第5話
日は陰りはじめ、痛いくらいの西日が目に入る。
俺と川越さんは駅のホームのベンチに二人並んで座っていた。
「こんなのでよかったの?」
そう言う川越さんが手に持つスマホには浦和さんと川越さんがタピオカを掲げている写真が映されていた。
丁寧にも浦和さんが書いた第三者へ見せびらかすようのお礼メッセージ付きだ。
「きっかけはできたし、後は彼女の頑張り次第じゃないか?」
川越さんが見ていたのは浦和さんがついさっき上げたSNSの投稿だ。
俺たちはあの後、学校の最寄り駅のタピオカ屋に赴き、カロリーお化けを各自摂取した次第である。そこで女子二人は写真を撮って映えてたわけだ。
そして浦和さんは写真に満足した様子で俺たちと逆方向の電車に乗り、帰っていった。
「それにしても大宮君がこういう事を提案したのはちょっと意外だった」
「正直、人の威光にあやかるやり方なんて俺はダサいと思うけど、自分がやらない分には知らないわ」
俺が提案したのは『フーコの威を借りる浦和』作戦である。
つまり、フーコ先輩と関係のあるわたし!というアピールをSNSですることでクラスメイトに興味をもたせるということだ。
……というのは建前で、実際は浦和さんの自信をつけさせるためのもの。
川越さんは浦和さんも言っていたがキレイな先輩として1年でも有名なようだ。そんな状況でフーコ先輩と遊ぶというのは彼女たちの世界では勲章ものであり、自然と胸を張っていけるだろう。
しょせん人なんてメンタル次第でパフォーマンスが大きく変わる。あの写真を自信に変え、彼女には行きたいグループに行ってほしいものだ。
「川越さんこそああいう上っ面みたいな写真撮るのは嫌かと思ったけどな」
「嫌いだよ。他人の評価に依存してる人も嫌いだし、群れて他人を見下すことで自分の価値が上がっていると勘違いする人間も嫌い」
川越さんはスマホをタップしながらとつとつと語る。西日に照らされ見えにくいがその表情はどこか皮肉めいている気がする。
「もしかして浦和さんが何を悩んでいるか最初からわかってた?」
「てへぺろ」
「古い。いい性格してるよ、じゃあなんで写真撮ってあげたんだ?」
「嫌いだけど、ポジションに固執することが大事だってことは理解しているし、そうしないと学校という社会で生きていけない人が多いってことも理解してる。そして、嫌いでもそうやって頑張ることをバカだとは思わない。むしろ、ユミちゃんみたいな子が変わろうとする行為は応援したくなるんだよね。この先彼女がどうなるかは知らないけど」
相も変わらずスマホをいじっているのでその表情ははっきりと見えないが、先ほどより声音は優しい。
『強者の理論』、『孤高の陽キャ』。川越楓子に向けた言葉が脳裏を反芻する。
彼女は自身の強さに自覚がある人間だ。だが決して、その強さを他人に押し付けはしない。
「なんというか、お前ってめんどくさいな。優しくてきれいなみんなの憧れのフーコをやり続けるくせに、素は群れを嫌う陰キャ思考とかほんとめんどくさい」
そういう素のさっぱりした部分は人によっては魅力的に映ると思うんだけどな。
しかし、彼女がその表情を多くの人に見せる日は来るのだろうか。
「私はこういう私が好きだし、そういう私のことをちゃんと好きな人も好きだよ」
冗談めかしつつ自嘲気味に川越さんは言う。
ホームにアナウンスが流れる。もうすぐこのプロローグのようなこの時間も終わる。
川越さんはそれに備えるべくベンチから立ち上がった。
「はっ、なんだよその自己愛の塊みたいな宣言。そんなお前のこと好きな奴なんているのかよ」
「たとえば……大宮君とか?」
電車の音で搔き消えそうになりながらも、その声は俺の耳に届いた。
川越さんの表情は沈みゆく日差しのせいで、彼女の髪色の様に薄紅に染まっていた気がした。
陽だまりで照らされる彼女の本当の表情を知るものは誰もいない。
「ばーか、俺も知らないわい」
俺も含めて。
了
照らされる彼女の顔を誰も知らない きばやし @kirinn1997
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます