さよなら風たちの日々 第10章―2 (連載30)

狩野晃翔《かのうこうしょう》

第30話


              【3】


「どうする。ビートルズのコピーバンドやめて、クリームにするか」

 ニヤニヤ笑いながらそう言う信二に、ぼくはあわてて、

「ダメだよ。おれ、ジャックブルースのベース、弾けないよ」と短く答えた。

 その言葉に、信二も、しぃさんも、ベンジも笑う。

 さあ、小手調べは終わって、いよいよビートルズナンバーの練習だ。

 ベンジはアタッチメントを外してそれでOKだったが、ドラムのしぃさんは大変だった。各ドラムのテンションボルトを締め、ハイピッチに調整してるのだ。

「リンゴスターのドラムって、簡単でしょ」

 ぼくが訊ねると、しぃさんはとんでもない、と言うように手を左右に振り、真顔で答えた。

「逆ですよ。逆。レッドツェッペリンのジョンボーナムと同じくらい、リンゴスターのドラムをコピーするのは難しいです」

 ぼくが彼女の次の言葉を待つと、彼女は解説する。

「リンゴスターは左利きなのに右利き用のセッティングでプレイするから、タム回しが独特なんです。あと、ひとつのタムで色んな音を出してますよね。スネアだって、いきなりリムショットを打ったりして、注意して聴いてないと気づかないことをさりげなく、いたる所でやってるんですよ」

 と言いながら、しぃさんはまず右利きのタム回しをやってみせた。タム回しとは、タムの連打フレーズのことで、各タムを時計回りに連打したり、その逆時計回りで叩いたり、ときには二つ以上のタムを乱れ打ちにするジグザグという演奏テクニックだ。まず右利きのドラマーはスティックを右手から入れ、続いて左手。当然アクセントは右手のスティックで、左手は補助のようになる。左利きのリンゴスターは先に左手から入り、右手がそれに続く。

「だからビートルズのコピーでなかなかあの味がでないのは、ドラミングのコピーが難しいからなんです」

 そのあともしぃさんのリンゴスタードラムの解説は続くのだが、ドラムにはうといぼくにとっては、半分以上チンプンカンプンだった。


 やがてしぃさんのドラムセッティングが終わり、いよいよビートルズナンバーの練習となった。

 まずはハードデイズナイト、ヘルプ、キャントバイミーラブを選択。

 ベンジはジョージハリスンのギターに徹し、信二はそれにジョンレノンのギターをかぶせる。しぃさんは要所要所にフィルインを入れ、それがアクセントになる。

 久々なのに、ぼくと信二のハーモニーは息がぴったり合っていて、よどみがなかった。四年前、高校の文化祭で演奏した当時の記憶がそのままよみがえってくる。しかし今はリードギターとドラムが数段上なのでノリはそれ以上だ。

 

 都合ぼくたちはビートルズの曲8曲を何度か演奏して、小休止した。

 その小休止のとき、しぃさんが話しかけてきた。

「ふたりとも、英語の発音がいいですね」

 照れ笑いを浮かべながら、信二が種明かしをする。

「へへえ。おれたちの英語。実はジョン万次郎英語なんだ」

 首をかしげるしぃさんに、信二が説明した。

「つまりだな。ジョン万次郎英語は、レギュラーをレギラ。マイケルをマイクゥ。ミルクはミウクって発音するんだ」

「だからおれたち、歌詞覚えるのに、歌詞カード見ないの。全部耳だけで覚えるの」

 ぼくが種明かしの補足説明をすると、しぃさんが笑った。

「それ、外人さんに通じますか」

「うーん。方言やなまりに聴こえるかもしれないれど、意味通じるかもしれないな。つまりだな。北海道でいいっしょ、とか、ダメっしょとか言うじゃないか。あれ、と東京じゃ使わないんだけど、意味通じるのと同じことだと思う」

 信二が説明すると、するとしぃさんは、うなずきながら、

「でもふたりとも、ビートルズの歌、なまら上手いですよね」。

「え。ビートルズの歌、生ラーメン。うまい」

 ぼくが訊き返すと、しぃさんと信二が破顔した。爆笑に近いかもしれない。

「生ラーメンじゃなくて、な・ま・ら。なまらは、北海道ではとってもとか、ほんとうにって意味で使うんだ」

 信二の説明に今度は全員で笑い転げた。

 聞き間違いって、けっこうありますよね。実はわたしもあるんですと、今度はしぃさんが話し始める。

「わたし、高校生のとき、野球部のマネージャーをしてたんですよ」

「で、その高校で甲子園の北海道地区予選があったのね。その前日、監督がわたしに、ママレモンを用意しておいてくれって言うの」

「で、わたし、変だなぁ、何に使うんだろうって思ったんだけど、とりあえずママレモンを買って、試合会場に行ったの」

「そしたら監督、変な顔をしてね。『おれは、ママレモン用意してくれって言ったんじゃない。ナマレモン用意しておいてくれって言ったんじゃないんだ』」

 ぼくたちは弾けるように笑った。聞き違い。勘違い。いいかもしれない。ママレモン。ナマレモン。なまら。生ラーメン。

 これがきっかけでぼくたちは、新しいビートルズのコピーバンド名をナマラビートルズにすることに決めた。


               

               【4】


 ぼくたちはその後も、北海道の方言で盛り上がった。

「うるかすって、分かりますか」と、しぃさん。

 分からないんで、ぼくはボケてみた。

「うるち米で作った酒かす。うるかす」

 しぃさんと信二が大きな声で笑った。

「固い食べ物を水に浸けて、柔らかくすることなんです。じゃあ、めっこめしは」

 これも分からない。ぼくもベンジも首をかしげるばかりだ。

 すると信二が横から口をはさんだ。

「よく炊けてなくて、食べられないご飯のことなんだけど、関西じゃこれに敬語をつけると別な意味になるらしいんだ」


 後日ぼくは大阪出身の女の子にその言葉の意味を訊き、逆に「女子にそれ訊く」とさげすまれたことがある。

 その言葉。北海道の言葉は迂闊うかつに関西では使えない、という教訓にもなりそうだった。

「わや。分かりますか」と続けてしぃさん。

 いろんな似た言葉が浮かんだんだけれど。どれも違うような気がしてぼくは、しぃさんの次の言葉を待った。

「わや、は、メチャクチャ、って意味で使うんですけどね」

 そこで信二はまた横から、

「それを関西では、わや、やわって言うんだ」なんて話すものだから、

またまたぼくたちは笑い転げるのだった。


 そのあとベンジがとんでもない言葉を口にした。

「ベースを弾きながら歌ってる駿さん見てたら、あれって思いましたよ」

「駿さんって、ちょっとポールマッカトニーに似てませんか」


 そこまではいい。そこまではいいのだ。問題はそこからだった。




                        《この物語 続きます》






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