第7話 卓上玉打ち合戦~女と女のガチ戦争!?彼の玉も抜き取っちゃえ!編

 「私にはもう手に負えないわ! マザコンとソレが組み合わさった人とどう接していったらいいのおおおおおおおおお!」

 「か、和美待ってくれぇえーーー!」


 おじさんとおばさんが、ワインボトルをぶちまけて走っていく姿を、私は呆然と眺めていました。


 「なんだあれ、二人して紫色に染ってるし……。うっわ酒くさ。早くいこ」


 私は、変な輩に絡まれるのはごめんだったので、そそくさと歩みを進めました。

 というのも早く家に帰って明日のデートの準備をしなければいけなかったのです。

 それに今日買ったものにお酒の匂い何て付いたらたまったもんじゃないですから。

 と、申し遅れました。どうも、熊沢明子です。

 皆さんとお会いできるのは海の家以来ですね。あのときは翠がホワイトホール出したり、意味不明なマシンを出して大活躍していたので、私の出番がほとんどなかったんですけど、ご安心ください! 今回は私が主役です!

 なんてったって、明日はデートですから!

 といっても、別に普通の友達ですからね。名前は本田承太郎って言って、努の友達でもあったので、そこから知り合って偶然意気投合しちゃったって感じです。

 よくあることですそんなの。でもこの承太郎、超が付くほどのイケメン。私なんて不釣り合いと思っておきながら、やっぱりそばに侍らせておけると思ったら背徳感で涎が止まらないのです。ぐへへへ。

 おっと失敬。こんな姿承太郎に見せたら一発退場されちゃいます。明日はおしとやかに行かないと。

 この日のためにさっきZORAで買ったオシャレなワンピもあるし、メイクだって勉強したんだから。外ハネボブヘアーを造るためにどれだけ試行錯誤したと思ってるの?! 十時間よ、十時間! 我ながら頑張ったわ。こんなに努力したんだから、明日は絶対承太郎の目を釘付けにさせてやるんだから!

 ……にしても一つ不可解なことがあるんですよね。承太郎くんから来たメールに、「明日の集合場所はここの病院。朝十時」と書かれ、地図の画像だけが送られてきたのです。

「こんなところに遊ぶ場所やオシャレなカフェでもあるのかな? ……まあいっか、承太郎くんと二人っきりで遊べるだけ、し――――」




 「こいつ氷川エミ。俺のまあ友達」


 集合場所には、雪女のように色白のスッピン肌で釣り目、鼻の透き通った絶世の美女が、承太郎と手を繋いで立っていました。


 (絶対彼女じゃんッッッッッ!!!)



 ――――――――。


 「え、で、誰この子」


 私たちは病院の中のカフェスペースでお茶を楽しんでいました。

 といっても私は衝撃でお茶を楽しむ余裕なんて全くなかったのですけど。


 「だから言ったじゃん。友達のエミだよ」

 「どうも……」

 「あ、どうも……」


 エミさんはか細い声で小さく会釈すると、これまた可愛らしいアヒル口でカフェオレをすすっていました。

 グラスの底まで届きそうな長髪をかき上げる仕草は、女の私でも頬を赤らめてしまうほど美しいと感じました。


 「で、今日は何で私を呼んだの?」

 「ここには呼んでない」

 「はぁ?! バカにしないで! あなたからメールが来たから先約も取り消してきたって言うのに、用がないなんてふざけないで!」


 私は机を強く平手打ちして、怒りをぶつけました。

 すると承太郎はへらへらと笑いながら、顔の前で手を横に振ったのです。


 「嘘嘘冗談だって。うーんそうだな。折り入って明子に頼みがあって呼んだんだ」

 「頼み?」

 「ああ。今日呼んだ理由はな、エミと一緒に遊んでほしいんだ」

 「は?」


 二人っきりのデートがぶっ壊されたあげく、その恋敵と遊べとは、この男ろくでもないサディスト野郎か。


 「明子も俺が書籍アレルギーってのは知ってるだろ?」

 「ええ。触れた本の世界に入っちゃうって病気でしょ?」

 「そう。それでな、エミとも書籍旅行をしたんだがなもう十分遊び尽くしちゃった感があるんだよ。でな、ここ最近エミの笑顔を見てなくて、どうか楽しい思い出を作れないかと思ってさ」

