植物の庭
街を抜ければすぐに、郊外らしい開けた景色に変わっていく。
ネイサンは車の窓を開け、気持ち良さそうに風を楽しんでいる。
「パリの街並みも綺麗だけれど、こういった雰囲気も素敵ですね」
「フランスは中心部に集中している国だからね。空気はいいしのどかだし、俺はこういった雰囲気のほうが気楽で好きだなぁ」
運転をしている園田さんも、楽しそうに景色を眺めている。
田園風景を眺めながら、私は深呼吸をしていることに気が付いた。
一人フランスに来て修行の日々。
頑張らなきゃと焦る日々に、いつしかゆとりというものがすっかりなくなってしまっていたことに、今更ながら気がついた。
こそっと園田さんを盗み見ると、彼はにこにこしながら運転を楽しんでいる。
(私と同じ、一人で修行をしに来た人なのに……)
この違いはなんなのだろう。
焦ってばかりの日々が、この人と出会ってから、少し変わったような気がする。
「ん?」と園田さんがこちらを見た。
急だったので、ばっちり目と目が合ってしまう。
「どうしたの?」
「なんでもないです」
慌てて逸らしたものの、ガラスに映る彼の顔からなかなか目が離せなかった。
教えてもらった場所らしきところが見えてきた。
広々とした敷地に、たくさんの畑や花壇、ビニールハウスが並んでいる。
「ねぇ、あそこじゃない?」
ネイサンがはしゃいだ声をあげる。
入口らしき場所に、石造りで蔦の絡まった見るからに古めかしい建物が建っている。
車が庭園に入って行くと、緑色のチョッキを着たおじいさんがこちらへ歩いてきた。
「こんにちは」
私の挨拶に、おじいさんはにこやかに手をあげる。たっぷりと髭をたくわえた、まるでサンタさんみたいな人だ。
「やぁ、いらっしゃい。家族で見学かい?」
おじいさんが車を覗くと、園田さんとネイサンが軽く会釈を返す。
「あ、いや……。花の買い付けにきたんです」
「私はここのオーナーだよ。あなたは初めて見る顔だね?」
「はい」
おじいさんはホッホと笑った。
「私の記憶力はまだまだ現役ということだな。好きなところをみて回って下さい。ところで君は、ニホン人?」
私が頷くと、おじいさんは家の裏側を指差した。
「あっちにある丘の上に桜の木があるよ。ぜひ見て行くといい」
私は一刻も早く買付の花を下見に行きたかったが、桜と聞くとどうしても心惹かれるものがある。
「……どうする?」
園田さんの問いに、ネイサンが答えた。
「ニホンで有名な木、見てみたい!」
私の顔を見たおじいさんは、にっこりと笑った。
「今日はたくさん入荷があるから好きなものを選べると思うよ。花は逃げないから、ゆっくり見てくるといい」
その一言で心は決まった。
私たちはおじいさんにお礼を言うと、家の裏側に向かって車を走らせた。民家の少ないのどかな田園風景の先に、それは目の前に現れた。
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