第9話 かもしれない

「対象者の記憶を書き換えることもできる。」


「!?」


 それを聞いてまっさきに考えたことは、朱記さんが、静流の記憶を書き換えたのではないかということ。


「僕が彼女の記憶を書き換えたのではないか?と思っているね?」


 やはり、能力は本物のようだ。だめだ、思考が読まれてしまう。俺は今まで高校のテストなどは比較的省エネな対策で平均点以上をキープしてきた。しかしこれはレベルが違う。対策のしようがない。


「勘違いしてほしくないので言っておくけど、僕は映像としての記憶を見れるだけで思考は読めない。今の君の顔はあからさますぎだよ。」


 はははと彼は笑う。さらに彼いわく、記憶は対象者の一人称視点でしか見れないという。まあその人の記憶を映像としてみているわけだから、当たり前と言えば当たり前なのだが、アニメとかでよくある三人称視点の回想シーンとは違うということだ。また、対象者の意識がないときに起こった出来事なども見れないらしい。これも少し考えれば当たり前のことだ。


「そして彼女の記憶はいじっていない。証明のしようがないから信じてくれとしか言いようがないが。」


「だったら彼女の記憶を見て、もし忘れている記憶があるなら引き出してくれよ。」


「僕は構わないが・・・」


「絶対嫌よ!!」


「そうだろうね。」


 能力を使うと、一瞬で対象者の持っている記憶が全て流れ込んでくる。文字通り全てだ。例えば、トイレをしているところなどは絶対に見られたくはない記憶だろう。と彼は言う。全てを見た上で、記憶の混濁や忘れている大事な出来事は違和感として現れる。その違和感をスマホのアプリを開く要領でタップするとその記憶が見れるようになるのだそう。


「とりあえず朱記さんを信じる。けどだめだ。情報量が多すぎて頭がパンクしそう。」


「まあ、その気持はわからなくはないわ。新しいことを始めたり、新しい情報を知ることは疲れるもの。」


「じゃあ、一旦帰りますか。」


 そう朱記さんは言う。彼らはどこに帰るのだろうか。やはり研究所か。


「とりあえず光くんの家まで送ろう。」


 俺は別にいいと何度も言ったが、最終的に静流の「否定ばっかりしていたら何も始まらない。何も生まれない。現状維持のままよ。あなたの現状はそんなに心地いいの?」という言葉で妥協した。別にそこまで重い話をしているわけではないのだが。こいつ、そんなに俺を家に送りたいのかよ・・・。ふぅん、最高じゃん。


 家についたのは、お昼過ぎくらいだった。ふぅー。今日はなかなかハードだったな。多すぎた情報量が徐々に整理されていく中、ベッドで横になっているとふと思った。


「静流たちの連絡先を聞くの忘れた。」


 これ、一生会えないのではないか?静流たちは特別に数日間、研究所から出られるようになったと言っていた。逆に言えば数日経ったら研究所から出られなくなるということだ。急激に焦りがこみ上げてきた。もう静流に会えなくなるのは嫌だ。どうする今から追うか?あれから何時間経ったと思っているんだ。クソ。どうする。どうすればいい。


 数時間後、俺の焦りは杞憂に終わった。


「ただいまー!!」「たっだいまー!!」


 やけにテンションの上がった静流と朱記さんがうちの玄関扉を勢いよく開けて入ってきた。

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