第2話 王都 冒険者ギルド2
今日は、秋らしく澄んだ空気と高い空が気持ちの良い朝だった。
泊っている宿は一部屋単位でも人数単位でも貸し出してくれる、典型的な冒険者の宿だ。宿というよりは、下宿に近いと思うんだけど、宿と名乗っているからには宿なんだろう。たぶん。
当然食事はついていないので、自炊が基本。外食してもいいけれど、やたら食う十代の男三人に毎回外食させていたら、間違いなく破産する。
昨日一日でたまった洗濯物…四人分…を桶に入れて庭へ出て、庭で野宿している連中を起こさないようにそのキャンプの横を通り、敷地の外へ。
ほんのちょっと歩いた先に、共有の井戸がある。
「おはようございます」
同じように洗い物を入れた桶を足許に、今日は三人、近くの奥方が会議中だ。何かをひっぱたくような動作をしているから、どっちかっていうと軍議中か?
「あらあ、ファンさん、おはよう。いい天気ねえ」
「ええ。洗濯物が良く乾きそうです」
奥方らは「ここ、ほら、ここ!」と場所を開けてくれる。
ありがたくお礼を言って、水を汲んで桶の中へ移していく。水がずいぶんと冷たくなったなあ。
半分まで入れたところで、洗濯粉をぱらり。
もう、この小袋に半分しかない。実家から救援物資がこなきゃ、自作だなあ。
アステリアでも売っているけど、結構高い。いや、買えないことはないんだけど、食料よりも優先して買うものかと言われれば、迷うところだ。
「あ、そうだ。市場にもいかなきゃ」
そうそう、食料。買ってこなきゃ。
「あら、ご飯ないの?」
「パンはあるんですけど、肉がなくて。アイツら、肉ないと露骨に不機嫌になるし」
「それなら、桶は見ててあげるから行ってきなさいよ。市場しまっちゃうわあ」
「お財布ある?」
「まあ、なんとか…財布はありますけど、中身がね?」
素直に経済状況を暴露すると、どわっはと奥方らは笑った。
「たいへんねえ~。よく食べそうだもの」
「どーしてもなくなっちゃったら言うのよぉ?うちの亭主より、ファンさんたちにご飯食べさせたいしさ!」
「亭主見てても目も心も休まんないもんねえ!」
「そーそー!同じ見るなら、ファンさんたちのが良いわよお!若いし、かっこいいし!」
「そうよねえ!亭主の禿げ頭見ててもつまんないもの!」
「…は、ははは…えと、御厚意はありがたく。ご主人を大切にしてあげてくださいね?」
桶を見ていてくれるという好意にはありがたく甘えよう。
けど、その後のは、ちょっとさすがにいたたまれない。いい人たちなんだけどね?ご主人方。
「あらやだ!ご主人なんてご立派なもんじゃあないわよぅ!」
また沸き起こる爆笑に曖昧な笑みを返しつつ、そろりそろりと後ろへ下がり、ある程度離れたところでなるべく自然に方向を変えた。
もう俺のことなど眼中にないように話し始める奥方様らを後に向かうのは、小さな市場。五軒ほどの屋台が広場…と言うか空き地ににそっと並んでいる。
顔馴染みになった店主たちが、手を挙げて挨拶してくれた。
まあ、いつもと同じ一日の始まり。
何とか予算内で買えた鶏肉と、洗濯物が入った桶をもって宿に戻って朝食の支度。
腹減ったと騒ぐ連中に、手早く作ったチキンソテーサンドを食わせて。
洗濯をし、干し終わると鐘がなった。
冒険者ギルドが開いた合図だ。
今日明日の宿代を払ったら、明後日はかなり厳しい。存在を感じないくらい軽くなった財布が、それを如実に表していた。
すぐにでも仕事をするべきだ。いや、仕事しないと本気でヤバい。
そのまま出発するわけではないから、筆記用具と財布を入れた鞄だけ持って、ギルドに足を向ける。
かつて王宮前広場だった場所に、冒険者ギルドと傭兵ギルドが向かい合う。
30年前のアスラン王国による侵攻で、血の海と化した王宮前広場は、今ではその面影もない。
広場、というほど空間があるわけでもなく、当然血の跡もない。
唯一、時のアスラン王がアステリア聖女王の首を刺したまま、地面に槍を突き立てたという穴が残るくらいだ。
彼女の首は、腐って槍が外れるまでそのまま地面に縫い付けられ、放置されたらしい。
現在の王宮は、過去に王宮があった場所よりもずっと奥に建てられ、宮殿とは言い難い、堅牢な建物となっている。
予算の関係でそうしたのか、再びアスランが攻めてくることを警戒したのか、両方なのかもしれない。
