
正樹の渾身のツッコミでオチが付いたところで、俺のグラスも空になり、下げてもらった。
おかわりにモスコミュールを一つ頼んだ。
ちびちびとモスコミュールを舐めながら正樹の方を見ると、正樹はまだメニューとにらめっこをしていた。
それに相当酔っているようで、顔は茹でだこのように真っ赤に染まっていた。
こうなると、ちょっと
「らあ、それでさ執筆の方は進んでるわけ?」
正樹がひょっとこのような横顔で出し抜けに直球を投げ込んできた。
「ん! ゲホッゲホッ! …………いやまあぼちぼち」
「ふーん。じゃあ、全然進んでらいのか」
「ま、まあね」
「トランプ?」
「スランプね。いやネタが思いつかないと言えばスランプなんだけど、小説家のなり損ないみたいな俺が言うにはおこがましい」
「そんな卑下することないだろ。書き続けてるだけでもすごいぞ」
「いやそう言ってくれるのはうれしいけどさ。実はここ三週間くらい何も思いつかなくて、結局ネットサーフィンして終わっちまってるんだよね。はーあ、どこかに奇抜なネタ落ちてねえかな?」
「あるよ」
「え?」
俺が背もたれに体をのけぞらせ、天を仰ぐと、正樹がメニュー表から一切目を動かさずにボソッとつぶやいた。
「あるよ、ネタ」
「え? 正樹が? ……お前冗談でもマグロとかカツオとか出したら、たたきにしてやるからな」
「誰が寿司ネタなんか出すかよ」
「え、じゃあ」
「本当に小説のネタになりそうなことだよ」
「まじでか! どこにそんなネタが転がってるんだ」
「『ミティスト美術館』」
「ミティスト美術館?」
「そう。そこには現実には置きそうもない、SFチックな事象を見せてくれるんだ。奇抜な発想とかが欲しけりゃ行ってみるといいぜ」
「お前なんでそんなこと知ってるんだよ。……怪しいな。もしかして宗教の勧誘とかだろ」
「ちれーよ。さっき家系ラーメンの話したろ? それがきっかけでヘンテコな店をめぐるのが趣味になって、その流れでたどり着いたのがミティスト美術館っていうところだったのさ」
「より一層きな臭くなってきたぞ」
「まあ、俺が模糊先生の卑下を剃ってやるって言ってるんだが、それでもずっと無精な卑下を撫でていたいなら行かなくてもいいがな」
「くっ! くそったれ! 行ってやるわ!」
「その粋ら、大先生! 今日は、連載決定前祝いらな! 俺も酒頼もう!
そう言って正樹は意気揚々と注文をした。
しかし、酒で
「こるぇ、マルゲリィタァーーー!」
後日俺は浅草にやってきた。
なんでも浅草駅から徒歩五分ほどのところに『ミティスト美術館』とやらがあるらしい。
「これかぁ」
外装は昭和初期を代表するアール・デコ様式で、茶色とも肌色とも言えるようなテラコッタタイルが外壁を造り上げている。
まあ要するに浅草のエキミセの色違いが、浅草寺の裏にどーんと建っていたのだ。
「なかなかでかいな。一、二、三……四十四階? 四十四階まであるぞ。普通美術館って横に長いイメージだが、縦に長いとはな」
俺はマフラーと手袋を取り外し、身を小さくして恐る恐る中に入った。
大理石の床に白塗りの壁。モナリザやダリ、ピカソなどの超有名な画家が描いた作品が所狭しと飾られていた。
まあ、いたって普通の美術館だったのだが、地下に行く階段付近に、妙な立て看板が置かれていた。
「地下五十六階、『言葉遊び展』。なんだこりゃ」
俺が訝しげに首を曲げていると、後ろから渋く、奥ゆかしい声が聞こえてきた。
「ふっふっふ。さぞかし不思議がっておりますね。そんなに傾げてたら、首が回らなくなってしまいますよ」
「こ、こんにちは。あなたは?」
「これは申し遅れました。
「え? 案の定?」
「いいえ、あんのじょうです」
「いや、言葉だけで分かるか!」
「ですから、
「なるほど。……すみません大きい声を出してしまって。あまりにも珍しい名前だったもので」
「いえいえ、お気になさらず。この説明をしてきてもう七十年ですから、慣れてしまいました」
「そうなんですか。それで、この『言葉遊び展』というのはいったい何なんでしょうか」
「語呂合わせやアナグラムといったものを……えー」
「こうだといいます。紅に田んぼの田で、紅田。渡航の渡でわたると読みます」
「ありがとうございます。紅田さんはそれを知っていますか?」
「ええ。まあよくキャラや王国の名前を考えるときとかよく使ってますね」
「ほぅ。もしや小説家さんか何かですか?」
