……そしてッ!! #4

 やがて、ほどなく音は止む。緑の悪鬼の声も、まったく聞こえなくなった。

 これはつまり、何者かが非常に強力な火器をもって悪鬼たちを攻撃し、たった今殲滅し終わったということであろうか。

 少女を見やるが、不安げに首を振るばかりであった。彼女も聞いたことのない音だったようだ。物言わぬ戦術妖精たちと普段からコミュニケーションをとっているので、こういうことを察するのは慣れている。

 ともかく状況を確認する必要があった。

 一瞬、少女も連れて行くべきか迷ったが、どこに緑の悪鬼が潜んでいるかわからないので、傍を離れるのは危険だろうと判断する。


「敵の敵は味方……かどうかはわからないでありますが、樹の陰に隠れながら進むであります」


 こくこく、と少女は頷いた。

 そして射線が極力通らないようなコースで慎重に森を進み、ついには爆音の現場に到着した。

 そこには、黒髪の男が一人だけ立っていた。

 むくつけき軍人どもと寝食を共にしてきたフィンですら感嘆の念を覚えるほどの見事なマッソォの持ち主であった。

 芸術性と実用性を最高レベルで兼ね備えた、まさに神の宿りし肉体。

 そしてなぜかパンツ一丁だった。水玉模様だった。

 半眼で呆けるフィン。


 ――何……あの……何?


 正体云々以前に、意味がまったく分からなかった。

 男はコキコキと首を鳴らし、


「ふぃ~、まぁこれでしばらくは大丈夫かね。賢者モード発動ッッ!!」


 と、これまた意味の良くわからないことを言った。あと無意味にマッスルポーズをとっていた。

 パンツ一丁で。

 そして――


「……っ」


 フィンは息を呑む。

 男の足元には、緑の悪鬼の、残骸が転がっていた。

 いや、残骸と言うほど残ってもいない。手足の先端部分が、わずかに現存し、そこかしこに散乱しているだけだ。

 その数を数えれば、どう考えても二ケタ以上がここで死んだことになる。


 ――あの人が、やった……!?


 にわかに幼い眉目が険しくなる。いかに対話が不可能とはいえ、それにいかに殺意剥き出しで向かってくるとはいえ、知的生命の命をここまで何のためらいもなく奪うことができる。そういう精神の持ち主なのだ。

 どうする? 接触を試みるか? 危険ではないか? このまま立ち去った方が無難では? しかしそもそも本当に彼がやったのか? 見た所、武器など何も持っていないが、一体どうやって? ことを構えた場合、勝算はあるか? 殺さずに無力化することは?

 考えはぐるぐると廻るが、まとまらない。思えば決断に類することはすべてアバツ・インペトゥスにまかせっきりだった。ちちうえの言うことさえ聞いていればよかったのだ。こめかみに汗が浮かぶ。

 ……と。

 すぐ後ろにいた少女が、なぜか唐突に大樹の影から出て、男の方にトテトテと歩み始めたのだ。


「あっ、あぶないでありますっ」


 思わず、そう声をかけてしまった。物も言わずに引っ張り戻せばよかったのに。


「んー?」


 男がこちらに振りかえる。気づかれてしまった。

 まだ若い。野性的な顔容だ。三白眼は迫力があるが、なんというか良くも悪くも表裏がまったくなさそうなご面相である。


「……っ」


 フィンは反射的に少女の前に陣取り、背後に庇う。


「しょ、小官はセツ防衛機構第八防疫軍第五十八師団第二連隊長付き特殊支援分隊長、フィン・インペトゥス准尉でありますっ! あなたは何者でありますか!?」

「俺は天才だァァァァァァァァァァァァァッッ!!」

「何だこの人ー!?」


 これが、『主人公』フィン・インペトゥスと『主人公』黒神烈火との、本来ありえざる出会いであった。


 ●


 リーネ・シュネービッチェンは、肩で息をしながら神統器レガリア異薔薇の姫君シュネービッチェン〉を両手で支えた。

 幽骨製の魔導甲冑も、着装者の魔力の消耗を受けて、本来は澄んだ空色を湛える輝きが鈍く濁ってきている。

 彼女の足元には、〈異薔薇の姫君シュネービッチェン〉の巨大な刃によって両断されたオークの死骸が、一見しただけでは数を察せないほど多く積みあがっていた。

 だが、残るオークはそれ以上。いまだ戦意は旺盛。こちらの頭蓋に斧を叩き込み、全身をぐちゃぐちゃになるまで鉄靴で踏みつけまくる意志は硬いようだ。

 巨大な口を全開にして、威嚇の咆哮を放ちながらこちらの隙を伺っている。


 ――やれやれ、存外に私も捨てたものではないな。


 エルフ族よりも遥かに頑強で、膂力に優れ、何より恐れを知らぬ戦闘種族たるオークを相手に、孤軍奮闘ここまで戦い抜いた。

 瞬間的に刃の質量を増加させる力を持ったハルバード、〈異薔薇の姫君シュネービッチェン〉がなければ、正直十体も葬れていたか怪しいものだ。それでもまぁ、この大立ち回りだ。シャーリィ殿下さえ生き残ってくだされば、オブスキュアの史書に名前が残ってもおかしくない武功となるだろう。


 ――殿下。


 リーネの顔に、穏やかな笑顔が灯る。


「あなたの騎士は、騎士としての本分を全うします。どうか、王国を頼みます。我が君よ」


 柔らかに揺れる金髪と、すべてを包み込むような碧眼が、思い起こされる。楚々とした可憐な容貌ながら、その一挙手一投足に大義と慈悲が宿る、あの姫君のことを。紛れもなく彼女は大樹のごとき器であり、あの小柄な姿を前にすると、リーネは己の矮小さを恥じ入るばかりであった。彼女は、自分が死んだら、泣いてくれるだろうか。もうしそうでなくとも、リーネはシャーリィ殿下のために命を捨てることに躊躇いは全くなかった。

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