第4話 聞きたくない

「おまたせしました。」


「やあ。おかえり。」


「あの、俺はどこに座ればいいんでしょうか。」


「どちらでも好きな方に座るといいよ」


彼らがいるのは四人席だ。心乃(しの)とゼロロクさんは向かい合った状態で座っている。俺としては心乃の隣に座りたいが鬼の形相で睨まれている。かと言って女の子一人を男二人が見つめている図はなんだかしっくりこない。


「ははは、そんなことで迷う必要なんてないさ。彼女の隣に座るといい。」


「・・・そうさせてもらいます。」


 心乃も嫌がってはいるが、何も言ってはこない。普通、誰がどこに座るかなんて些細な問題でしかないのだから、気にしている方がおかしいのだろう。だけど、その場に好きな人がいる時は別だとは思う。現にこうして気にしまくっているのだから。


・・・


 何から話したらいいのだろうか。心乃に会えたら話したいことがたくさんあったはずだ。席についてなお、俺がおどおどしているので心乃は苛立っている様子だが、俺の斜め左に座るゼロロクさんは微笑みを浮かべ、俺が話を切り出すのを待っていてくれる。


「・・・心乃、まずはいきなり、ごめん。でも、生きていてくれて本当に」


「その呼び方やめてくれる?」


「え?」


「私の名前は、静流(せいら)よ。」


 ・・・いや、彼女は心乃だ。それは間違いない。でも今の彼女は記憶をなくしているのだ。どこまで昔のことを覚えているのかはわからない。自分の名前も忘れてしまっているのか。だとすると、昔の記憶はほとんどないのではないか?とにかく、心乃に嫌われるわけにはいかない。嫌われたくない。今後はなるべく話を合わせることにしよう。


「そうか・・・じゃあ静流。俺のことは本当に何も覚えていないのか?」


「1ミクロも覚えてない。そもそも外の世界に出たのも10年ぶりくらいだし。」


「10年・・・」


 あまりにも長い年月に俺は驚く。彼女は最近までずっとリハビリをしていた、もしくは眠っていたのだろうか。


「静流は、どこの病院にいたんだ?」


「は?」


 ストーップ!!と軽快な声で話を遮られる。


「まずはお互い、自己紹介が先なんじゃないかな?」


「あ、すいません。つい興奮してしまって。」


「まあ。彼女はいわゆる美少女だからね。興奮してしまうのも無理はない。」


 そういうことではないんだが・・・とにかく、仕切り直しだ。


「改めまして、俺の名前は朝立光(あさだつひかり)です。」


「朝立・・・どこかできいたことがあるような・・・あ!ぼっきだ!朝ぼっきだ!!」


 唐突な下ネタに驚くも、そう言われることには昔から慣れている。はは、と苦笑いをしていると彼は話を続ける。


「趣味は何だい?」


「えっ、特に何も・・・」


「なーんだ、それじゃあつまらないじゃないかぁ。」


「あ、でも、マンガとかアニメはよく見ます。」


「へぇ、マンガやアニメの何がいいんだい?」


「ライトなところですかね。」


「ライト?」


「はい。マンガやアニメといっても色々なジャンルがありますからね。中には勉強にフォーカスした内容であったり、政治にフォーカスしたものであったり。ただ漫然と過ごしていただけじゃ絶対に興味を持てないであろうこともマンガやアニメだと軽く、さらっと見れて、気がついたらそのテーマにハマってしまっている、なんてことも多々あります。」


「つまり、マンガやアニメは何かにハマるきっかけを与えてくれるということかな?」


「はい。俺はそう思います。」


「君は意外と明るい性格をしているんだね。癇に障ったら申し訳ないけど、大切な人を亡くしてしまっていたようだから、もっとふさぎ込んでしまっているのかと思っていたよ。」


 確かに、ついさっきまで俺は絶望の淵にいた。だけど今は違う。その理由ははっきりしている。


「なんにせよ、明るいことはいいことだ。さて、僕たちも自己紹介をしよう。僕の名前は朱記(あき)。気軽に朱記と呼んでくれ。あと敬語は使わなくてもいいよ。趣味は、人間観察かな。そしてこっちは・・・」


「私は静流。さっきも言ったけど、あなたと私は初対面よ。」


「彼女はある時を境に記憶をなくしていてね。もしかしたら君が言うように、君と彼女は昔、接点があったのかもしれないね。」


「ちょ、余計なことは言わなくていいのよ!」


 俺の予想は確信に変わった。やはり記憶をなくしている。かもしれない、ではない。俺と彼女に接点があったのは紛れもない事実だ。


「でも・・・」


 冷たい声。なんとなくその先で紡がれる言葉は聞きたくない。けれど彼女は続ける。




「私があなたを心底嫌っているのは、紛れもない事実だから。」



「・・・そうか、ごめん。」


 俺は努めて冷静に言葉を返す。だけど知らなかった。好きな人に嫌われるのが、こんなに辛いことだなんて。

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