「ええ。まだ箸にも棒にもかからない小説家の卵ですが」
「なるほど。それならばこの『言葉遊び展』はそんな紅田さんのお役に立てると思いますよ」
「だといいのですが……」
こうして俺は白髪と白髭をたっぷり蓄え、黒色のハットをかぶった老人に連れられ、地下五十六階の展示室へとやってきた。
「ではこちらに。あ、そうだ。ここで見る作品は、時々センシティブなものも含まれますので、気を付けてくださいね。「肝を冷やして、お酒が飲めなくなった。」なんて方もいらっしゃいますから」
「鬼でも出たんじゃあるまいし、どれだけ怖がりなんですかその人。俺は大丈夫ですよ」
「私もそう信じております。それではお入りください」
ドアを開けると、その中にもいくつものドアがあった。
そのドアの上に文字が刻まれたプレートが書かれていた。
「舌鼓を打つ? 舌鼓を打つってあの?」
「ええ、舌鼓です。とりあえず入ってみましょう」
「……えぇ!? なにこれグロテスク……」
そこには舌ベラで出来た鼓。通称『舌鼓』があった。
何のことかさっぱりな人にもう一度説明しよう。
能や歌舞伎などで使われる、あの鼓の音の出る白い部分が人間の舌ベラのようなものになっていたのだ。
「え、これって本物の舌ですか?」
「いいえ、さすがにこんな大きな舌ベラはチェ・ホンマンからでも取れませんよ。動物の皮革を舌の形にして、ピンクに塗っているんです」
「よかったぁ。俺も後々こうなるっていうホラー映画の展開になるかと思ってドキドキしましたよ」
「はははは。どうです、肝が冷えましたか?」
「ええ、少し。でも本当に本物みたいですね」
「どうです、一度打ってみては?」
「いいんですか? じゃあ、少し」
俺はテレビで見た鼓のたたき方を思い出して、軽く音を出してみた。
「よーぉ」
「タッ!」
「ポン」ではなく「タッ」という甲高い音が聞こえた。
「……この音って」
「舌ベラを口蓋に吸い付かせて一気に下に叩きつけた時の音です」
「いや、舌鼓を打つってそういうことじゃないと思うんだけど」
「…………」
「…………」
「では次にまいりましょう」
「なんか言って~」
次に訪れたドアには、『卵』とだけ書かれていた?
「卵?」
「はい、卵です。とりあえず入ってみましょう」
俺は館長に促されるままドアを開け中に入った。
するとそこにはテーブルにいくつもの卵が鎮座していた。
「これは?」
「これは『アイドルの卵』です」
「アイドルの卵?」
「はい。床に落として割ってみてください」
「え? 床に落としていいんですか? 皿とかないんですか?」
「お皿に落としたら、お皿が割れてしまいます」
「は?」
「大丈夫ですから床にどうぞ」
「わ、分かりました」
俺はしぶしぶ持っていた卵を床に落として割った。
すると中から――
「世界中に茜色の花を咲かせるよ、花井茜です!」
「だれぇぇええ!?」
フリフリがついたピンク色のワンピースを着て、ウェディンググローブをはめた女性がド派手に登場した。
「え? え? アイドルの卵ってそういうこと?」
「そういうことです。アイドルの卵なんですから、割ればアイドルが生まれてくるんです。当然でしょ?」
「いぃや、自然の摂理への冒涜! あってたまるかこんな事!」
「お次はこれです」
「話聞けよ」
「これは『コロンブスの卵』です」
「ああ、「誰にも可能な事でも、最初に行うのは難しい」というたとえでよく使われる?」
「違います」
俺の言葉を一蹴して、館長はすぐに卵を割ってしまった。
そして中から出てきたのは――
「ダレガナントイオウト、アレハアメリカタイリクデハナク、アジアデース!」
「やっぱり、クリストファー・コロンブスやないかい!」
「彼はアメリカ大陸を発見したということで有名ですが、彼自身は死ぬまでアメリカ大陸のことをアジアだと思い込んでたみたいですね」
「知るか、その豆知識!」
「いえ、豆じゃなくて卵ですよ」
「だから、豆に関する知識の事じゃなくて、ちょっとした雑学っぽいことをそう言うの」
「ま、知ってて言ってるんですけどね……」
館長は目を細め下唇を突き出して
「……はっ倒してやろか」
「他にも、声優の卵とかモデルの卵とかいますけど、見ますか?」
「いえもうお腹いっぱいなんで」
「そうですか。では次行きましょう」
「今度はなんですか。『酒に飲まれる』とか言って、八海山の濁流が来るとか勘弁ですよ」
