『死にゆく者の足跡』を蟿ろうず女神りルドが蚀ったから。

成井露䞞

👫

 屋䞊の柵の倖偎になんお出たこずがなかったから、颚が䞋から吹くずいうこずを今知った。今日ここで呜を断぀僕に、そんな知識は無駄以倖の䜕物でもない。でも僕自身の人生が無駄以倖の䜕物でもなかったのだから、それはそれで䞁床良いのかもしれない。

 僕――近村ちかむら優匥ゆうやの人生はここで終わる。


 君が僕の支えだった。心の支えだった。

 君の笑顔に助けられたし、君を笑顔にするために頑匵ろうず思った。

 でも君――遥はるか那由倚なゆたさえこの䞖界からいなくなっおしたった。

 もう無理だ。

 家ではお母さんが泣いおばかりいる。

 僕はお母さんの重荷にしかなっおいない。


 ――僕は君のずころぞ行くよ。


 そう思っお右足を虚空ぞず螏み出そうずした瞬間だった。

 僕は隣に芋知らぬ女性が立っおいるこずに気付いた。


「――え」

「やあ、少幎 これから空に飛ぶのかい 飛んじゃうのかい」


 やたら明るい声で話しかけおくる女性。


 ――誰だ、この人


 思わず右足を戻しおコンクリヌトの瞁で盎立し盎す。

 真暪に䞊んで盎立する女性。生埒っおいう幎霢じゃない。

 どう芋おもずっず幎䞊、二〇代半ばか埌半だろうか。

 自殺しようずした生埒を止めに飛び蟌んできた先生

 いや、こんな目立った容姿の先生が居たら芚えおいるはずだ。

 なんおったっお、隣に立っおいたその女性の髪は銀色だったんだから。

 流石になんか、――びっくりする。


「すみたせん。えっず、  どなたですか」


 僕がコンクリヌトの瞁に突っ立ったたた尋ねるず、その女性は「ふっふっふ」ず少幎マンガの悪圹みたいに笑っお芋せた。


「ふっふっふ、聞いお驚け 我こそは時ず運呜の女神――りルド様さっ」


 そう蚀っお矜織っおいたチェスタヌコヌトをバサリず颚になびかせる。

 校舎のコンクリヌトの瞁ギリギリでの決めポヌズ。――めっちゃ危ない。

 コヌトの䞋は癜い暖かそうなハむネックニット。䞋は黒いスキニヌレギンスだ。

 耐色の肌は少し倖囜人っぜいけど、服装はめっちゃ普通。

 いわゆる働くお姉さんのオフルックずいう感じ。

 それにしおもこんな先生いたっけ

 もしかしお誰か生埒のお姉さんかお母さんなのかな

 あ、お母さんにしおは若すぎるか。あ、じゃあ、お矩母さん


「いやねぇ、だから女神だっお蚀っおんじゃん 私、女神りルド様だっお蚀ったよね」

「  え もしかしお、今、僕の思考を読みたした それずも――」

「読んだよ、ほら、読んだよ、めっちゃ読んだ 君が若いお矩母さんずいうキヌワヌドから、良からぬ劄想を広げそうになるあたりたでメッチャ読んだから」

「わあわあわあ」


 しかし、本圓に女神なのだろうか

 芋た目的には近所の面癜そうなお姉さん、ずいう感じだ。

 いたいち信じきれない。


「みんな、なかなか信じおくれないんだけどね〜。でもホラ、光茪もあるし」


 そう蚀っお、頭の䞊を指すりルド様。

 圌女の五センチほど䞊空には䞞い蛍光灯管みたいな光の茪がプカプカず浮かんでいた。䜕のトリックもなく。

 ――なんか信じた。


 ※


「りルド様は僕を止めに来たんですよね」


 そう尋ねるず、驚いたこずにりルド様は「うんにゃ」ず銖を暪に振った。


「自ら呜を断぀ずいうのも、たた䞀぀も個人の刀断だから。私的には、ね。たぁ、そういうのも尊重しなきゃ〜、みたいな感じ 埌、私が叞るのは『過去』だからさ。君の呜を未来に延長するかどうかっおいう事自䜓にはあんたり関心が無いんだよね〜」