 「それで私……。なんで?」

 「明子はさ、いろんな面白い体験してるじゃんか。海の家で巨万の富をあげたり。瞬間移動装置作ったり。最近だと学会に論文を投稿したんだろ?」

 「それだいたい翠! だいたい翠が活躍した事なんだけど」

 「え、そうだったか、いやあすまんすまん。でも、明子も同じ場所にいたんだろ? だったら面白い話を聞けると思ってな。はっはっはっは!」


 (大口あげて馬鹿笑いするこの男には、タピオカを連射してあげよう)

 

 正直、承太郎とデートできることは嬉しかった。それにちょっと好きな部分はある、今でさえこの笑い方は目障りなのだが、こんなにも爽快に笑っている姿を見ると落ち込んでいた気分も吹っ飛ぶからだ。

 だからこそ、そんな承太郎に突然呼び出された時、浮かれていた自分が情けなく、恥ずかしくなってきて、私は大声をあげた。


 「大笑いすんじゃないわよ。私を呼んだ理由って、至極簡単に言っちゃえば彼女のご機嫌取りをしろっていうこと? なにそれ、私はあんたの下僕ですか? 呼び出されて、「ほれ面白い話してみろ」って言われて「御意!」って言ってもらえると思った? 思ってたら大間違いよ! 私そんなことするために来たわけじゃない! あなたちょぅっとイケメンだからってどんな男も女も言うこと聞くと思ったら大間違いだからね! もし、私が面白い話を持ってたとしても、そんな気やすく見知らぬ彼女なんかに話すわけないじゃない! 大体面白い話ってのは、自分が話したい、笑ってほしいって思う人にするもんよ!」


 私は息を荒げていた。二、三回深呼吸をし、水を飲み干すと手提げバッグを握り絞め。


 「帰る」


 そう告げて帰ろうとした。


 「ちょっと待って」

 「え?」


 私を引き留めたのは、まさかまさかのエミさんだった。


 「あなた二組の熊沢明子さんよね」

 「私を知ってるの?」

 「ええ、だって同じ学校だもの」

 「え? そうだったの」

 「ああ。エミは俺たちと同じ品切高校の同級生だよ」

 「そうだったんだ」


 小さく「へぇ~」と感嘆し、エミさんの方に目を向けると、無表情ながらに何やら嫌悪を抱いてる雰囲気が感じ取れた。


 「さっきから話を黙って聞いていたら、言いたい放題言ってくれたわね。承太郎くんの真意も知らないで」

 「おい、エミ。それは恥ずかしいから言わないでって」

 「承太郎くんは少し黙ってて」

 「はい……」


 エミさんにいさめられた承太郎は、ネズミのように小さく肩を丸めていました。


 「真意? ってなに」

 「ええ。その話をする前に、弁明させてもらおうかしら」

 「何の?」

 「承太郎くんを侮辱した数多の罵詈雑言に対してよ。まず、承太郎くんは、「ほれ面白い話をしてみろ」なんて信長みたいな乱暴な言葉遣いはしない。面白い話が聞けたらいいなって思っているだけであって、強要してない。それにあなたを下僕だなんて断じて思っていない。十分仲のいい友達だって思っている。いつもあなたとはあんな風にあっけらかんとしたやりとりをしてるのでしょう? それがいつもと同じように出ただけなのに何故かあなたは逆上した」

 「そ、それは……」


 エミさんのいうとおりだった。承太郎とはいつも平然として親しい友達のような感覚、いわゆる男友達のような感覚で接していた。でも、今日は……今日はちょっと違うじゃんか。


 「それに承太郎くんの周りの人が頼みを聞いてくれるのも、格別彼がイケメンだからじゃない。そもそも彼は私から見ればBマイナス」

 「ちょ、エミ! 酷くない?!」

 「彼の頼みを周りが聞いてくれるのは、彼が物凄く明るくて人望があって優しいから。だからみんな彼の言うことを聞いてくれるのよ。だからあなたも突然呼ばれてきた。ね、そうでしょ承太郎くんのことが大好きな明子さん?」

 「え?」

 「ちょ!」


 エミさんは顔色一つ変えず無表情で淡々と私を追い詰めた。

 

 (この女狐、粛々とおとなしい雰囲気を醸し出しておいてその実、腹は真っ黒だったのか)