そんな国だから、最初はさすがに警戒した。アスラン人にいい感情を持っているはずもないわけだし。
だけど、その警戒はあまり必要なかった…と断言できる。
アスランの攻撃が徹底して王宮と神殿のみに向けられたこと、時の聖女王の評判がそもそも悪かったこと、攻め落としただけで属国にもせず、アステリア人の王族から次の王を選んでさっさと引き上げたせいもあって、アスランの評価は恐ろしい侵略者、不倶戴天の仇、というより大規模な賊だ。
なので、憎まれるとか忌み嫌われるとかはあまりなく、馬くせーな、とたまに言われる程度のソフトな差別ですんでいた。馬っていい匂いだと思うんだけど。悪口でいいんだよな。きっと。
幸い、冒険者ギルドの皆さんや同業者、いつも利用している市場の人たちは、最初は遠巻きにされたものの、一年もやっているとすっかり打ち解けて、いたって普通にお付き合いをしている。
「おう、おはよーさん。生きてたみたいでなによりだ」
「おはよう。そっちもね」
ギルドの両開きの扉…あけっぱなしだ…をくぐると、顔馴染みたちからの挨拶が飛んできた。こちらも挨拶を返しながら目指すのは、依頼が張り出される掲示板。
朝一、依頼掲示板に依頼書が張り出される時間は大混雑するギルドだけれど、もうその時間は過ぎている。
けれど行き交う冒険者の数は多く、職員さんたちは忙しそうだ。
置かれた卓や椅子に陣取る
地図や依頼書を真剣に見ているのは、これから依頼に行く人たちだろうか。無事に帰ってくるようにと、内心に呟く。
まあ、人のことより自分のことだ。このままではゴブリンに食われる前に餓死してしまう。
俺も依頼を見に行かなきゃ、と視線を巡らせていると、ばっちりと目が合って、呼ばれた。
呼んでいるのは、ギルド職員のアンナさん。
俺より少しだけ年上で、溌溂とした美人だ。仕事と報酬に厳しく、報酬を値切る輩には容赦しない。
俺としても無限の胃袋を持つ一党を抱えているので、できれば高額の報酬で仕事をしたい。さらに言えば、面倒くさくなく、簡単な仕事ならなおいい。
なにせ、うちのパーティは「戦士 男、戦士 男、戦士 男、戦士 男」というパーティなのだ。
一応、俺は学者の端くれを自任しているけれど、冒険者としての区分に学者はなかった。
主武器は弓。でも狩人や野伏としてのスキルはないので、戦士。だから、厳密にいえば、「戦士 男 弓使い」になるらしい。
ほかの三人も似たようなものだ。
そんな戦士ばっかりのパーティに、迷宮探索だとか、陰謀を暴き囚われた姫を救出するとかは荷が重い。
程よいのは、称号のつかないなんとか退治とか、荷物の運搬とか。
護衛は実のところ苦手だ。依頼人にイラっとしたら躊躇なく殴るのがいるんで、俺の気が休まらない。
良く依頼を受けていて、こちらも狙っているのがオオトカゲ退治。家畜を狙うオオトカゲは、成長すると馬より大きくなったりする。こいつがまた、肉がうまくて革も使い道がある。実に無駄がない。
俺の故郷にはいない生物だから、観察記録をつけるのも楽しいし。
冬になると冬眠するので、今のうちにもうちょっとやっておきたいところだ。
依頼がなくても狩りに行けばいいのだけれど、どうせ同じことをするなら、報酬金があった方がいいに決まっている。
だけど、アンナさんのあの顔は絶対にトカゲ関係ではない。
間違いなく面倒ごとだ。
だけど、きっと(アンナさんにとっては)おいしい報酬がある。そんな顔だ。
諦めてカウンターに近付くと、なんだか揉めているような気配の人が二人いた。
服装からして、どこかの神官らしい。
先客のようだけど、アンナさんの手招きに関係があるのだろうか。
当番が来たのかと確認すると、肯定が帰ってきた。
冒険者ギルドに所属していて、当番の割り当てに参加すると、組合費が一割ほど安くなる。
当番が巡ってくるのは三月に一度くらいだし、当番になったからと言って必ず依頼を割り当てられるわけでもない。
実際、一年間冒険者をやっていて、当番冒険者として依頼を受けたのは2回だけだ。
ただ、2回とも、労力の割に報酬は安く、大いに文句が出た。
断れないかなあと思いつつ、依頼書に目を走らせる。
でも、ギルドに貸しを作ってまで依頼したいのだから、とても困っているんだろう。それを割に合わないと断るのは気が引けるよな。
「あれ?」