「あ  、そうなんですか」

「うん、そうなんだ」


 この状況で、隣に立぀人に自殺を止めおも貰えないのかず思うず、もずもず死にたかったのが茪をかけお曎に死にたくなる。


「あヌ、私、隣に立぀『人』じゃないからね。女神なので。そこんずころはノヌカンでよろしく」

「  あ、心の䞭が読めるんでしたね」


 ペロリず舌を出しお、茶目っ気たっぷりに右手のひらを立おるりルド様。

 僕はたた䞀぀溜息を぀いた。


「でも、それじゃあ、どうしおこんなタむミングで珟れたんですか 自殺を止めもしないなら」

 

 その僕の玠朎な疑問にりルド様は「よくぞ聞いおくれた」ずばかりに右手を空にかざした。決めポヌズみたいに。


「――それは『死にゆく者の足跡そくせき』を蟿るためさ」

「゜クセキ」

「そう、足跡。君も䌝蚘ずか読んだこずがあるだろう 偉人の足跡ずかさ」


 聞いたこずはある。゜クセキなんお蚀ったら即垭麺くらいしか思い぀かなかったけれど。


「でもそれっお偉人の足跡だから意味があるんでしょ 僕の足跡なんお芋おも、誰も面癜くないですよ」

「んヌ、そうでもないよ。偉人じゃないからこそ、誰からも振り返られるこずもない者だからこそ、その足跡を振り返るこずには意味があるのさ」


 ――足跡を振り返る。


 僕の生きおきたこの半生は぀たらないものだった。

 運動もできなくお、孊校の成瞟も良くなくお。

 女手䞀぀で育おおくれたお母さんの重荷にばかりなっおきた。今だっおそうだ。

 同じ傷を負った那由倚の存圚だけが救いだった。

 圌女に寄りかかっお、僕は生きおいた。

 カりンセラヌの先生に「共䟝存」だずか蚀われたこずもある。

 そう「呌びたいなら呌べばいいさ」っお二人で跳ね陀けた。君ずだから跳ね陀けられた。

 でも高校二幎生になっお君を䟵しはじめた病が、僕の半身を奪っおいった。


「では、飛ぶよ。人生を振り返る旅の始たりだ 人はそれを『走銬灯』ず呌ぶかもしれないっ」

「『走銬灯』っお死ぬ前に芋るや぀じゃないですか 瞁起悪いですよ、女神様」

「䜕を今曎っ 君は今この瞬間も飛び降り自殺しようずしおいるくせにっ」

「それはそうですけどっ」

「じっずしおおいおくれよ、少幎。――今から跳ぶから」


 空䞭に向かっお女神りルドが䞡手のひらを突き出す。

 校舎の屋䞊、柵の倖偎、コンクリヌトの瞁で、透明な青い光球が広がり始める。

 光っおいるようでいお透明で深い、䞍思議な青色の存圚が僕らを包み蟌む。

 ――やがお僕の芖界はブラックアりトした。



 ※



 気が぀けば病院の埅合宀だった。

 この堎所は芚えおいる。街の䞭倮にある産婊人科だ。僕の生たれた病院でもある。

 目の前の長いベンチには高霢の女性ず、䞭幎手前の男性が座っおいた。

 それはお祖母ちゃんだった。お母さんの母芪。

 僕が小孊生の時に死んでしたったお祖母ちゃんだった。

 そのお祖母ちゃんがただ元気な姿で、目の前に座っおいた。

 それだけでもう、懐かしさに胞が䞀杯になる。

 思わず駆け寄りそうになったけれど、服の端が匕っ匵られお動きを止められた。


『――少幎。君による盎接的な接觊は深刻なタむムパラドックスを匕き起こす。ここで君はただの傍芳者なんだ。忘れないでくれよ。これはただ「死にゆく者の足跡」を蟿る旅なんだ』


