うちのパーティありがちでして

阿古 あおや

第1話 王都 冒険者ギルド1

アステリア聖王国冒険者ギルド報告書より。

 

・全冒険者のうち、7割は男性である。

・全冒険者のうち、8割は前衛職である。

・前衛冒険者のうち、9割が全身甲冑フルプレートを装備しない軽戦士である。(全身甲冑を所持できないものも含む)

徒党パーティの構成人数で最も多いのは4人、次いで5人である。



 「無理です」


 にっこり。きっぱり。

 取り付く島もないとはまさにこのこと。まったく心からではない笑顔と共に突き出された言葉は、まるで熟練の剣士の刺突のよう。


 しかし、それを真正面から浴びた男は、半歩後ろに下がっただけで持ちこたえた。

 もっともそれは、彼に強固な意志の表れというより、現実逃避に近いようだ。

 その証拠に、ぶるぶると肉厚の手のひらと頬肉を震わせて続けた言葉は、反論でも交渉でもない。


 「め、女神さまの神罰が下されるぞ!」


 芋虫を思わせる指を突きつけ、唾を飛ばしながら喚き散らす。

 女神さまの威光を畏れぬ不届きもの、金銭欲に汚れし冒涜のやからめ、うんぬん。

 びちゃりと張り付く錯覚すら覚える声をもってしても、彼女の笑顔は微塵も揺るがない。


 そんな攻防戦を、あるものは興味深げに見つめ、あるものは舌打ちし、あるものは関わりあいたくないとそそくさを離れる。

 横柄な依頼人は、珍しいものではない。

 だが、この場所の性質を考えれば、少ない類のものではある。


 冒険者ギルド。


 ここは、金で誰かに危険を肩代わりさせる場所。

 逆に言えば、それだけ…報酬を用意しなければならないほど困っている依頼人が、命を懸けてくれと頭を下げに来る場所だ。


 金に困った冒険者なら、依頼人の人格は二の次にはなる。

 けれど、腕が立って信頼できる冒険者は、依頼人の人格こそを見る。

 居丈高に喚き散らす依頼人に、恐れ入りましたと平伏するような冒険者は、なりたてか紛い物だけだ。


 本来、冒険者とはこの世界と異界が曖昧に混ざる場所、『迷宮』を攻略する者たちのことを言う。迷宮からは希少な鉱石や植物が産出され、それらを使って作られる金属や薬は珍重されるのだ。