「あれはもうしないですよ」
「やったんかい」
「急性アルコール中毒で館内のお客様全員が救急搬送されたんですから。あれは笑っちゃいました」
「笑えるかボケ!」
「でも今度のは可愛い作品ですから大丈夫です」
「信じきれないですが、行ってみます」
次に卵の部屋の向かいの部屋に入った。
中では、マフラーを巻いた制服姿の女子高生が七輪の前にしゃがんでいた。
「ったく、承太郎はエミには優しいのに、なんで私ばかりからかってくるのよ!」
「あの女性は?」
「幼なじみの男子に片思いをしている女性です。おそらくこの子とエミさんと承太郎くんという子は、仲良しでいつもつるんでいるんでしょうが、承太郎くんの、自分とエミさんとの接し方の違いで悩んでいるそうです」
「それでなんであの子はわざわざ七輪を出して、焼き餅を焼いているんですか?」
「見たまんまですよ」
「え?」
女の子は急に立ち上がり、我慢の限界だったのか焼いていた餅をお皿に移して、醤油を垂らした。
「もう、遅い! 二人の分の磯辺焼き食べちゃお! もむもむもむもむ……」
「あ、二個も頬張りましたよ。ほっぺたがまるでお餅のように膨らんでますね」
「寒さのせいか頬が若干赤らんでる。……なるほど、この子は焼きもちを焼いてるんですね」
「その通りです」
「ようやくこの言葉遊び展の傾向を掴めてきました。……しかしこの女の子がふくれっ面でお餅を食べてる光景」
「「和みますね〜」」
その後いくつもの部屋に入って、様々な作品を見た。
ある部屋には、行ったり来たりする矢と盾がいた。
「なんですかこの荒ぶる矢と盾は?」
「『矢も盾もたまらず』です」
またある部屋では、地引き網のような網が波打っている上をサーフィンしている青年がいた。
「ネット……サーフィン?」
「その通りです!」
またある部屋では、壺に入った老若男女がテレビを見ていた。
「皆さん幸せそうに大笑いしていますね!」
「ツボにハマるって言いたいんですか?」
「ええ! 私間違ったこと言ってます?」
「そうだけど、そういうことじゃない!」
あまりにも奇想天外なことが起きすぎて、頭の整理がつかなくなってしまっていた。
だが、そんな僕をよそに、館長は意気揚々と僕の手を引いて次の部屋へ向かった。
そして『カンヨウ植物』と書かれた次の部屋に入ると、今度は鉢に植えられた植物がいくつもあった。
と言っても普通の植物ではなく、やはり人語を喋るものや毛皮で覆われているものがあった。
「大丈夫大丈夫。百万円くらい十年先に返してくれればいいから」
「笑顔で手を横に振るこの植物は」
「寛容植物……」
「でこちらにあるのが、羊の毛が生えてきた」
「寒羊植物……」
「缶飲料のホルダーになった」
「缶用植物……」
「そしてこれg」
「もう十分じゃい!」
俺はもう飽き飽きし、部屋を飛び出しあてもなく廊下をぶらついた。
「小説のネタがあるって聞いてきたのに、訳の分からんオカルトを見せられて頭が狂っちまう!」
すると俺を追っかけてきた館長が大声で話しかけてきた。
俺は小走りになる。
「ちょっと待ってください! どこ行くんですか?」
「ちょっと頭冷やしたいんです! 色々情報で頭がパンクしそうなんです」
「だったらこっちの『薄氷を履む』の部屋で休めばいいじゃないですか」その先は危険ですって!」
「どうせ本当に薄氷を履んで、冷水にぶち込まれるんでしょ! 頭を冷やすってそういうことじゃないから!」
「いやそんなことしませんよ! ああもう! 本当にその先は危険なんです! ドアがない部屋があるんですよ」
「そんな言葉信じられないです。俺はもう疑心暗鬼なんですから」
「ああ、その言葉を言ってしまった……」
「え?」
振り返るとドアのない白い部屋がポツンとあった。
奥には、ドアくらいの大きさに壁がくり抜かれていた。
くり抜かれた部分は奥に光が通らないほど、真っ暗で身の毛がよだつほどの不気味さを醸し出していた。
「な、何だこの暗闇」
「早く引き返してください! 取り返しのつかないことになりますよ!」
「は! 鬼が出るわけじゃないし、ど、どうせ深淵をのぞく時云々みたいなことだろ」
俺は館長に向けて一笑し、暗闇の方を振り向いた瞬間。
目の前が真っ赤に変わっていた。
正確には真っ赤な口元と白い牙のようなものが生えている気がした。
ゆっくりと顔を離していくと、そこに居たのは、暗闇から金棒を持った赤鬼だったのだ!