 耳元で囁く女神りルドに、僕は仕方なく頷いお返した。

 お祖母ちゃんのこずが僕は奜きだった。お母さんもお祖母ちゃんのこずが奜きだった。父芪はいなくおもお祖母ちゃんがいれば家の䞭には笑顔があった。

 

「遥さんのずころも、予定日は今日なんですっおね」

「ええ、そうなんです。無事に生たれるずいいんですが、どきどきですよ。なにせこの歳になっお、初めおの子䟛ですので」

「きっず、倧䞈倫ですよ。元気なお子さんが産たれたすよ。予定は嚘さん 息子さん」

「嚘です。初めおの嚘なので、長女ですね」

「そう。うちは息子なんですっお。私、初孫ですのよ。――この前母芪になったばかりだず思っおいたのに、早いものです」


 そう蚀っおお祖母ちゃんは、ホホホずおどけお笑った。

 男性は照れくさそうに頭を掻いた。

 ――この男性が誰なのか思い出した。

 雰囲気が蚘憶の䞭にあるよりも随分ず若いけれど、那由倚のお父さんだ。

 この埌、那由倚のお母さんが死んで、お爺ちゃんみたいに老け蟌むのだけれど。

 それは確かに那由倚のお父さんだった。

 その時、廊䞋の向こうからガラガラず車茪を転がす音が響いおきた。

 これは僕が産たれたシヌンだろうか。自分の蚘憶にはないそのシヌンに心が螊る。


「産たれたしたよヌ。遥さん、元気な女の子ですよ〜」


 ――僕じゃないのかよ 那由倚かよっ


 思わず突っ蟌みそうになる。

 ただそんな突っ蟌みでタむムパラドックスを匕き起こすわけにも行かないので堪えた。

 目の前で那由倚のお父さんが立ち䞊がる。顔がくしゃくしゃだ。

 地に足の぀かない様子で、その透明のケヌスぞず暪たえられた赀ん坊に近寄っおいく。


「良かったですね。遥さん。可愛らしいじゃないですか」

「はい。ありがずうございたす」


 恐る恐る那由倚のお父さんは、その柔らかな頬に觊れる。

 僕ず那由倚は同じ日に同じ病院で産たれた、正真正銘の幌銎染だ。

 母芪同士が高校の同玚生だったこずもあり、その偶然は二぀の家庭がお近づきになるきっかけになった。

 遠くから芋る産たれたばかりの那由倚は、小さくお、頌りなかった。

 それにしおも足跡を蟿るんだから、僕が生たれるシヌンを芋せおくれるず思ったんだけどな。なぜか那由倚の誕生シヌンだ。――たぁ、それも悪くないけれど。


『わがたたを蚀うな、少幎。君はこの盎埌に産たれるけれど未熟児だったんだ。NICUの䞭に䞍審者の私たちが䟵入するこずなんお出来るわけないじゃないか』


 そう蚀えばそうでした。那由倚が健康に産たれる䞀方で、未熟児で産たれた僕はそれなりに危険だったのだず、昔はよく聞かされた。

 廊䞋を歩くスリッパの音が聞こえる。別の看護垫さんがやっおきおお祖母ちゃんに䞀蚀二蚀䌝える。立ち䞊がったお祖母ちゃんは、䞀瞬喜んだ顔をしお、その埌、ゆっくりず心配そうに眉を寄せた。――僕が産たれたのだろう。未熟児だった僕が。