 だが、この国…アステリア聖王国には迷宮はない。

 迷宮はないが、冒険者ギルドはある。

 他国ならばいざ知れず。この国における冒険者とは、傭兵よりも雑多な仕事を引き受ける何でも屋だ。


 それは、この国が30年前に一度攻め滅ぼされ、未だにその傷から立ち直り切れていないことに由来する。

 本来なら軍が派遣されて行う山賊退治や、役人が届けて回る手紙運び、魔獣の討伐に災害救助及び被害の確認…そういったことに国の手が回らず、冒険者たちに任されていた。


 傭兵には頼みにくいが、危険なことをがある。

 そう判断したからこそ、この横柄な男も冒険者ギルドのカウンターにやってきたはずだが。


 「いいですか?5人ものまったく戦闘経験のない未成年の女性を、三日以上危険生物の目撃例もある山岳地帯で護衛する…そんな依頼は、この金額では到底受付できません。

 冒険者は、奉仕者ボランティアではありません。金銭にて技量の対価を受け取る技術者プロフェッショナルです。

 不当に低い金額で依頼を受ければ、冒険者の価値の下落にもつながります。冒険者ギルドとして、受け付けるわけにはいきません。

 もう一度言いましょう。無理です」

 「せ、聖女拝命の儀に関われるのだぞ!?むしろ、栄誉ではないかっ!」

 「では、神殿でその栄誉にあずかる勇士を選出なさったらいかが?」


 「ぐ」と「む」の混ざった呻き声を漏らした男の顔が赤くなっていく。

 羞恥にではなく、怒りにだ。

 さらに喚こうとして口を開けた男を阻んだのは、その後ろではらはらと一部始終を見ていた青年だった。


 「ああああ、あの、受付さん!」


 「はい」

 にっこりと、まるで温かみのない笑顔を向けられ、青年は袖を引かれてさらに顔を赤くする男とは逆に、血の気の引いた顔で、口角を無理やり引き上げた。


 「そ、相場!相場はおいくらほどなんでしょう!」

 「一日、一人に付き、小銀貨30枚。成功報酬として50枚ですね」


 それは、自分たちの提示した金額のちょうど10倍だった。

 だが、吹っ掛けられてるわけではない。

 青年は、所狭しと依頼の張られた掲示板をみる。特に『護衛系』と書かれたあたりを。


 『護衛募集!アルバスの街まで。日程往復5日。街道移動のみ。一日小銀貨15枚。成功報酬20枚』

 『キルフ山での薬草採取の護衛。10日ほど。一日小銀貨30枚。成功報酬各種ポーション3本』

 『急募!マートル街道越え。山賊出現中!一日小銀貨50枚!成功報酬中銀貨1枚!』


 護衛がいる、ということは、危険があるということだ。

 その危険を、金で肩代わりする。命の値段としてなら、書かれた報酬は安いとすらいえるだろう。


 このアステリア聖王国の王都イシリスにおいて、宿に泊まって三食外食するならば、小銀貨10枚は欲しい。貼られた依頼票が剥がされていないところを見ると、あれでもきっと、割に合わないのだ。

 危険を冒して、時には傷ついて帰ってきたなら、多少は良いものを食べたいし、酒だって飲みたい。

 消費した道具を買い足し、破れた衣服を繕って、武器だって修繕しなければいけない。

 そうなれば、小銀貨30枚だってぎりぎりの金額と言えよう。


 もちろん、食事をパンと水だけにするとか、寝るのは荷物置き場の隅にするなら自分たちが提示した金額でもなんとかはなる。


 だが、命を懸けてそんな暮らしをしたいものはいない。冒険者になるようなものは、大抵、農村の貧しい暮らしを嫌ったとか、町場くらしでも四男五男で、物心ついた時から邪魔者扱いされていたような連中だ。

 心清く貧しい暮らしに喜びを見出すようなら、家を飛び出て剣を振るったりしない。


 三十年ぶりの儀式に立ち会える栄誉を報酬とする?間違いなくお断りだろう。


 自分も貴族とは名ばかりの家に生まれ、いや、想定外に生まれてしまい、家族の残り物をお情けでいただくのが日々の暮らしだった青年には、それがよくわかる。

 臆病、非力、不器用と、冒険者になるのは自殺することと同じ意味でなければ、青年も冒険者ギルドの門をくぐったかもしれない。

 残念ながら、非力な臆病者は、収穫された野菜のように荷車で神殿に運ばれ、神官見習いという雑用係になったけれども。


 喚き散らしているのは、女神アスターを祀る大神殿の、大神官の一人だ。

 神官と言っても、御業みわざが使えるわけではない。


 神に祈り、その奇跡の力をお借りする御業は、傷を一瞬で癒し、毒を消し去り、呪いを拭い去る。

 だが、御業を授かる神官はほんの一握り。司祭であっても、使えないものの方がはるかに多い。

 勿論、アスター大神殿には何十人も御業を授かった神官がおり、大司祭様は千切れた四肢ですらつなぎ合わせるという。


 男は御業を授かることはなかったが、押しの強さと生まれの良さで大神官となり、この度は聖女拝命の儀の執行者の一人となった。

 張り切ってはいるが、何をしたらいいかはきっとよくわかっていない。

 

 聖女拝命の儀。それは、王都から二日ほど西へ進んだ『女神の裳裾』マルダレス山にある聖女神殿にて行われる。いや、正確には聖女神殿跡地だ。


 三十年前、業火と共に崩れ落ちた神殿。巡礼や参拝者のための宿屋や食堂も立ち並び、ひとつの町のようになっていたというそこは、今はもう、瓦礫の隙間に青草が生い茂る廃墟でしかない。


 そんな場所に赴いてでも、成さなくてはならない儀式なのだ。


 聖女は、女神アスターより直接加護を賜り、一生を女神に捧げる代わりに癒しと浄化の御業を授かる。


 神殿の運営にかかわることはないが、だからこそ、女神アスターの娘、聖女として信仰を集め、大神殿のシンボルともなる。

 だが、今は一人も聖女はいない。三十年間儀式が途絶えていたからだ。


 隣国の不興を恐れ、行わなかったのだと噂されている。


 隣国…アスラン王国。200年前に草原の片隅で興り、燎原の火の如く周辺諸国を征服し、大陸最大最強の国となった遊牧民の王国。

 そして30年前、アステリア聖女王国を攻め落とし、王都の大神殿と聖女神殿を破壊した国。

 

