第38話

 私は一度だけ歩夢ちゃんとの通話を切り、リビングに居る悠斗くんの元へ向かった。

 ほ、本当に行かないとダメなのかな……


「ゆ、悠斗くん」


 私はリビングのドアをゆっくりと開ける。


「どうかしたの?」


 悠斗くんはソファーに座りくつろいでいた。


「あ、あのね。今からちょっとコンビニに行って来ても良いかな?」

「え? い、今から?」

 

 悠斗くんは壁に掛けられている時計を見て時刻を確認する。


「え? 一人で?」

「う、うん。一人で」

「だ、ダメだよ。もう外暗いし。街灯もそんなにないんだから。行くなら俺も一緒に行くから」

「で、でも今日じゃなくても大丈夫だから。明日にしとくね」

「そ、それならいいんだけど。本当に良いの?」

「うん。大丈夫だよ」


 そう言って私はもう一度部屋に戻り、歩夢ちゃんに電話をかけた。


『もしもーし』

「もしもし歩夢ちゃん。お父さんがね。もう外暗いからダメだって」

『そっかー。じゃあ今からこっそり抜け出しちゃおうよ。彼氏にも内緒でサプライズ的な?』

「だ、ダメだよそんなことしちゃ」

『じゃあまた今度になっちゃうね。じゃあ私お風呂入って来るから。またね』

「うん。ありがとう歩夢ちゃん」


 そう言って私は通話を切った。


「どうしよう。やっぱり自分で考えないとダメだよね」


 私は悠斗くんにされて嬉しい事を考えることにした。

 よく聞くもんね。自分がされて嫌な事はするなって。なら自分がされて良い事はしなさいって意味にもなるもんね。

 

「えーっと」


 まず名前を呼ばれるだけでも嬉しい。話してくれるだけでも嬉しい。触れているだけで嬉しい。同じ場所に居るだけで嬉しい。ハグされると嬉しい。


「何されても嬉しいよ……」


 これって私が単純なだけなのかな。

 するとドアをノックする音が聞こえた。


「小春。ちょっと良い?」

「え? う、うん! 良いよ」


 私がそう言うと悠斗くんはゆっくりと私のお部屋に入って来た。


「ど、どうかしたの? 悠斗くん」

「これどうかな?」


 悠斗くんは持っているスマホの画面を私に見せてきた。

 スマホの画面には可愛らしい服が映っていた。


「これって、服の事?」

「うん。さっきテレビで春服についてやっていてね。小春に似合う春服無いかなぁ~って思ってネットを見てみたら小春に似合いそうな服があって。買おうかなって」

「ちょ、ちょっと待って悠斗くん。私今日も服買ってもらったよ?」


 今日行ったショッピングモールで悠斗くんに選んでもらった服を買ってもらったばかりなのに、悠斗くんはまた直ぐに新しい服を私に買うつもりなの?

 そんなの……ダメだよ…………


「え? ダメだった?」

「だ、ダメだよ。今日買ってもらったばかりなのに、また新しい服を買ってもらうなんて悪いよ」

「そ、そうかな。俺は小春が喜んでくれるなら別に何とも思わないけどな」

「嬉しいけど……私悠斗くんにお礼できないよ…………」

「お礼?」


 今でさえ悠斗くんにお礼ができないほどの恩があるのに更に増えるともうどうしようもなくなっちゃう。


「うん。私悠斗くんに沢山嬉しい事してもらってるのに、私は何もできてないの」

「別に俺は小春に何かお礼をしてほしいなんて思ってないよ」

「違うの。悠斗くんがそう言ってくれるのは嬉しいけど、悠斗くんにお礼がしたいのは私の我儘なの。私、我儘だから……」


 悠斗くんがお礼はいらないと言っているのにお礼をしたがるのはただの我儘。私の我儘。

 

「そっか。じゃあ俺は小春の我儘を聞くことにするね」

「い、良いの?」

「うん。小春のお願いはなるべく聞くって決めてるから」

「じゃ、じゃあ――」


 私は椅子から立ち上がり、悠斗くんに抱き着いた。


「私の事好きにしていいよ。悠斗くんの好きにして」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る