……そしてッ!! #5

 どこか誇り高い気持ちで、いまだ数十体は下らぬ緑と鋼鉄の大群を見やる。

 心機を臨戦させ、長く伸びた両耳をぺたりと寝かせる。


「さぁ――死にたい者からかかってくるがいい! 我が名はリーネ・シュネービッチェン! この首を獲れる猛者はいるか!」


 ヴン、と唸りを上げて〈異薔薇の姫君シュネービッチェン〉を大きく旋回させ、構え直す。あまりに大きく、重く実った乳房が、ふるん、と揺れる。こんな状況でも実に落ち着き払った挙動を取る自分の胸乳むなちに、苦笑とともに頼もしい思いを抱く。


 ――さて、最後の戦働きをしてもらうぞ、我が相棒どの。


 リーネ専用に調整された幽骨製の蒼き魔導甲冑は、全身を堅牢に護っているが、胸の部分だけは大きな楕円形の穴が開き、平服に包まれた彼女の特大の乳房が飛び出るに任せていた。これは別に女の武器をどうこうというような色っぽい理由ではない。リーネの胸は正面から見ると脇を完全に隠し、ほとんど両肩幅に届こうかと言う壮絶な大きさである。これを完全に覆い尽くす胸甲を装着した場合、両腕の可動範囲と干渉しまくるのだ。戦いにくいことこの上ない。

 だが、この男の目を引かずにはおかない戦装束には、もっと積極的な理由があった。


 ――左!


 ザン、と地面を蹴る音に反応し、リーネは左に旋回しながら神統器レガリアを振るう。

 視界に入ったオークは、耳障りな絶叫とともに戦斧を斜めに振り下ろしてくるところであった。

 相手の攻撃の方が先に命中するタイミングだ。今すぐ攻撃動作を止め、倒れ込むように回避しなくてはならないだろう。

 だがリーネにはもう一つの選択肢があった。

 まず旋回動作を継続しながら自らの爆乳に魔力を通し、両乳房が左右にひとりでに開くように操作。直後に右乳を思い切り左方向へ振るう。

 武の神髄とは、つまるところ重心の移動と武具の軌道を一致させることに他ならない。片乳だけで人間の頭より大いなるサイズを誇る彼女の乳房は、すなわち質量の塊であり、体全体の重心に大きな影響を与える。無論、普通の女戦士であればどれほど豊かな胸を持とうが、それを重心制御に使うなど不可能であったが、シュネービッチェン家は代々魔力による身体能力のブーストを非常に得手とする血筋であり、リーネ自身もその才能を色濃く受け継いでいた。

 手も触れずに乳房を動かし、もって自らの運体を調整、時には加速すらしてのける。


「おォ――!」


 重心変化。旋回加速。その細腕に魔力がみなぎり、超重量化した巨刃がオークの胴へカウンター気味に叩き込まれる。

 ずん、と重い手ごたえ。直後にばらり、とほどける感触。

 衣服の中で、ぺちん、と左右の乳房がぶつかり合う音がした瞬間には、すでにリーネはハルバードを振り抜いていた。

 〈異薔薇の姫君シュネービッチェン〉が鮮血の尾を引き、どさりと倒れる音が背後で響く。

 リーネは旋回を止め、残心。自らの戦功を誇るように、豊乳がたぷるん、と揺れた。


「甘いな。我が首を、獲りたい、なら、複数で一斉に来い!」


 切れ長の両目を鋭く細め、不敵に笑う。

 だが、さきの一閃でさらに魔力を消耗した。もう幾ばくも持つまい。息が上がる。

 リーネの挑発を理解したわけではないだろうが、次は三体同時に来た。

 正面。右。左後方。

 左脇から石突を後方に突き出し、一体を吹き飛ばす。次に両乳を開閉して加速旋回し、右のオークに〈異薔薇の姫君シュネービッチェン〉を叩き込む。吹き上がる紅い飛沫。胸元でぺちん。

 その勢いのまま刃を地面に叩き込み、手首を捻って苔と土を巻き上げる。思わず眼をかばった正面の一体に突撃し、大上段からの乳加速の乗った一撃で両断。頭蓋と脊髄を尽く斬り潰した感触が、柄ごしに伝わる。両乳房が仲良く何度も頷いた。


「はぁ……っ。はぁ……っ」


 脂汗が浮かび上がる。体力魔力共に限界であった。膝をつきかけるのを気力だけでこらえる。

 すぐ後方で絶叫。視界が陰る。


「ぐっ……!」


 石突で吹き飛ばしたと思っていたが、一瞬ひるませただけだったようだ。

 即座に振り返ろうとするが、間に合わない――!


 ――ここまでか!


「あゝ、そこな女性にょしょう、お邪魔でなければ二つほどお尋ねしたい儀があるのだが。」


 唐突に。

 それは本当に唐突に。

 涼やかな青年の声が聞こえてきた。

 直後、何の魔法か、背後から襲いかかってきていたオークが回転しながら宙を舞い、離れた地面に叩きつけられていた。


「なっ……!?」


 瞠目する。声のした方へ頭を向ける。

 そこには。

 黒衣の青年が、悠然と佇んでいた。エルフではなく、人族のようだった。オブスキュアではまったく見覚えのない、奇妙な意匠の服だ。衣服の前を金属の釦で留めるなど、聖樹信仰に帰依した者ならば決して考えまい。しかし同時に技巧が凝らされ、洗練された気風も感ずる。頭にはこじんまりとした黒帽子を乗せ、肩にマントを引っかけていた。

 奇妙な格好だ。そして異様に似合っている。

 いつの間に。どうやって。

 これでも戦場の音には敏感に注意を払うタチだが、この青年がどこからどうやって現れたのか、まったく察することができなかった。

 それはオークたちも同様だったようだ。困惑した唸りを漏らしながら、こちらを睨んでいる。


「ひとつめ。実は小生、その、いろ/\と事情があってな。道に迷ってゐたところなのである。ここの地名と、できれば最寄りの人里がどちらにあるかを教えていただけるとありがたい。」

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