 「だ、だったら何だって言うのよ! 私が承太郎……くんのことが好きだから急でも来たって言いたいの?」

 「ええそうよ。厳密には面食いではなく、承太郎くんの人格に惚れこんでいろんな頼みごとを担った。そして今日も人柄のいい承太郎くんを信じてここに来た。そんなとこかしら」

 「こっぱずかしいんですけどエミさん!」

 「ち、違うわよ! 今日は承太郎くんから遊ぼうっていうメールが来て!」

 「そんなメールはどこにもないわ」

 「え?」


 私は焦ってスマホを取り出しました。承太郎から来たメールを探しページを開くと、「明日の集合場所はここの病院。朝十時」と書かれ、地図の画像だけがありました。

 そうそれだけが。


 「あああああ!」

 「やっとわかったのね。あなたは集合場所と時間を指定されただけで、遊ぼうなんて言う文言は一言もなかったのに、来てしまった。それはつまりあなたが承太郎くんのことを好きだからよ」

 「す、すすす、好きじゃないわい! で、でもなんでこんなメール送ったのよ承太郎!」

 「実はなそれ誤送だったんだ」

 「誤送?」

 「ああ。そのメールはエミに送るメールだったんだけど、間違えてお前に送っちゃったんだよ。んで、エミの方に、お前に送るはずのメールを送ってしまった。その間違いにすぐ気づいたんだけど、本来送るはずだったメールをお前に送るのを忘れちゃって今に至るってこと。これでも十分恥ずかしいがな」

