第14話 腹が減っては戦はできぬ

 試着室を出て俺たちは合流した。静流は替えの服がなかったのでその場で購入したみたいだ。敵は、俺達がここに逃げ込んできたのをすでに把握済みだろう。今は各々がメガネやマスクをして顔を隠しているが、静流が購入した服の情報を聞かれてしまえば、特定される時間がぐっと短縮してしまう。そうならなければいいが。そんなことを考えながら俺たちは店を後にする。


 現在地は目的地でもある原宿だ。もっというと原宿の竹下通り。後は夜になるまで全力で楽しむだけだ。ここでは、“全力で”ということがポイントになる。相手はプロ集団。警戒していれば怪しまれてしまう。ここまで危険を犯して原宿まできたのは、同い年くらいの学生がたくさんいるからだ。単純な作戦だが、いかにプロであっても特定するまでかなりの時間を要するはずだ。一番の目的は別にあるが


「よし!ここからは光くんの作戦通り、ボーナスステージだ!全力で楽しんで、周りが帰る時間に合わせて僕らも場所を移す。楽しんでいこう!」


 「僕はちょっとトイレ」と朱記さんは走って近くのレストランに入っていった。なるべく別行動は避けたい所だが、生理現象はしょうがない。


「本当にうまくいくかしら・・・」


 静流が不安になるのも無理はない。俺だって不安だ。だけどここからは人が多すぎて狙撃もできないだろう。もし敵が至近距離でなにか行動を起こしてきた時は、朱記さんの能力で記憶を書き換えてもらえばいい。万が一のときは静流だけでも、能力を行使して逃げることが可能だ。


 静流の能力のデメリットは短時間でも過度な疲労がくること。朱記さんは対象者に起こった全ての事象を見ることはできないということ。例えば寝ている間に対象者の周りで起こったことなどは見ることはできない。


 二人の間のデメリットの落差が気になったが、能力自体、この人類にとってイレギュラーなことだ。比べるのはナンセンスか。とにかく、静流に能力を使わせるのは彼女が逃げる時だけ、最終手段だ。


「ちょっと、そこの可愛らしいお嬢ちゃん」


「え?私?」


 俺が考え事をしている間に静流は温厚そうな老夫婦に道を聞かれていた。若者が多い場所とはいえど、年齢層はバラバラだ。こういうこともよくあることだろう。特に警戒することではないはずだが


「光!まずいことになったわ!」


 いきなり声を出すので俺だけじゃなく老夫婦もびっくりしているようだった。


「このご老人たち、きっと刺客だわ!」


「は?」


 何を言い出すかと思えば、老夫婦もはてなといった顔をしている。これ以上彼らを困らせないでやってくれ。これ以上俺に恥ずかしい思いをさせないでくれ!


「ほら!マンガとかアニメでよくあるじゃない!!ニコニコしてるジジババはたいてい最強の敵なのよ!!」


 ばかやろう!ジジババは失礼すぎるだろ!いや、ここは静流の発想の方をツッコんだほうがいいのか?とにかく俺は老夫婦に何度か頭を下げ、探している場所をスマホで調べて彼らに伝える。彼らは文句一つ言わずに「ありがとうね」と言ってこの場を去っていった。優しい人達でよかったな。


「待たせたね~」


 そんなことをしていると朱記さんがお手洗いから戻ってきた。


「いや~なかなかブツがでなくてね~もっとこう、ぶりぶりうんちっちって感じで素早く出てくれればよかったんだけど」


「いや、別に聞いてないっす」


 ぶりぶりうんちっちってなんだよ・・・


 その後、俺たちは全力で原宿の竹下通りを堪能した。捜査の撹乱のために一応服を何回か替えたり、静流が異様にやりたがっていたプリクラも撮った。中でも彼女たちの気分を常時上げていたのが、食べ歩きだった。竹下通りは東京の中でも屈指の食べ歩きスポットだ。昔からある老舗のクレープ店から最近流行りのタピオカ店まで、いかにも女子高生が好きそうなスイーツ店が軒並み並んでいる。え?タピオカはもう古い?


「次はここのクレープ食べたい!」


「クレープ何個目だよ・・・」


 やはり今日の竹下通りは普段と違って警察が多いようだ。数分歩くだけでも何人もの警官すれ違う。


「なんか今日、警察の人多くない?しかも全員サングラスみたいなのかけてたし」「さっき迷彩柄の服の人たちもいたよ」「自衛隊でしょ?そんなのもしらないの~」「忘れてただけだし!しかも銃も持ってた・・・あれ本物かなぁ?」そんな会話があちこちで聞こえる。目的はもちろん、俺たちの確保に違いない。こころなしか、敵の数も徐々に増えてきている気がする。時刻は夕方4時、冬なので日が落ちるのが早い。徐々に駅に向かう人達も多くなってきているようだった。さて、俺たちもそろそろここから抜け出そう。


 人の流れに合わせて、竹下通りを抜けたすぐ目の前にある明治神宮前駅へ向かう。しかし


「君たち、ちょっといいかい?今ここのエリアに凶悪犯がいるという情報が入っていてね。竹下通りを抜けていく人たち全員を対象にして、こうやって顔のチェックしているんだ。すぐ終わるから、マスクとメガネを外してもらえないかな?」


 出口直前で一人の警官にそう言われた。

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