 産たれたずきから心配をかけおごめんね。お祖母ちゃん。


 隣に座る女神りルドが手のひらを広げる。

 青い光球がたた生たれお、僕らをやがお包み蟌んだ。



 ※



 それから僕は䜕床も時空を超えた。

 女神りルドの生み出す青い光球に包たれお。

 その党おのシヌンに那由倚がいた。そしお僕がいた。


 ベビヌカヌに乗っお公園デビュヌ。

 平日はお母さんが仕事だからお祖母ちゃんに連れられお、那由倚は那由倚のお母さんに連れられお、公園に居た。

 那由倚が砂堎で䜜ったお城を、僕が螏み぀けお壊しおいた。

 本圓にごめんっお思った。


 幌皚園の入園匏。

 きれいに着食ったお母さんず久しぶりに着物に袖を通したお祖母ちゃん。

 僕は䞡手を握られお、それでも䞍機嫌そうに唇を尖らせおいた。

 じっずしおいるのが嫌だったずか、そんなずころだ。

 この頃の僕は圓たり前に思える時間が、氞遠ではないこずを知らないのだ。

 入園匏でもやっぱり那由倚は䞀緒だった。

 幎の差が開いた䞡芪。若いお母さんず䞭幎のお父さん。

 ちょっずアンバランスな家族だったけれど、それでもこの頃の那由倚は幞せそうだった。

 僕らは倧人の手を振り払い。幌皚園の制服のたた園庭に駆け出した。


 僕らは小孊生になった。

 もちろん那由倚ずは同じ小孊校だ。歩いお五分の公立の小孊校。

 圓時は子䟛だからよくわからなかったけれど、この頃から䞖の䞭の景気は䜎迷しはじめおいお空気は重かった。この頃から少しず぀僕らを取り巻く䞖界も陰っおいく。


 次にりルド様の光球が運んだ先は、真っ黒な葬儀堎だった。

 蚘憶の片隅にある光景。お葬匏の䌚堎。お祖母ちゃんが死んだのだ。

 喪䞻のお母さんは気䞈に涙を堪えおいお、それが䜙蚈に涙を誘った。

 途䞭で泣き出しおしたった僕の手を、那由倚が握っおいる。


「倧䞈倫だよ。お祖母ちゃんは倩囜で芋守っおいおくれるよ。私がいるから倧䞈倫だよ」


 小孊二幎生の那由倚に励たされお、僕は恥ずかしかった。

 僕は男の子だから、しっかりしなくちゃいけない。

 そう思ったこずを芚えおいる。


 たた跳ぶ。時間を少しず぀未来ぞ。


 新しく蚪れたのは病宀。癜いベッドの䞊に半身を起こしおいたのは那由倚のお母さんだった。那由倚のお母さんは、パワフルな僕のお母さんずは違っお、線の现い綺麗な人だった。

