第3話 場所を変えよう

「ちょっとあなた、頭、大丈夫!?」


 心乃は続けてこう言った。


「私を誰かと勘違いしているみたいだけど、あなたとは初対面よ?」


「からかわないでくれよ。俺だよ、朝立だよ。昔からひーくん、ひーくんって呼んでいただろ?」


「ゼロロク、なによこいつ。怖いんだけど。」


 そう言って彼女は俺との距離をとる。顔は若干大人っぽくなったものの昔の心乃と変わらない。間違いない。こいつは心乃だ。俺が間違えるはずがない。何年君を追ってきたと思っているんだ。ストーカーをなめるなよ・・・だけど、彼女の表情や態度でわかる。俺のことを心底嫌っている、蔑んでいると。しかし、俺もバカではない。あんな態度をとられれば嫌でもわかってしまう。


 彼女にあの頃の記憶はないんだと。


 記憶喪失。なんらかの原因で脳が損傷した場合に起きることがある。そして彼女の場合、原因は一つしかないはずだ。俺が黙り込んでいると、心乃と一緒にいた男が口を開いた。


「とりあえず、場所を変えようか。ここじゃ目立つからね。すごく。」


 まあ、そうだろう。ここは道のど真ん中だ。このまま居続けると周りの迷惑になる。


「駅前にカフェがあるんだ。俺は行ったことはないけど、有名なチェーン店だから心乃も、えっと、ゼロロク?さんもすぐにわかると思います。俺は制服だから一旦家に帰って着替えてきます。15分くらいで戻ってきますので、よかったら待っていてくれませんか?」


 今の心乃にこのような提案をしても承諾してくれるとは到底思えない。だからあえて俺は彼女と一緒にいた男性に話を持ちかける。服装は黒いコートに灰色のタートルネック、黒のスキニー。髪は茶髪でミディアムヘア、目はくっきり二重。身長は俺より高い。年は・・・大学生くらいか?いわゆる爽やかイケメン。くそ、勝てるところが一つもねぇ。心乃とはどんな関係なんだろうか。恋人ではなさそうだが。なんであれ付き合っていないならなんでもいい。一方心乃は、黒いダウンジャケットに紺のダボダボのスウェット、そして黒いスカート。あの頃と変わらない黒髪ロングで身長は俺と同じくらいか少し小さいくらい。え、なに?女優さんですか?付き合ってください。


「ちょっとなに勝ってなこと言ってるのよ。」


「まぁまぁ、別にいいじゃないか。それにもう、売り切れているよ。」


「・・・はぁ、そうね。あなたのせいで、一日限定10個の特製ケーキが食べられなくなったんだから、責任とってカフェ代は全額負担しなさい!それが絶対条件!!」


 それであんなに走っていたのか。そういえば心乃は昔から甘いものが大好きだったな。

 

 この時間に学生がカフェにいるのは不自然だろう。10数分後、俺は制服から私服に着替え、駅前のカフェに向かった。店の扉を押して中に入ると二人が何か話しているのがわかった。しかし何を話しているかまではこの距離からじゃわからない。


「ゼロロク、なんで場所を変えようなんって言ったのよ。無視すればよかったじゃない。」


「面白そうな子だったからつい、ね。それに光くんは悪い人じゃなさそうだ。」


「目つきは悪人っぽかったけど。確実に何人かやってるわよ、あいつ。死んだ目をしてた。」


「まあまあ、君を昔の幼馴染か誰かだと思っているみたいだし。僕の予想では、その子をなにかの事故や事件で亡くしてしまったんだろう。目を見ればわかる。つらかったろうに。」


「目を見ればわかる、ね。普通はわかるものかしら?」


「君だって、目を見て悪人っぽいと判断したんだろう?」


「まあ、そうだけど・・・。」


「それと、これからはゼロロクって呼ぶのはなしにしよう。かっこ悪いからね。」


「じゃあ、なんて呼べばいいのよ?」


「朱記(あき)でいい。なんなら朱記お兄ちゃんでもいい。」


「・・・じゃあ私のことも静流(せいら)って呼んで。」


「おや?心乃ちゃん、と呼ばなくていいのかな?」


「ぶん殴るわよ?」


「はは、冗談だよ。君のパンチは避けれないからね。」

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