桜の丘

 広い丘の上に、何本もの桜の木が植わっている。

 日々温かくなる空気を感じてか、樹々全体が薄ら桃色を帯びている。

 春霞の、淡い靄のような光景だ。


 私たちは車を降り、木の間を歩き始めた。

「満開になるころにまたきたいなぁ」

「僕も! ママにも見せてあげたい」

「そうね。エレーヌはきっと、喜ぶわよ」

 私はすっかりこの光景に心を奪われてしまった。

 フランスで、桜を見られるなんて、思ってもみなかった。

 

 大きなカゴを背負ったおばあさんが通りかかった。

「こんにちは。あなたたちニホン人ね」

 おばあさんは、人懐っこい笑顔で笑った。

「あとひと月くらいしたら、とっても素晴らしい景色になるわよ。ぜひまた見に来るといいわ。……あ、そうそう」

 背負っているカゴから何かを取り出すと、私の手にそっと包んでくれた。

「さっき剪定したものなの。次の花市に出そうと思っていたんだけれど、ちょっと小さくってね。良かったら、御裾分け」

 それは、確かに小ぶりではあったが、つやつやとした桜の枝だった。

「……いいんですか?」

「もちろん。私ね、若い頃ニホンに行ったことがあるの。そこで満開の桜を見ながら『お花見』をしたの。

 おばあさんは、クスッと笑った。

「今でも忘れられない思い出よ」

 そう言うと、おばさんは丘を降りて行った。

(お店に飾ろうかしら。でも……)

 私はじっと枝をみていたが、ネイサンに差し出した。

「これを、ぜひエレーヌに見せてあげて。きっと喜ぶわよ」

 ネイサンは何も言わなかったが、受け取った。

 そして大切そうにそれを胸に抱えた。

「――それじゃあ、買い付けしにいこうか」

名残惜しい気持ちで丘を降りながら、本当に満開の季節、もう一度ここに来たいと私は思った。***

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