アンナさんに視線を向けると、何とも言えない笑顔が帰ってくる。
無理筋だけど報酬はほしい。そんな顔。
たぶん、神殿に無理を言える立場が欲しいんだろう。
俺としても、これは確かに困っているだろうし、引き受けてあげたい気もする。だが。
「うーん…当番なら引き受けなきゃならないって、思うんですけど」
これはなあ。うーん。
「あなた方が依頼人ですよね?」
「は、はい!大神殿のものです!」
弾けるように頭を下げた神官さん…依頼書を見る限り、少なくとも関係者だ…は、何故かおっさんを羽交い絞めにしていた。
「はじめまして。俺は、ファンと言います。うちの
ぺこりと、胸の前に左拳を付け、お辞儀する。アスランでは本来、馬上で送る礼だ。左手を前に見せることで、弓を構える気がないことを表す。
「アンナさんから聞いていると思いますが、今月の当番冒険者です。基本的には、当番の場合、技量に見合った依頼なら受けるんですけど…」
我ながら歯切れの悪い言葉に、若い神官が顔を曇らせた。顔色が悪いけど大丈夫だろうか。
「報酬、少なすぎます…よね?」
もごもごと俺以上に歯切れ悪く呟かれたのは、そんな声だった。
二十歳前に見える、若い神官だ。着ている深緑色のローブには完全な無地で、縄をベルト代わりにしている。
痩せて顔色もあまりよくない。肌もぱさぱさしていそうだ。
うん、山盛りの肉を食わせて太らせたくなるな。
うちの連中はもう少し遠慮とか満腹と言った言葉を知るべきだけど、彼はもっと食べたほうがいい。
連れの方は、逆に節制という言葉を3回唱えてから食事をしろと言いたくなる。
あまりまくった肉を包む深緑色のローブには、刺繍や装飾がこれでもかと凝らされ、顔色も湯気が出るほど赤い。毎日いいものを食べて酒を飲んで、労働をしない人間の顔をしている。
俺の見ている依頼書には、ギルドが算出した当番冒険者が受ける場合の報酬が記載されているけれど、もっと少なかったんだろう。
こんなに神官が太れるならもう少し支払えるんじゃないかと思うけれど、太れるくらいケチっているかピンハネしているからこそ、この値段なのかもしれないな。
つくづく、この若い神官は貧乏くじを引かされている。彼のためにも、受けてあげたいとは思う。
けど。
「あ、いえ、それはまあ、ギルドからの当番報酬は安めではあるけど、とんでもなく少ないわけじゃありません。それについては火を噴くように文句言うやつはいますが、まあ、頼めばやってくれるかな」
慌ててフォローする。若い神官は、きょとんとして太った神官を掴んでいた手を放した。
とたんに、太った神官が手足を振りまわして喚きだす。
何かのからくりみたいだな。手を離すと動き出す的な。あんまり見ていて面白いものじゃないけど。
「認めん!絶対に、お前のようなものを聖なる儀式に関わらせられるか!」
若い神官がびくりと震える。急に大声を出されてびっくりしたんだろう。かわいそうに。
太った神官の主張は、予想されたものだった。
「お前はアスラン人じゃないか!」
アスラン人を不倶戴天の仇とみなす人たち。
それが、大神殿一部の神官たちだ。
アステリアには女神アスターを祀る神殿のほかにも、いくつか神殿がある。
そのあたりの神官さんなら、俺がアスラン人でも問題はなかっただろう。
信じる神が違っても、ここまで激しく嫌悪されない。
だが、アスター大神殿から見れば、アスラン人とは女神の聖域に馬に乗ったままなだれ込み、略奪して凌辱して虐殺した悪魔そのものなのだろう。
その虐殺の発端を作ったのは、最後のアステリア聖女王と大神殿であったとしても。
なんだけど、若い神官の表情に激しい憎悪はない。
むしろ、困っているようにも見える。全員そういう主義じゃないのは知っているけど、この人はたぶん、そっちの派閥だよなあ?この太ったおっさんと一緒にいるんだし。
「あ、あの、貴方はアスラン人なんですか?」
「そうですよ。母は他国の生まれなので、純血の、とは言いませんが。うちの国は血統をそれほど重視しませんけどね」
一人だけいる兄貴は母さんに似ているけれど、俺はどこからどうみても親父似だ。
「アスラン人の見た目の特徴としては、薄い色の髪に、男女とも長身ってのはあるんですが、何しろ交易の国なもんで、これぞアスラン人!って特徴はあまりないんですよね。お連れさん、よくわかったなあ」
今着ている服も、こちらで買ったものだから、アスランらしさはないと思うんだけれど。
「でも、見たことがある人ならアスラン人だってわかるわよ。ファンなら」
ふふふと笑いながらアンナさんが指摘する。
「そうですかね?」
首をかしげていると、アンナさんはカウンターから身を乗り出して手を伸ばし、俺の髪…後ろで結ばれている部分をつついた。
「やっぱり顔立ちが違うもの。髪型もね。アステリアの男性で髪を伸ばしている人はほとんどいないし、飾り紐を編み込むのも東方風よ。髪の色だって、こちらの金髪よりずっと淡い色だし」
そう言われてみれば、アステリアで髪を伸ばしている男は、見たことがないな。
「す、すみません。僕はアスランの方とお会いするのは初めてで…」
わたわたと手を上げたり下げたりしながら、何故か謝ってくれた神官さんは、はた、と動きを止めた。
「あの、僕はアスター大神殿の神官見習い、ウィル・ローダンと申します」
腰を直角に曲げるお辞儀をされて、こちらも慌てて、改めて名乗る。
頭を上げてください、いえいえ、失礼もしたので!とやり取りをしていると、おっさんの方の神官が、だんだんと地団駄を踏んで叫んだ。
「何をなれ合っておる!アスランの蛮族だぞ!そやつは!」
お辞儀をした体制のまま、顔だけを上げてウィルさんが答える。
「でも、その、依頼を受けていただけないと、困りますよね?」
「だから!アスランの野蛮人などを雇うなど許されぬと!」
「けど、依頼料これ以上出せないなら、ギルド指定の冒険者さんにお願いするしかなくて、今月はファンさんが当番だそうなんですよ?」
子供の癇癪をなだめるような言い方は、余計煽ると思うんだけどなあ。
「とにかく!駄目だ駄目だ!ええい、勇敢なる女神の信徒はおらんのか!」
喚きながらロビーを見回しても、他の冒険者たちはにやにや笑うか、さっと目を反らす。
当番が呼ばれるようなら報酬は低い。冬を前に、誰だって蓄えを少しでも増やしたい。
それは人間以外もそうだから、秋のこの季節はゴブリン退治や野獣の狩猟、山賊討伐の仕事がぐんと増える。
つまり、割と仕事をえり好みできる時期だから、誰も好き好んで安い報酬の、喚き散らす太ったおっさんの依頼を受けたいとは思わない。
本来、そういった仕事は、軍隊の役割でもある。むしろ、神殿の重要な儀式の護衛なんて、普通なら騎士団の出番だろう。
それができないのは、この国の兵力が本当に最低限、防衛と治安維持がやっと、という程度の兵力しかないからだ。
破壊しつくされた王宮と大神殿を再建するために、アステリアは余力をすべて吐き尽くした。
アステリアの主な産業は農業で、肥沃な平野と穏やかな気候は豊かな実りをもたらし、過酷な税の取り立てもない。
だけど、それは、一気に資金を稼ぐ方法もなく、臨時の徴収に国民は馴れていないということだ。
王宮と大神殿に蓄えられた財貨は、全てアスラン軍が持ち去った。
一応、王位継承の証である聖剣だけは後に返却されたものの、そのほかの宝物や金貨、備蓄されていた食料に至るまで、アスランは残さなかった。
残ったのは撤去にも金が掛る瓦礫の山だけだ。
王位を継いだ前聖王は、臨時徴収などできる人ではなく、あちこちの街の余剰金をかき集め、なんとか再建の一歩を踏み出したと聞いている。
けど、30年たってもそのダメージは深刻で、本当に最低限の兵しかそろえられていない。
普通、相続する土地のない農家の三男四男以降や、就職先のない若者を受け入れるのが軍だ。
だが、アステリアにはその余裕がない。
数を闇雲に増やすことが出来ず、少数だからこそ、精鋭にしなければならない。アステリア軍への入隊試験は厳しく、訓練も相当辛いものらしい。
冒険者はそれより気楽だ。明日の食い扶持が稼げなくなる危険はいつでもあるけど、仕事を選ばなければ生きていくくらいの金はどうにかなる。
俺たちだって、トカゲ駆除業者だしな。
「誰ぞおらんのか!新たなる聖女が誕生する栄誉に立ち会う、この上なく素晴らしい任務なのだぞ!」
栄誉じゃ腹はふくれねーよ、と誰かが野次り、違いないと笑いが起きる。栄誉で酔える人間はいるけど、確かに腹は減る一方だ。
ありがちな展開なら、ここで流浪の騎士が颯爽と名乗りを上げるんだろうけど…
「もし、今、聖女が誕生するとおっしゃいましたか?」
あ、名乗りが上がった?