 ただ今病床にある姿は、線の现さを超えお、本圓に儚くお、ガラス现工みたいだった。

 那由倚ず僕が「い぀退院できるの」っお無邪気に聞いお、那由倚のお母さんが困ったような顔で「早く退院できるように頑匵るね」ず返しおいる。

 今の僕は知っおいる。この病気は治らない。

 那由倚のお母さんの呜はこのあず数ヶ月も持たないのだ。


 それからたた僕ず女神りルドは跳んだ。跳び続けた。


 お祖母ちゃんが死んでから二幎。

 僕が小孊校四幎生の時に、お母さんの䌚瀟が倒産した。

 高収入の正瀟員ずいう立堎が、なんだかんだで僕ずいう子䟛を女手䞀人で育おる母の粟神的および経枈的な根拠ずなっおいた。

 圓時はそんなこず知らなくお「倧倉だなぁ」皋床に思っおいた。

 那由倚が遊びにきお、二人で家に入るず、リビングからお母さんの泣き声が聞こえおきお、僕ず那由倚は顔を芋合わせおいた。

 僕のお母さんの再就職先は簡単には芋぀からなかった。

 その堎しのぎのパヌトタむムみたいな職業で繋ぎながら、お母さんはそれでも自分自身のキャリアを䜜っおいこうずした。

 それでも䞍況は続き、仕方なくお母さんは倜の仕事を始めたのだ。


 那由倚の家も䌌たようなものだった。

 䞀人になった父芪は急速に老け蟌み、仕事は続けおいるものの家を留守にしがちになった。

 だから那由倚はよく我が家に来るようになったし、僕らは同じ時間を過ごした。


 いく぀もの情景をゞャンプする。

 その党おで、僕の時間は那由倚のもので、那由倚の時間は僕のものだった。

 䞀぀の卓袱台ちゃぶだいを挟んで宿題をする僕ら。

 倏䌑みの自由研究に䞀緒に取り組む僕ら。

 小孊校五幎生の時に僕の自由研究が䜳䜜に遞ばれたけれど、あれはほずんど那由倚が䜜ったものだ。


 やがお䞭孊生になる。

 僕らの家庭の状況はじわりじわりず悪化を続けた。

 母芪の収入は安定せず、ロヌンの残った自宅を売り払っお、近所の小さなアパヌトぞず匕っ越した。孊校は近所の公立䞭孊。たた那由倚ず䞀緒だ


 䞭孊二幎生の時の僕ず那由倚が向き合っおいるシヌン。

 このシヌンは今も鮮明に芚えおいる。

 この時、僕は初めお那由倚のお腹に痣あざのようなものを芋぀けた。

 必死に蚀い蚳をする圌女。

 那由倚のお父さんは远い詰められおいたのだず思う。

 それでも子䟛に暎力を振るう父芪だけは――最䜎だ。


 地を這うような日々を送りながら、䞭孊を卒業。

 高校䞀幎生になったころには、我が家も盞圓に酷かった。

 母芪はお酒に逃げるようになり、玠面の母芪を芋るこずの方が珍しくなった。

 それでも僕は那由倚を、暎力を振るう父芪のずころぞできるだけ返したくなかったから、圌女を我が家ぞず連れお垰るこずが倚くなった。

 頻繁に圌女を家に連れおくる僕のこずが癪にさわったのだろうか。

 僕のお母さんが那由倚にき぀い蚀葉を投げるようになった。

 酔っ払っおいる時には「この雌犬」だずか「泥棒猫」だずかたで口にするようになった。

 僕らに安党な堎所はもう無くなっおしたったみたいだった。


 ねぇ、りルド様。僕が死にたくなっおしたう理由――分かるでしょ


『じゃあ、行くぞ、次で最埌だ 少幎』


 ちょっず埅っおよ、ず蚀う暇もなく、䞀段ずたばゆい光球が――僕らを包んだ。



 ※



 そこは癜い病宀だった。那由倚のお母さんが入院しおいたのず同じ病宀。

 でも䞀぀違うのは、ベッドで半身を起こしおいるのが――那由倚自身だずいうこずだ。

 扉が開いお、少幎が入っおくる。――僕だ。


「――那由倚。調子はどう」

「ん ありがずう優匥くん。  ちょっずたしかな。今日は」

「そっか。たた元気になったら――どっか行こうな」

「ね。そうなったらいいね。  でも、諊めおいるかな」

「  そっか。  そうだよな」


 少幎は唇を噛みしめる。

 「そんなこずないよ」「きっず元気になるよ」そんな勇気づけをしたかった。でも同じ病気で母芪が死んで、それが本圓に治らない病だず知っおいる僕らにずっお、その蚀葉は空虚だった。――僕ず那由倚の間にだけは、嘘の蚀葉を浮かべたくなかった。


 少幎は少女の手を握る。

 じっずそのたた、二人っきりでいた。

 時間が来お、少幎は「それじゃ」ずだけ蚀っお、垰っおいった。

 圌女は「うん」ず蚀っお、それを芋送った。


 僕が居なくなっおから、圌女がぜ぀りぜ぀りず独り蚀を呟き始めた。


「神様。私の人生っお䜕だったんでしょう。こんな人生だけど、本圓はもっず生きたかった。――蟛いこずばかりだけど、嫌なこずばかりだけど、それでもきっず未来は茝いおいるっお信じおいたのに。だからずっず頑匵っおきたのに しがみ぀いおきたのに ――きっずこの先に、優匥くんず生きおいける未来があるっお信じおいたのに  」


 嗚咜がもれる。


「でも、それでも私の人生が終わるなら、神様、優匥くんのこずをお願いしたす。生たれた時から䞀緒で。優匥くんの人生は私の人生で、私の人生は優匥くんの人生。だから私のこれたでの人生は優匥くんの䞀郚ずなっお生きおいくの。――だから神様――優匥くんのこずをお願いしたす」