 「そ、そうだったのね……。ちなみに、私に送るはずだったメールって?」


 エミさんは、ごくりとつばを飲み込み重みを込めてこう言いました。


 「それが承太郎くんの真意」

 「真意……。だったら早く教えてちょうだい!」


 私は急いて声を荒げました。しかしそれを窘める親のように、エミさんは静かにこう呟きました。


 「いやだ」

 「どうして?」

 「まだ謝ってないから。承太郎くんに対する無礼に謝罪の念を」

 「無礼って。あなたの方がよっぽど戦国大名っぽいわ。でも私だって謝りたくない!」

 「どうして?」

 「そもそもメールを誤送したのはそっちでしょ! 先に謝るのは承太郎なんじゃないの?」

 「え、俺?!」

 「え、俺?! じゃないわよ! あなたのせいで大恥かいたのよ! ちゃんと責任とってちょうだい!」


 私が承太郎の胸倉を掴もうとすると、エミさんが割って入ってきました。


 「承太郎くんは悪くない。誤送メールにスタンプ一つで返したあなたが悪い。謝罪がない限り私は真意を話さないわ」

 「なっ! だったら私だって真意を話してくれるまで謝らないわ!」

 「いいえ、謝りなさい」

 「いやだ、謝らない」

 「謝りなさい」

 「そっちが謝って」

 「いえ、あなたが謝るの」

 「そっち」

 「あなた」

 「そっち」

 「あなた」

 「そっち」

 「あなた」


 私たち二人はにらみつけ合い、額と額をこすり合わせて怒りをぶつけました。

 そんなやり取りにしびれを切らしたのか、承太郎は私たち二人の額を突き放しました。


 「ああもうきりがない! 俺が謝ればいいんだろ? そしたらこの件は収拾が――――」

 「謝ればぁ?!」

 「え?」

 「謝ればいいってなに。私嫌々ながらに謝られてもいっそう気分悪くするだけなんですけど」

 「だったらどうしたらいいんだよ。勝負とかは勘弁してくれよ」

 「勝負……」

 「勝負……」


 エミさんと私は十数秒黙って、同時にこう言いました。


 「「それな!」」

 「へ?」

 「それだよそれ! 承太郎も案外いい提案するじゃない!」

 「ええ、それで決着をつけましょ」

 「勝った方が先に謝る」

 「そしてどちらにしても承太郎くんの真意を話す」

 「これなら公平だね」

 「いやどっちにしても俺の恥ずかしい話は明かされるんかい!」

 「それじゃあとっとと、勝負しに行きましょう!」

 「え、勝負って何するの?」

 「そんなの決まってるじゃない」

 「え?」

 「「卓球よ!」」


 こうして承太郎の真意とやらをめぐる私とエミさんの卓球勝負は始まりました。


 ――――。

 「どうして病院内に体育館が併設されてるんだろう……」


 病棟の裏側に大きな体育館があり、私たちはそこで卓球台を広げていました。

 あきれた表情の承太郎をよそに、私たちは卓球台を挟んで向かい合っていました。


 「勝負は1点先取。それ以外は何でもありよ!」

 「わかったわ。精々もがくことね」

 「ふん。言ってるがいいわ、こう見えて私、卓球は4歳からやってるの全国のジュニア大会だって優勝したことがあるのよ!」

 「エミ! 明子の言ってることは本当だぞ。あいつ小学校のころプロ選手もノーハンデで負かしたほど強くて、ハートのプリンセスなんていう異名までついたくらいだぞ!」

 「へぇ、だから何かしら? 私球技では負けたことないの。テニス、バスケ、ソフトボールじゃあ全国優勝したことがあるのよ! 私のテーブルテニステクニックを思う存分味わうことね!」

 「その減らず口、切り裂いてやるわ!」

 「それでは、実況は私エミさんの主治医の松本聡が務めさせていただきます!」

 「先生まで来ちゃった!」

 「解説は明子さんと幼馴染の承太郎さんです」

 「俺も参加するの?!」


 白衣姿の松本聡は、クイッと眼鏡を整えると片手を垂直に掲げ、大声で宣言しました。


 「では第一回! 卓上玉打ち合戦~女と女のガチ戦争!? 彼の玉も抜き取っちゃえ! 編~開幕です!」

 「なにその成人ゲームみたいなタイトル!!」


ビーーー! という電子ホイッスルが鳴り響き、試合が開始されました。


 「エミさん、よーく見ておくことね、これが十年続けて改良に改良を積み重ねた私のサーブよ!」


 私はボールを天高く上げほぼ垂直に叩きつけました。

 私のボールは電気を纏い、W字を描きエミさんの陣地に跳ね上がりました。


 「いきなり雷神サーブかよ!!」

 「おーっと! これはいきなりとんでもないサーブが出てきました! 解説の承太郎さん、これは一体!」

 「これは通常ラバーはゴム製で絶縁体なのにもかかわらず、ピンポン玉に強力な摩擦を掛けることによって静電気を起こし、玉に電気を纏わせて打ち抜くというサーブ、通称雷神サーブです。電流の軌道がワットを表すWのように見えることから別名ジェームズサーブとも呼ばれてます!」

