……そしてッ!! #8

「それでですね。シャーリィ殿下はとても慈悲深く、礼節を弁え、御母君をよく立て、私のような者にも気軽にお声をかけてくださり、常にオブスキュア王国のことを案じられ、しかも神々しさすら感じさせるほどに厳かでお美しく、オブスキュア王家に伝わる数々の魔法奥義を諳んじられ、まだ私の肩ほどの背丈もないほどお小さいのにその胸に秘められた気宇と誇りと優しさは到底私のおよぶところではない、それはもう素晴らしい御方でしてね」

「う、うむ。」

「あの御方に幼き時分からお仕えできたのは我が生涯で今のところ最大の喜びでしたよ。護衛役兼、お傍居役として推挙してくれたわが父にはいまだに頭が上がりませぬ」

「ふむ、姉妹同然の間柄であったと。」

「まさか! 畏れ多いことです。殿下に比べれば私なぞ武芸しか取り柄のない不調法者に過ぎません。とうてい吊り合いませんよ。いっぱしに姉面など、とてもとても……」


 と言いつつ赤くなった両頬を抑えて首を振るリーネ。

 三つ編みにされた髪が、左右のこめかみから垂れ下がり、揺れている。その色は黎明のような青紫だ。

 後頭部の髪はポニーテールにして纏められており、こちらも連動して揺れている。

 こうして見ると仕草は年端もいかぬ娘でしかないが、視界の下限でふるふると揺れる無様な脂肪の塊が存在を主張するたびに、総十郎の胸中には憐みの感情が満ち、ひそかに重いため息をつくのであった。


「とにかく! そのような素晴らしい御方ですので、是が非でもお守りせねばならないのです! それに、殿下はソージューローどのをこの世界に召喚された御方でもあります。どうか、お会いになっていただきたいのです!」

「うむ、小生としてもなぜ召喚されたのかは是非とも知りたいところである。あなたから直接聞いても良かろうが、ま、筋を通すとしようか。」

「恐縮です。では急ぎましょう。オークに絡まれていないとも限りません」


 ということで、総十郎は女騎士リーネに先導され、深き神秘の森の中を進んでゆく。

 飛び出す根っこや倒木などによって起伏に呼んだ地形であったが、リーネの身のこなしは淀みなく、総十郎の想像以上の速度で森の中を突き進んでゆく。明らかに、こういう場所を日常生活の場にした者でしかありえない滑らかな行軍であった。

 騎士、というと、平原で馬を駆って敵陣に突っ込んでゆく貴族階級、という理解であったが、この世界では相当に様子が異なるらしい。


「この森だが……オブスキュア王国では何と呼ばれてゐるのだ?」

「え? それは、どういう……?」

「うん? この森の名称を訪ねたのであるが……」


 一瞬、きょとんとしたリーネだったが、一瞬遅れて何かを得心したようだった。


「あぁ、なるほど。ソージューローどのは平原の方なのですね。ええと、つまり、ソージューローどのの故郷は、基本的に人々は平原部に定住し、森の中にはよほどの理由がない限り入って行かないと。そういう暮らしをされていたのですね。だから、それぞれの森に固有の名前をつけるのが当たり前であると」

「あゝ、うむ、そうであるな。」

「オブスキュアの生活様式は、まったく異なります。我らにとって、この森こそがオブスキュア王国なのです」

「つまり国土がすべて森林であると。」

「はい。我らの始祖は、神代の大樹の果実から生まれてきました。いわば森の継嗣なのです。ゆえに森の恵みには困りませんし、他国民であれば享受できないさまざまな加護を授かっています。この、幽骨の甲冑などもそのひとつですね」


 リーネは首元に手をやる。そこにはぼんやりと輝く生物的な意匠のチョーカーが付けられていた。

 オークの群集をことごとく屠ったのち、彼女は甲冑を一瞬で脱いだ。念じるだけで、彼女の全身を護っていた鎧は編み物か何かのごとくほどけ、不定形の奔流と化して彼女の首元に集まり、チョーカーとなったのだ。恐らく、装着するときも一瞬であろう。

 というわけで現在リーネは平服姿である。体にぴったりとした革のレギンスをはき、裾の長い紅色のコートを身に着けている。くびれた腰と、胸のすぐ下の部分にベルトを巻いていた。コートは明らかに麻ではなく絹だ。貴族らしい滑らかな仕立てであり、オブスキュア王国の紡績・機織技術の高さが窺える。

 しかし、平地での農業を基盤とした生産能力に頼らず、ここまで華麗な衣服を用意できるものなのだろうか?


 ――輸入か? それともこれも「加護」とやらの一端か?


 まぁいずれにせよ、いきなり根掘り葉掘り聞くのはあまり品がない。


「興味深いな。是非ともオブスキュアの人々の一般的な暮らしというものを見てみたいものだ。」

「はは、お気に召していただけるかはわかりませんが」


 ――しかしそれにしても、だ。


 腰のベルトは良い。それは普通の使い方だ。しかしなんでわざわざ胸の下にベルトなど巻くのか。あれのせいでただでさえ無様な胸の輪郭がぴっちりと浮かび上がってしまっている。美観を損ねることこの上ない。頭痛がしてきた。いや異世界の服飾文化に物申すなど不毛の極みなのは承知しているが、それにしても不可解なセンスである。

 と、ここで総十郎、リーネ・シュネービッチェンがベルトを身に付けなかった場合の姿を想像してみる。


「……!」


 疑問はあっという間に氷解した。


 ――でぶに見える!


 そう、胸の頂点からストーンと垂直に服が垂れ下がるため、傍目には肥満以外の何物でもないのだ。

 なるほどそれでは仕方ない。今までも胸の大きい女性ほど体にぴったりした服を着がちなことが非常に不可解であったが、なるほどそういうことであったか。胸が無様に育っているという美的なハンデを、それでも乗り越えるための涙ぐましい取捨選択であったのだ。


「リーネどの。」

「はい?」

「強く生きられよ。小生は貴女を心から応援する。」

「え……? あ、ありがとうございます……?」

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