 そう青年は教えられていた。

 それまで、アステリアは代々女王を戴き、聖女王と女神の名のもとに統治をおこなっていた。


 だが、30年前の聖王都陥落と聖女王の処刑の後、女王の推戴は禁じられた。


 それまではアステリア聖女王国であった国名も、隣国の王の意向によりアステリア聖王国へと変えられたのだ。

 

 逆らうことは許さぬ。


 集められた民に、槍の穂先に突き刺された聖女王の首を突きつけ、アスラン王はそう宣言したという。


 聖女王は、王族の中で聖女となった女性から選出される。

 聖女拝命の儀は、聖女王戴冠の布石ととられるかもしれない。

 それを畏れ、30年間、聖女拝命の儀は行われなかったのだ。


 それが今年になって、アスラン王国へアステリア王家より儀式を行ってよいか打診をしたところ、了承を得ることができたのだと青年は噂として聞いていた。

 その裏で、とんでもない金額が要求されたとか、見返りに領地割譲になるとか、そういう話もまことしやかに囁かれている。


 なんにせよ、大神殿としてはこの機を逃すわけにはいかない。何があっても儀式を成功させなくてはならない。女神アスターの神殿は、アステリアだけにあるのではない。大神殿の神官でなければ儀式を執り行えないわけでもない。


 もし、他の神殿が内密に候補の女性を連れて聖女神殿跡地に至り、聖女拝命の儀を行ったとしても、弱々しい抗議を行うのが精々だ。

 他の神殿に聖女が誕生してしまえば、女神アスターを祀る総本山という立場も揺らぐ。それを、「上」の方の人たちはひどく恐れているのだと、物知り顔で同輩は語っていた。


 今回は、その劣勢を巻き返す千載一遇の好機なのだろう。是が非でも儀式を成功させて威光を取り戻したい。そんな虚栄心に囚われていない「上」の人たちもいるが、どちらにせよ聖女の誕生は喜ばしいことだ。聖女拝命が女神アスターの意志であれば、全力で応えるのが信徒の務めだろう。


 だが。


 かつては聖騎士団を有し、神官戦士による聖戦部隊を抱えた大神殿も、今ではその武威は地に落ちている。


王都陥落の際、王国騎士や兵士は降伏が認められたが、聖騎士、神官戦士は武器を手放しても許されず、その場で斬られた。

 辛うじて逃げ延びた勢力が聖女神殿にこもり、神殿ごと焼き払われて壊滅。

 戦後は無論、武装は許されず、自衛目的以外で武器を持つことは禁じられた。現在では警備兵すら、報酬を出して傭兵ギルドから雇っているのだ。


 だから、こうして冒険者ギルドに足を運んでいる。

 昨日は傭兵ギルドに足を運んで、摘まみだされた。


 報酬が少なすぎるのは、報酬を決めているこの男や、さらに上の司祭達が、どうしても上から冒険者や傭兵を見下ろしているからだ。

 中堅以上の貴族から送られてきた子弟が大半を占める神殿上層部は、あくまでも「護衛をさせてやっている」という姿勢を崩さない。

 それにしたって報酬が安すぎるのは、たぶん予算が決まったあと、この男やその上が、報酬を抜いているからだろうけれども。


 「あ、あの、やっぱりもう一度司祭様にお話しして、報酬を増やしましょう…」

 「黙れ!そんなことをすれば司祭様がどれだけ悲しまれるか!ここに集う女神の信徒よ!その件を女神に捧げる勇者はおらんのか!」

 「ギルドを通さない冒険者への依頼は固く禁じておりますよ?」

 ギルド職員はばっさり切り捨てた後、青年に視線を移した。依頼人として、青年の方が話が通じると判断したのだろう。


 「どうしても、報酬はこれ以上増やせない、けれども緊急性のある場合、ギルドが報酬を肩代わりすることもできます」


 「え?」

 「その場合、ギルド指定の冒険者にしか依頼することはできません。また、報酬に相当する対価をギルドに支払っていただきます」

 相応の対価。でも、お金は出せない。それなら、彼女を何を求めているんだろう。

 「冒険者に怪我は付き物。癒しの御業をギルドが要求した際、すぐさま行使する…などの対価ですね」

 今度の笑顔は、少しだけ感情がこもっていた。


 「そ、それは、僕一人では何とも…」

 「そうでしょう。ですが、そちらの方よりは言葉を理解していただけるかと」


 だから、とっととソイツ連れて帰って、交渉してこい。

 そんな声が聴こえた気がした。被害妄想ではない…と思う。


 「冒険者が指定されるというのは…」

 「こういった場合に備え、ギルドには当番の冒険者がいます」

 デスクからなにやら帳簿を取り出し、彼女はインクが染みて黒くなった指先で項をめくっていく。


 「ああ」

 うっすらと、その眉が寄る。


 「今の当番はあの子たちか…ダメかもしれないわね」

 「ええ?」

 「…この場合、指定冒険者に支払われる報酬は、通常よりやや低くなります。物品支給の方が多くなったり。それにより冒険者に断固拒否された場合は、無理強いはできませんから」