 「すさまじいサーブだぁ! 跳ね上がったボールは天井も突き刺さりそうだぞ!」


 「ふん、その程度の猫騙しで勝った気にならないでくれるかしら?」


 「おーっと、エミ選手五メートルはある天井に悠々と届いた! なんという跳躍力だ!」


 「な! カンガルーかよ……!」


 「そしてエミ選手、体を翻しバックハンドの体勢だぞぉ!」


 「これが私の絶望技テクニックよ! ≪ブラストハリケーーン!!≫」


 「なんと! ボールが無数の竜巻を纏いながら明子選手に向かってくるぞ! 強烈な風圧で、立っているのもしんどい!」


 「その程度、莞聖姫カンソンヒ爆砕砲エクスプロキャノンに比べればどうってことないわ! ≪バキューム!≫」


 「おおっと! 一瞬にして竜巻が消えた! だけでなく、なぜボールが明子選手のラケットにくっついているんだぁ?!」

 「あれはバキュームです。その名の通り風属性の大技をすべて無効にする風属性の大技です。つまりボールに纏った竜巻をボール諸共掃除機のように吸い込んだんです」

 「なるほど! しかしあれでは2バウンドになってしまうのでは?」

 「いえ大丈夫です。パケモンの技でもあるでしょう、吸い込んだ後は……」


 「≪バースト!≫」


 「これは物凄い風圧だ! 明子選手が振り切った勢いで、突風が起き、卓球台まで宙に浮いてしまった!」

 「ですが、明子の放った球は間違いなくエミの陣地にバウンドしました! これは有効打です!」


 「へぇ。あなたも風を司るのね。だったらこれはどうかしら?」


 「な、なんだあれは! エミ選手、いきなり粉のようなものをまき散らしたぞ!」

 「ま、まさか! エミ! それは危険だやめろ!」


 「いまさら遅いわ承太郎くん。少し離れていることをお勧めするわね」


 「くっ、先生! 早く逃げてくださいじゃないとここが火の海になる!」

 「ど、どういうことですか?!」

 「エミは炎を操ることができるんです風と粉と炎といえば……」

 「粉塵――」


 「≪エクスプロージョン!!≫」


 「ぐあぁぁあああああ!」

 「なんと体育館が爆散してしまった! ですが、どうしたことでしょう、私たちと卓球台とボールは壊れていません!」


 「ふっ、爆破オチなんてつまらないことしないでもらえるかしら……」


 「明子!」

 「ななななんと! 明子選手、あたりに薄緑色のドームのようなものを張り巡らせ我々を守ってくれたというのか!」


 「いいえ、私たちだけじゃないわ」


 「どういう……ああ! 目の前がぐにゃりと歪み、爆散したと思った体育館が直っていく!」


 「≪ファントムイリュージョン≫」

 「まさか明子さん、念動力まで使えるとはね、少々侮っていたわ」

 「ふん、それなら私最大の念動力をもって、打ち返してやろうじゃないの。≪カオスハルシネーション!!≫」


 「瞬く間にピンポン玉が増える、増える増える! 千、万……いや億を超えたピンポン玉の雪崩が怒涛の勢いでエミ選手に突っ込んでいくぞ! これは、爆発に比べて絵面えづらがちょっと弱い……!」

 「確かに絵面は弱いですが、あの無数のピンポン玉から実像の一つを打ち返すのは至難の業です! エミは審美眼を扱えない、いったいどうするエミ!」


 「ええ、私には人も物も見定める力はないわ。でもね、こういうことはできるのよ。≪グローイング!≫」


 「今度はラケットを巨大化させたぞ! ピンポン玉の雪崩より大きい、そのまま打ち返すつもりだ! まさにゴリ押し!」

 「ですがグローイングはラケットを巨大化させるだけじゃありません」

 「というと?」

 「グローイングは伝染するんです。巨大化したラケットにボールが当たると、ボールまで巨大化するんです!」

 「なんと! 巨大化したラケットが本物のピンポン玉に当たった瞬間、それがラケット以上に膨れ上がったぞ!」


 「へぇ、中々のプレッシャーじゃないの。こんなプレッシャー小学校の大玉転がし以来だわ」


 「アリの気持ちになってる場合ではありません。明子選手どうこの攻撃を打ち返すのか!」


 「単純明快、シンプルイズベスト。結局爆発とか風とか変化球的なことやるより、力任せでねじ伏せるのが一番簡単ねぇ。明子さん」

 「そうね、結局このデカ物を返せなかったら私の負けだものね」

 「さあ、私の重い思いに屈服し、ぺしゃんこになりなさい!」

 「……いやよ」

 「え?」

 「いやよ。私だって絶対に負けられない思いでここにいるんだから、これしきのことで倒されてたまるかってえの! ≪ゼノグラビティ!!≫」

 

 「見る見るうちに巨大化したボールが縮んでいく! まるで深海に沈められたカップ麺の容器のようだ!」

 「いや例えが分かりづらいって! ですが、あの技はエミにとって非常に脅威になります。というのもただ小さくなったわけではない。小さくなった分だけ、あのボールに重力がかかっている。元の大きさから計算して約100G、つまり地球の重力の100倍はこのボールにのしかかっているのです」

 「おおっとその縮んだボールを今、跳ね返した!」


 「ふん、ただちょっと重くなっただけでいい気にならないでくれ……? うぉ!」


 「何ということでしょう! 跳ね返したボールは目にもとまらぬ速さで、卓球台を貫通しました! これにはエミさんも思わず飛び込んで受け止めに行く!」


 「GはグラビティのG。重さじゃない、――速さよ!」


 「ボールがどんどんラケットにめり込んでいくぞ!」


 「ぐ、ぐががががが……!」


 「エミ!」

 「重力に耐えようと、エミさんまでもが床にめり込んでいく! このままではラバーが耐え切れない!!」

 「いやそっちじゃねえ!」


 「そろそろ終いね。あなたとの勝負とても楽しかったわ」

 「な……にを……」

 「最後に一つだけ私が後悔していることを教えてあげるわ。恋愛の成功は気持ちの大きさや重さじゃない、好きな相手にいかに早く唾をつけるかが大事だってことをね! ≪天使の聖涎せいえん!!≫」


 「明子選手、投げキッスをかました! 極小の水滴がボールを包み込む! ボールが涎に包まれた瞬間、これまでとは比べ物にならない重圧が圧し掛かっている! エミさんの腕が真っ赤に染め上がっているぞおおおお!」


 「ぐ……うああああああああああ!」


 ギュバ―――――――ン!!


