第3話

「相談分室……ですか?」


 浦和さんはこてんと頭を横に傾けながら聞き返した。

 肩口で外はねした黒髪がつられて揺れる。可愛い。


「うん、ゲーム部兼ね!久喜先生はゲーム部の顧問もやっていて、たまに相談に来た生徒をここに連れてくるの。どこまで本気か知らないけど「人と楽しくテーブルゲームをやればたいていの悩みはなくなるでしょー」とか言ってた」


 久喜先生の真似が妙に似ていて感心する。

 あの二人ってテンションこそ違えど人を食ったり、すぐ小ばかにするとこあるもんな。


「はぁ、じゃあ私の悩みを解決してくれるわけじゃないんですか?」


「解決できるかは分からないけど聞いてあげることはできるよ!ミユちゃんさえよければだけど」


 そう言って川越さんは優しく微笑みかけた。。

 ぱっと見で怖そうなのに意外と優しいみたいな川越さんのギャップにみんなオトされていく。

 それはもうSASUKE並みにみんな落ちていく。俺は全然落としてもらえないけど。

それこそ山田勝己並みに。いや、そこそこ落ちちゃってるな。


「いや、フーコ先輩が嫌とかじゃないんですけど、やっぱりちょっと……」


 浦和さんは申し訳なさそうに口ごもりながら視線を机に落とす。

 まあ、その言い方だと消去法で俺のことが嫌みたいになっちゃうんだけどね。違うよね?

 でも、同じ生徒に相談するのが嫌だというのは分かる。それに悩みをさらけ出すのは勇気がいるし。特に初対面だと。


「だよね~。面識がないから話せることもあるけど、まぁ、喋りたくなったら喋りな。それに、こう見えてフーコセンパイは聞き上手なんで!」


 おどけるように川越さんがウィンクすると浦和さんは小さく笑った。


「ふふっ、ありがとうございます。じゃあ少しだけ聞いてもらおうかな……」


 浦和さんは机の一点を見つめてとつとつと語りはじめる。


「わたし、地元が少し遠くて同じ中学の人が少ないんですよ。だから、友達作り頑張らなきゃって思ってたんですけど。入学した時点でグループができ始めていたんです。みんな、入学前からSNSとかでつながってたらしくて」


 SNSの発展は人類のコミュニケーションを発展させただけでなく、コミュ障をよりコミュ障にした側面がある。

 ソースは俺だ。インスタやってないせいでみんながインスタの投稿の話題で盛り上がってる時に入れなくて、その場にいながら30分愛想笑いだけしてました。


「気づいたら皆んなどこかのグループに入っていて。まだ入学して1週間ぐらいなのにこんなこと悩むのダサいって思うんですけど、このままクラスで1人だったらどうしようって。来週にはオリエンテーションキャンプもあるし……」


 浦和さんは視線をあげることはなく、声もフェードアウトしていく。

 なるほど。友達が欲しいのね。

 というか、学校が交友関係を広げるために用意した行事に楽しく参加するのに、交友関係を広げておくことが必要だなんて難儀だな。

 しばし流れる気まずい沈黙。スピーカーから流れる誰が聞くでもない放課後のチャイムだけが教室に満たされる。

 俺はこういう時かけるべき言葉がなかなか出ない。出ないというか、相手がかけてもらいたがっているだけの言葉を言いたくない。

 しかし、川越さんは沈黙を破る。


「全然ダサくないよ。1人だと不安だよね?」


 慈しむようにそう言うと、浦和さんの控えめなネイルが施されたか細い手を握った。その様子は聖母ばりだ。

 対する浦和さんはなんとも嬉しそうにしている。

 やっぱ百合なの?フーコ様が見ているなの?


「ちょっといいか?」


 俺はシリアスな雰囲気と、自分の存在が空気なりつつあることに耐えられなくなってしまった。

 ここは友達とケンカをしたことがない交友関係の達人の俺もアドバイスをあげよう。


「今は不安かもしれないけど時間が解決する。具体的にはぼっちに慣れ始めるから」


「え⁉︎わたしに1人で生きる道を進めてます⁉︎」


「むしろ1人だとfunだよ?」


「大宮、余計なこと言うなら口と鼻孔を閉じといて」


「呼吸できなくなっちゃうんですけど。なんで俺には辛辣なの?」


 川越さんは、バカなの?死ぬの?と言わんばかりに冷ややかな視線を向けてくる。

 いやいや、1人だと友人関係に悩むこともないし、ケンカすることもないからね。だって1人だもん!

 川越さんがいっこうに俺には優しくしてくれないので、俺はちょっと意地悪な聞き方をしてみる。


「じゃあ、友達いっぱいな川越さんは何か具体案とかありますー?」


「やっぱり、頑張って話しかけるしかないかな~」


「そりゃそうだ。でも、それができないから来たんじゃないの?ねぇ?」


 話を振られた浦和さんはぴょこんと跳ねる。

 あれ?跳ねたのはすぐ変なこと言う俺に話しかけられたからかな?つれー。


「ま、まぁ。そうですね」


「えー?喋ってみたらみんな仲良くしてくれるよ?」


 川越さんは他人に受け入れられるのが当然のように言った。

 おっと、彼女は俺たちと川越さんでは他人への接触の難易度がだいぶ違うことを忘れているようだ。ここはちゃんと俺が思い出させてやろう。


「強者の理論だな」


「え?別に脅したりして仲良くさせてないよ?」


「いや、脅して仲良くするって発想が怖いな!ヤンキーかよ!そうじゃなくて、川越さんは他学年に名をとどろかせるほどスーパーイケイケ美人なわけ」


「そこはかとなくバカにされた気がする」


 気を悪くしたポーズを見せるようにせムッと唇を尖らせている。可愛いかよ。


「川越さんが話してくれたら誰でも喜ぶよ。男は普通に嬉しいとして、女でもイケてる人と仲がいい自分っていうのは大事だし、人によってはイケてる人に認識されてることに自己肯定感を得るもんじゃないの?」


 ほんとに好かれる人というのは男女関係なく多くの人に好かれる。しかし、その好きの根底を見るとその理由は十人十色だろう。


「人っていうのは無意識に損得勘定で人付き合いをしていて、川越さんなんかは色んな方向で得の塊なの。だからみんな最初からウェルカムポーズなんだろ」


 人間関係を外側からフラットに見てきたから間違いない。虎の威を借る狐になってでも自分の価値を上げたい人は多いもんだ。


「そんなもんかなー?」


 はて?といった様子で川越さんは苦笑いし、浦和さんは川越さんに対して気まずそうにオロオロしている。


「川越さんは知ってるだろ?」


 あら、やだー、川越さんだってわかってるくせにー、という目線を向けたら机の下で脛を蹴られてしまった。これは普通に痛い。

 川越さんは孤高の陽キャだ。

 誰にでも平等な温度で接し、誰に対しても平等に好悪のジャッジを下す。特定のグループと群れず、人に対する好悪を滅多に出さない。

 その圧倒的にきれいな容姿でもって一歩間違えれば陰キャムーブなのに芯のある人へと印象を変換される。

 変わり者ではなく、こだわりがある人。傲慢な人ではなく、芯がある人。見た目と態度で人の評価なんて180度変わる。

 そのへんを上手くコントロールして生活している彼女が自分がどう見られているか、どのように求められているかを把握していないはずがない。

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