 圌女はそう蚀っお䞀人で泣いおいた。頬にずめどない涙を流しながら。


 ――それは僕の知らない情景だった。


 そしお最埌の光球が僕らを包んだ。



※



 目を開くず屋䞊に立っおいた。コンクリヌトの瞁ぎりぎり。颚が煜っおくる。

 隣に立぀女神りルド様は「あ〜、䞀仕事した〜」ず䌞びをしおいる。


「  さお、少幎、死のうか」


 楜しそうな笑みでニッコリず笑う女神様。

 僕は苊笑を犁じ埗なかった。


「――死ぬの  やめおいいですか」

「なんで いいけど、なんで私に聞くの」

「いや、過去に飛ぶ前に『死にゆく者の足跡そくせき』を蟿るっお蚀っおいたから、そのサヌビスを貰っおから、――キャンセルっお出来るのかなっお」


 そんな僕の蚀葉に女神りルドは、可笑しそうに笑った。


「いいよいいよ。別にいいよ。私は過去を叞る女神りルド様 未来を遞択するのは、い぀だっお君の自由さ」


 そんな女神様に、僕は䞀぀頭を䞋げる。

 僕は柵をのがっお、屋䞊の䞭に戻った。


 女神りルドが芋せおくれた『足跡』は色々なこずを思い出させおくれた。

 たたらなく蟛いこずもあるけれど、寂しいこずも倚いけれど、僕の人生は色々な存圚ず繋がっおいお、その党おが僕の未来を圢䜜っおいく。

 特に那由倚ず過ごした過去そのものが今の僕を圢づくっおいる。


 少なくずも那由倚がそれを望んでいたなら、僕はずりあえず生きおいかなくちゃず思う。僕の呜は、もっず生きたかった那由倚の呜、そのものなのだから。

 そしお僕は女神様に、さよならを告げお、屋䞊を埌にした。


「少幎 今が暗闇の䞭にあっおも、過去は確かに君の䞭にある 君にずっお倧切なものを、倧切になっ」


 女神様の蚀葉が背䞭を抌しおくれた。


※



 校舎の屋䞊にはチェスタヌコヌトをたずった銀髪の女性ず制服姿の少女が立っおいる。少し普通ず違うのは女性の方頭の䞊に蛍光灯みたいな光茪が浮かんでいお、少女の䜓が半透明だっおこずだ。


「ありがずうございたした。女神様」

「な〜に、いいっおこずよ。過去に連れお行くなんお、女神りルド様にずっおみれば簡単なこずだからさ。――でもいいのかい 『死にゆく者の足跡そくせき』を圌に芋せるだけで」


 その蚀葉に圌女は小さく頷く。


「いいんです。ただ振り返っお欲しかっただけなんです。今この瞬間の悲しさじゃなくお、過去に過ごしおきた私たちの人生党郚を。それが――私ず優匥くんの党おだったから」


 屋䞊の柵に肘を぀いお女神りルドは、そう蚀っお背を向ける少女の埌ろ姿を芋぀める。――もう時間なのだ。


 呜を倱っおから倩囜ぞ向かうたでの束の間の時間。

 圌女は女神りルドにお願いをした。

 二人のこずをもう䞀床、優匥くんに思い出させお欲しいず。

 そしお、優匥くんの背䞭を抌しお欲しいず。

 䞀人になっおも、䞀人じゃないず信じお、未来に向かっお歩き出せるように。


「――なぁ、遥那由倚 君も䞀人じゃないぞ。倩囜はそんなに悪い堎所じゃないんだからなっ」


 屋䞊を向こうぞず歩いおいく圌女に、女神りルド声をかける。

 半透明の遥那由倚は、振り返っお小さく埮笑んだ。

 ――そしお消えおいった。

 

 圌女が歩いた屋䞊に――もう足跡あしあずは無かった。




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