「は、はは。やっほー元気ぃ?」
「ぐぅぁああああああああああ!!!」
赤鬼が金棒を振り上げ怒号を飛ばした。
「ぎゃあああああああああ!」
「言わんこっちゃない! だからそっちに行っちゃダメだと言ったじゃないですか!」
「ごごごごめんなさーい!」
「仕方ないですね。早くこっちの部屋へ!」
言われるがままに飛び込んだ部屋は、これまで見てきた作品の部屋よりとてつもなく綺麗でロマンチックだった。
プラネタリウムのように天井に星々が輝き、足元に色とりどりの照明が照らされていた。
「ここは一体……?」
「ここは心の部屋です」
「心の部屋?」
「はい。こちらをご覧下さい」
館長の手で指した方向には、様々な素材のハートが飾られていた。
「まずこちらがガラスのハート。一見硬そうに見えてちょっとした衝撃で壊れてしまうハートです。ほとんどの人間がこれを肌身離さず持っていますね。」
「このたてがみがあるのは、もしかしてライオン?」
「その通り。ライオンハートです。度胸と勇気と覚悟を兼ね備えたものにしか現れない強靭なハートです。そしてあそこで燃えてるハートが、『心を燃やす』、ダンスしているのが、『心躍る』です」
「なんか今までそういうことじゃないって思ってましたけど、なんか目で見れると新鮮でおかしく思えてきました。なんか心が浄化されて、発想が降りてきそうです」
「そうですか。それならこの展示会を紹介して本当に良かったです。見てくださいあの赤鬼を」
「え?」
振り返ると赤鬼がいつの間にか部屋の中に入って、ボロボロと泣き崩れていた。
「紅田さんがこの展示会で心を打たれたのと同じように、赤鬼も人間の心の形に感銘を受け、心打たれたんでしょう。これが本当の鬼の目にも涙ですよ」
「ええ、その通りですね」
俺は今日この美術館で見たものを思い返しながら深呼吸した。
確かに奇抜でオカルトチックな体験だったが、この感想だけは変えられなかった。
「なんだかんだ、楽しかったな」
「ふふふ。非常に光栄な感想です。では最後に特別室にご案内しましょう」
「特別室?」
「はい。ネタに困っていたとの事だったので、選りすぐりのネタが転がっている部屋にご招待します!」
「そんな部屋があるなら初めっから言ってくださいよおおお! 早く行きましょう、こっちですか?」
「そうせかないでください。ネタは逃げませんから」
と館長は言うものの俺は小走りで『ネタ』と書かれた部屋のドアを勢いよく開けた。
そして床に転がっていたのは、新鮮な素材で作られたネタの宝庫だった。
「…………」
「どうですか? キハダマグロにボタンエビ、焼津産のカツオや国産うなぎまで全部揃った寿司ネタがわんさか転がっているでしょ!」
俺はすぐさまさっきの部屋に戻り、泣いた赤鬼から金棒を奪い取り、また館長のいる部屋へ戻って――
「人間のたたきにしてやるわーーーー!」
こうして「事実は小説よりも奇なり」な一日は水の泡と化して終わったのだ。
――おまけ――
「こちらおまけのメンタル豆腐です」
「豆腐メンタルじゃなくて?」
「ええ、メンタル豆腐です。食べるとメンタルが豆腐みたいに弱くなり、他人からの視線にも耐えられず吐いてしまいます」
「それが豆腐メンタルだよ、でもいらないです」
「今ならお安くしますよ」
「いくらですか?」
「八百万円でございます」
「首が回らなくなるわ!」
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