 「ボールがラバーと床を突き抜けたああああ! 圧倒的な力技で明子選手、エミ選手をねじ伏せた! よって勝者明子選手!」


 「わああああああ!」という歓声が体育館の入り口から聞こえてきました。どうやらギャラリーが集まっていたようです。


 「勝った、勝ったよ! 承太……ろう?」


 承太郎は、倒れているエミさんに肩を貸していました。


 「そっか。……そういうことね」


 私は滴り落ちる汗と涙を、洗顔するようにふき取りました。

 そして、二、三回口角を上げる練習をして、取り繕った微笑を浮かべて二人のもとへ近寄りました。


 「大丈夫か、エミ?」

 「ええ、大丈夫よ。久しぶりにとってもいい試合をしたわ。明子さんに感謝しないとね。あ、明子さん」

 「エミさん。こちらこそありがとう。とってもいい試合だった。私心の底からワクワクが止まらなかったもん」

 「こちらこそ楽しかったわ。物凄く爽快な気分になった。でも、いろいろ嫌味な言い方をして本当にごめんなさい」

 「ううん、こちらこそ感情的になっちゃって申し訳なかったわ。でも本当に楽しかった!」

 「最後打ち返せなかったのは悔しいけど……はぁ、負けは負けね。約束通り、承太郎の真意を教えるわね」

 「そのことだけど、教えなくていいわ」

 「え、どうして?」

 「私分かったもん」

 「分かったって?」

 「エミさんには私に送った集合場所のメールを送るつもりだった。逆に私には「エミさんに告白したいんだけどどうしよう」みたいな相談メールを送るつもりだったんだけど、それを間違えてエミさんに送っちゃった。つまり、エミさんを攻略するための恋の相談の依頼が真意でしょ。ね、承太郎!」

 「いや、その……」

 「大丈夫大丈夫! 私気にしてないから、これからもたくさん遊びましょ! 友達なんだから! それじゃ私今日は料理当番だから買い物行かなくちゃ! 卵が特売なのすっかり忘れてた、じゃあまたね!」


 私は矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、そそくさと体育館を出て行ってしまいました。

 なぜなら理由は明確。くっついた二人を見ていると、どうも涙腺の締まりが悪くなってしまうからです。

 私はスーパーについても涙を流し、料理をしている最中も涙を流し続けました。


 「うっわ、こんな古典的な間違えしちゃうなんて」


 この日の玉子焼きは今まで食べたどんな玉子焼きよりも塩辛かったのでした。




 ――――承太郎とエミは、エミの病室でくつろいでいた。


 「ほんとは明子がバイトで疲れている姿を見て、もっと笑ったりリラックスして欲しいって思って、エミと女子トークして笑って欲しかったんだけどな」

 「でも、その言い方よ。初対面の人といきなりすべらない話をしろって言われても無理でしょ。話すのも苦痛だし、聞く側も苦痛よ」

 「そんなもんかなあ。明子のストレス解消にも、エミの治療にも良かったと思うんだけどなあ」

 「まあ、私にとっては親友のライバルができてうれしい限りだけど」

 「なんだその矛盾。まあでもエミにも俺以外の友達ができてよかった、よかった! 一歩前進!」

 「……はあ、結局承太郎くんは何にも気づいていないようね」

 「へ?」

 「『何げないマンボがサンバ師匠を傷つけた』っていうことわざあるでしょ。そういうことよ」

 「いやどういうことだよ! そんなことわざねえよ」

 「ま、次明子さんを呼ぶときは、女心いえ、明子さんの真意をくみ取ってあげることね」

 「なんだよ真言って……」

 「私、承太郎くんのメールでエミさんがすぐに来たって言ったわよね」

 「ああ」

 「じゃあエミさんがすぐに来た理由はなんだと言った?」

 「そ、それは……」

 「もしそれが本当だとして、試合後倒れていた私のもとにすぐ駆け寄った承太郎くんを明子さんが見たら……?」

 「……ば、バカなこと言うな! そんなわけ……」


 首を振る承太郎の目をじっと、じーっとエミは凝視し続けた。


 「な、なんだよ……。え、まさか、本当に? ……うそだろ?」


 エミは、承太郎の額からだらだらと吹き出る玉のような汗をハンカチでぬぐい取り、こう呟いた。


 「それが、『何気ないマンボがサンバ師匠を傷つけた』ってことよ」

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