奥の、小さなテーブルへ、皆の視線が集まる。
奥のテーブル…別名、新人席。なんでか、新人はそこに座りたがる傾向にある。ほかの冒険者の喧騒から少しだけ離れられる席。
立ち上がってこちらを真っすぐに見ているのは、小柄な若者だった。
その後ろに、俺と同い年くらいに見える男が、びしりと姿勢を正して立っている。
全員の視線を浴びて、やや気圧されたか、次の言葉はなかなか出てこなかった。
後ろの男が、そっと肩に手を置き、促すように頷く。
それに励まされたのか、口を真一文字に結ぶと、テーブルを離れた。
細かいことだけど、椅子をひきっぱなしだ。
ちゃんと戻さないのだろうか。気になる。
近付いてきた姿をまともに見ると、まだ十代だろう少年…いや、男装している少女だ。
それはそれとして、お付きの兄さんもやっぱり椅子を引きっぱなしだ。テーブルの下に戻したい。気になる。
なんとか椅子から視線を外して少女を見ると、汚れもシミもない服に、これまた新品そのものといった革鎧。腰には、量産品ではなさそうな剣。ブーツもぴかぴかだ。
間違いなく、つい最近冒険者になった…いや、まだ
こちらを睨んでいる…うん、何故か睨まれてる…目付きを差し引けば、綺麗な顔をしている。
アンナさんは美人だけど、この子は綺麗な子だな、と思う。
ただ、男装するならもう少し頑張った方がいいんじゃないだろうか。
どう見ても男物の服を着た女の子にしか見えない。
男物の服を着ていれば男に見えるわけじゃないんだよなあ。
もしかして、男装しているつもりはないんだろうか。声も意識して低くしているようだけど。
後ろの男は、なんというか、騎士だ。絵にかいたような騎士だ。
少女と同じく皺一つないロングコートの下に、ブレストプレートを装備し、長剣を腰に吊るしている。
端正な顔立ちにはゆるく微笑みが乗っていて、俺たちを見る視線も激しさはない。
俺より少し背は低く、全体的に細い。
けど、ウィルさんのような痩せている細さじゃなくて、ちゃんと鍛えている、と思う。
微動だにせず直立しているからそう思うだけで、服を剥いたらガラガラっとしているかもしれないけど。
「おお、そなたたち、女神の敬虔なる信徒であるか!」
総合的に言うと頼りにならない気がする二人だけれど、神官からしてみればまさに英雄の名乗り。怒りで赤くなった顔を喜びでさらに赤くして、大仰な動きで「女神の祝福を!」と繰り返す。
「はい。私はエルディーン・アルテ。故あって剣を持ち、旅をしています」
家を出てから三日はたっていないと思うんだけど…アンナさんをちらりと見ると、口の動きだけでアヒルちゃんよ、と教えてくれた。
アヒル、とは冒険者の間の隠語で、貴族の子弟のことを指す。
なんだか急に、貴族としての自分に疑問を持ったり、天啓を受けたりして、冒険者になって剣一本で英雄を目指すのだ!となった人たちのことだ。
鴨に混ざっても真っ白ですぐわかり、どこかへ飛んで渡ることはできない。大抵、護衛が同行していて、受ける依頼も実家が出していることが多い。場合によっては、コッソリと護衛隊がついて行ったりすることもある。
もちろん、貴族出身でも本当に争いに巻き込まれたり、実家が貧乏貴族で冒険者にならざるを得なかった人もいるが、アヒルと呼ばれるのは結局、親という飼い主の庇護下にある連中だけだ。
俺もたまには実家に頼るので、合鴨くらいかもしれない。
「アスラン人などに頼ることはありません。この私と、私の騎士、レイブラッドが、お役に立ってみせましょう!」
高らかに宣言された言葉に、ウィルさんは無表情のまま瞬きを繰り返し、太った神官(この人、名前なんて言うんだろう)は満面の笑みを浮かべ、アンナさんは営業スマイルに切り替え、他の冒険者たちは興味を喪って自分たちの会話に戻った。
さて、俺は、どうしよう?
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