あのーなんかいい感じにいい感じでアレしてください #1
「でんかああああああああ!!」
なんか半泣きの声が聞こえてきた。
見ると、青紫色の髪を後ろでまとめた女性が、目尻に涙をためながら駆け寄ってきているところだった。
フィンは反射的に身構えるが、どう見ても敵意がありそうには見えない。
「……っ!」
隣でシャーリィが息を呑んだ。ぱっと表情を輝かせて、彼女の方にトテトテと駆け寄ってゆく。
ぶつかって抱き締めあう二人。シャーリィは相手のものすごくおおきなおっぱいに思いっきり顔を埋めた。
というかフィンはあそこまでおっぱいの大きな人を初めて見た。普段の生活が大変そうだなぁ、とぼんやり思う。
「うわあああああん! 御無事で何よりです!」
黄金のフワフワした髪に頬を寄せ、女性は子供のように泣いてシャーリィにしがみついた。
「あの数相手ではとても守り切れぬとお一人で逃げていただいた判断が間違っていたとは思いませんが、もう心配で心配で……わたしも異界の英雄どのに助けていただかなければ危うかったほどでありますし、もし殿下の身に何かあったらわたしはもう……もう……うぅ、うわああああああん!!」
シャーリィはあやすように背中を撫でている。年齢がまるであべこべである。
少女はおっぱいから顔を上げ、ポニーテールの女性の耳元に何事かを囁いた。
「え?」
耳を傾けているうちに、その顔が凍りついてゆく。
「そんな、声が!?」
困ったように微笑んで、うなずくシャーリィ。
「そんな、そんな……! ぅぅぅぅ……っ!」
再びボロボロと泣き出して抱きつく。
「大丈夫っ! 大丈夫ですっ! ぐすっ! 殿下がその身を犠牲にしてまで執り行われた召喚の儀は間違いなく成功していましたよっ! 招かれたる英雄どのは畏怖すべき手練れですっ! ほら、わたしの後ろにいらっしゃいますよっ!」
といって、のんびり悠然とこちらに歩み寄ってくる人物を示した。
美しい、青年だった。軍服にも似た黒い礼装を纏い、肩には同様の意匠のマントを羽織っている。
白昼の幻かと思うほどの、玲瓏な気品に満ちた美貌を、穏やかに緩めている。
しかしそれは、人に緊張を強いるような美ではなく、どこかほっと脱力しそうになる奇妙な空気を纏う青年だった。
その姿を見たシャーリィは、しかし不可解そうに首を傾げる。
そして無言のまま、フィンと烈火の方を手で示した。
「え? 彼らは……?」
なんだかよくわからない沈黙が垂れこめた。
「あゝ、もし。」
口火を切ったのは、黒衣の青年だった。
「オブスキュア王国第三王女、シャーリィ・ジュード・オブスキュア殿下とお見受けする。小生は鵺火総十郎と申す書生である。以後お見知りおきを。」
こくり、とうなずくシャーリィ。
「察するに召喚の代償として声を喪ったご様子。そして、どういう手違いがあったのかはわからぬが、どうも、殿下は異界の英雄を一度に三人も召喚してしまったのではないか? そこの二人の格好は、明らかにこの世界のものではありますまい。……なぁ、そこな二人よ? そのあたり、どうであろうか、君たちもこゝとは別の世界から来たのではあるまいか?」
ソージューローと名乗った青年は、今度はフィンと烈火の方に声をかけてきた。
「べつの……世界……?」
フィンは、呆然とつぶやく。
世界に対して「同じ」とか「別」とか、そういう数の概念を当てはめること自体がフィンにとっては初めてのことだったが、なるほど、全く別の異世界なるものに迷い込んだと考えれば、つじつまが合う。少なくともカイン人の汚染に沈む世界の片隅に、こんな豊かな自然が残っているなどと考えるよりはずっと納得しやすい。
つまり。
――この世界には、カイン人が、いない。
――いないんだ。
思わず、その場にへたり込みそうになる。物心ついてから、ここまで大きく深く安堵できたことはなかった。そうして、どれほど自分がカイン人という存在に追い詰められていたかを自覚した。今まで胸に突き刺さっていた黒く太い毒の杭が、不意に溶けてなくなったような心地だった。
「あ、その、たぶん、そう、であります。小官もきっと……こことは別の世界から来たのであります」
呆然としたまま、フィンは答える。
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