 つまり、今の当番は金銭に対してシビアなのだろうか。


 「それに」

 ふう、と言い淀んだ女性職員の視線が、動いた。男を背中から抑える青年のさらに後ろ、ギルド入口の方に。

 つられて振り向くと、大きな両開きの扉から明るい日差しが差し込んでいるのが見えた。


 丸テーブルと長方形のテーブルが合わせて十卓ほど置かれた酒場となっているロビーには、これから冒険へと赴くもの、帰ってきたもの、やってきたもの、様々な冒険者の声が混じり、独特の喧騒を作り出していた。


 その中に、踏み込んでくる人影。


 逆光のため、顔立ちはよく見えない。

 長身の男性なのは、シルエットからもわかる。背が高いだけでなく、肩幅も広く、胸板も広い。それでも筋骨隆々と言った印象を受けないのは、腰が細く、足が長いせいだろうか。

 外套やマントは羽織っておらず、平服に肩掛けの鞄を引っ掛けただけのようだ。

 彼の姿を見て、近くの冒険者が親しげに手を振り、声をかける。彼もまた、気さくに手を上げ、挨拶を返していた。


 「ちょっと、ちょっとこっちきて!ファン!」


 自分たちに向けていた無機質な声は、どっからでていたのか。

 子供を呼びつけるような明るい声に、鞄がかけられた肩がギクリと揺れた。ちょっと躊躇うような数秒を置いてから、トボトボとカウンターに歩み寄る。


 近くで見上げると、二十代半ばほどの年頃に見えた。

 淡い金色の髪は、前髪と横髪が後頭部でまとめられ、肩の下まで流れている。髪と一緒に、鮮やかな色をした紐が編み込まれているようだ。


 すぱりと鋭利な刃物で切られたような切れ長の双眸は、髪より少し濃い黄色。

 同じくきりりと吊り上がる眉や、高い鼻梁、薄い唇。

 見上げる長身に、服を押し上げる筋肉。どうみても、威圧されるよう風貌なのに。


 「すいません、呼ばれたので、ちょっと失礼しますね」

 困ったように笑う表情は、なんとも柔らかい。


 「なんでしょーか、アンナさん…もしかして、当番の?」

 「ええ」

 唇に指を添えて笑う職員は、さきほどまでの上辺だけの礼儀を捨て去っている。

 「はい、依頼書」

 渡された書類に書かれた文字を、金色の双眸が辿る。字が読めるんだなと、青年は感心し、感心したことで自分も冒険者を下に見ていると女神に懺悔した。


 「うーん…当番なら引き受けなきゃならないって、思うんですけど」

 口ごもりながら、冒険者は青年たちに向きなおった。


 「あなた方が依頼人ですよね?」

 「は、はい!大神殿のものです!」

 「はじめまして。俺は、ファンと言います。うちのパーティのリーダーをしています」

 ぺこりと、胸の前に左拳を付け、お辞儀する。

 「アンナさんから聞いていると思いますが、今月の当番冒険者です。基本的には、当番の場合、技量に見合った依頼なら受けるんですけど…」

 「報酬、少なすぎます…よね?」

 「あ、いえ、それはまあ、ギルドからの当番報酬は安めではあるけど、とんでもなく少ないわけじゃありません。それについては火を噴くように文句言うやつはいますが、まあ、頼めばやってくれるかなと」


 なら、何が問題なんだろう。青年が瞬きを繰り返していると、抑えていた男の袖が手のひらから抜けた。


 「認めん!絶対に、お前のようなものを聖なる儀式に関わらせられるか!」


 男の叫び声に、びくりと腕が震える。

 冒険者は、困った顔のまま、ですよねーと小さく呟いた。

 その困った顔に、ますます男はいきり立つ。大きく口を開け、でかいだけで通らない声を張り上げた。


 「お前は、アスラン人じゃないか!」

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